第370話 2020/10/18 選挙とか

 本日は6時半起き。気温は低いが天気は晴朗。体は特に重くはない。ああ、今日は買い物に行かねばな。日曜日はできれば動きたくないのだが、まあ仕方ない。

 ところで小説を書く際、視点というのが重要になる。一人称視点か三人称視点か、主人公視点かそれ以外の登場人物の視点なのかといったところである。この視点が変わる事に苦言を呈しているツイートを昨日見た。

 プロの編集者(自称)との事なのだが、章の中で――カクヨムなら1話区切りで考えた方が良いのかも知れない――視点が動くのはダメだと主張していた。確かに、わかりにくい視点の変更はダメだ。読んでいて、ん? これは誰が感じているの? 誰の感想なの? と読者に混乱を与えるような文章は稚拙だと指摘されても仕方あるまい。ただ。

 章の途中で視点を変更させる事自体はダメではない。たとえば映像表現で言うところのカットイン的な表現をしようとすれば、どうしたって視点は変わる。めまぐるしく視点を変える事でパニックや混沌を表現する事もできる。視点が変わっている事をちゃんと読者に伝えられるのなら、別に何度変わっても構わないのだ。

 編集者が情報発信する事は否定しないし、創作に対する自分の意見を主張するのも問題はないのだが、どこぞのマナー講師のようになってしまうくらいなら黙っていた方が世のため人のためではないか。

 後になって「いやその辺は常識的に判断して」だの「それはケースバイケースで」だのといった言葉を用意しなくてはならないようなツイートは誤解を拡散するだけである。自重してもらった方が有り難い。

 なおもし仮に虫けらの作品が出版されることになって、編集者に「ここの視点がわかりにくい」などと言われたら、即座に書き直す。反論はしない。その辺は商売であるからな、当たり前である。ただし、だからといってその後の作品では視点を変更させないようにするのかと言えば、まったくそんな事はない。それはそれ、これはこれなのだ。


 常識、定番、パターンというのはどこにでも存在する。フィクションの中だけではなく、我々の実生活でも、会社や学校などの社会においても、そしてもちろん政治の世界においても。

 選挙というのは政治において重要な「儀式」であるが、これは公平に行われるのが当たり前だ。政権与党は何もしなくても一定議席を確保できる、なんて不公平なやり方をしては選挙の意味がない。たとえばタイでは選挙結果にかかわらず一定数の議席が軍に与えられる事になっているらしいが、それはマトモな選挙とは言えない。

 ただ勘違いしてはいけない点がある。選挙は公平ではあるが平等ではないのだ。政権与党は常に有利な立場で選挙を行う。何せアレをした、コレをした、と実績を主張できるのは与党だけだからな。「国民のため、国家のため、これだけの成果を上げました」と言える数が多いほど、そしてそれが有権者の印象に残っているほど、国民は政権与党を支持してくれる。積極的な支持でなくても、「プラマイゼロ」「現状維持」なら与党に票が入るのだ。どう考えても与党が極めて有利である。

 そう考えると不思議なのが、日本のいまは亡き民主党政権であろう。左の人はあのとき自民党が酷いネガティブキャンペーンをしたと言うのだが、普通はネガティブキャンペーンなどされても政権与党なら安泰のはずだ。国民に支持を訴えられる実績さえあれば、悪口はブーメランになるだけなのだから。「何もできないおまえらが言うな」と。

 ところが実際には多くの有権者が民主党政権を見放した。これについて民主党出身議員の皆さんは総括しているのだろうか。もし仮に、もしもあのとき、沖縄の米軍基地の県外移設はさすがに無理でも、高速道路の無料化だけでも実現できていれば、民主党政権に対する評価は大きく変わっていた事だろう。

 Twitterなどでは「民主党政権はこれだけの実績を残した!」とか成果を羅列して主張する人も見受けられるのだが、「でも高速道路は?」と思ってしまうのが世の大半の有権者である。政権を獲るなら、その程度は前提としておくべきだったのではないか。

 結局のところ、政権を担当する準備も知識も意識も覚悟も足りなかった、それを有権者に見透かされたのが民主党政権だったのだと思う。もちろん東日本大震災など不運もあった。でもそれだけではないのだ。

 さて17日、ニュージーランドでは総選挙の投開票が行われ、中道左派の与党労働党が圧勝した。圧勝と言っても得票率は49.2%であり、定数120議席中64議席前後を獲得する程度であるという。ニュージーランドの選挙は1993年よりドイツ型の小選挙区比例代表併用制(日本は小選挙区比例代表並立制)で、以降一つの政党が圧倒的過半数の議席を獲得した事はないのだそうだ。

 しかし労働党と連立を組む緑の党が7.6%を獲得しており、対する野党第一党の国民党がわずか27%であるから、政権与党側の圧勝であると言って間違いない。

 まあ、これはとにもかくにもアーダーン首相に対する有権者の支持であると考えて良いだろう。首相はプライベートではいささかアレな部分もあるが、国家を率いるリーダーとしては非常に優れた人物である。最近では新型コロナの封じ込めに成功している。無論、それは「ニュージーランドの国の規模が小さいからできたのだ」という声はあるだろうが、では同様に規模の小さな国はみな新型コロナを封じ込められているのかと言えば、まったくそうではないからな。やはり優れたリーダーシップは重要である。

 アーダーン氏がいつまで首相を務めるのかはわからないが、おそらく当分は安泰であろう。いまのニュージーランド国民はリーダー選びに悩む必要がないのだ。何とも羨ましい限り。


 17日、オーストリアの外相とベルギーの外相が新型コロナウイルスに陽性反応を示したと両国が発表した。両外相は12日にルクセンブルクで開催されたEUの外相理事会に出席していた。

 EUでは16日にフィンランドのマリン首相が首脳会談を中座して帰国するという事もあった。これは本国における会合で同席していた議員が新型コロナに感染したため、大事をとって予防のための隔離に入ったのだ。ただ面白いのは、首相が帰国する際に「スウェーデンのロベーン首相に、残りの会議でフィンランドを代表してくれるよう頼んだ」(時事通信)とフィンランド政府が公表している事だ。

 フィンランドとスウェーデンは隣国なのに随分と仲が良いのだな。まあ昔は同じ国だったらしいからこういう事もできるのかも知れないが、昔は同じ国だったのにできないとか、同じ国だったからこそ無理という場合もあろう。国家も人間の集合体であるから、感情に支配されるのだ。両国の関係は羨ましい限り。


 戦闘が続くアゼルバイジャンとアルメニアであるが、両国の合意により18日の午前0時をもって「人道的停戦」が発効された。ロシアの強い働きかけがあった模様だが、いつまで続くのか定かではない。前回の停戦合意はほぼ無意味だったしな、あまり期待はできないかも知れない。国家も人間の集合体であるから、感情に支配されるのだ。


 本日はこんなところで。買い物に行って段ボールを捨ててガソリンを入れてきた。んがー、疲れた。日曜はやはり車が多くて嫌だ。でも明日はまた雨が降るかも知れないしな。今日のうちにやれるだけやっておかないと。とりあえず業務スーパーでおでんの具を買い込んできた。これで2、3日はもつだろう。

 昨日は1行しか書けなかった。何とか頑張りたいのだが、なかなか思うようには行かない。さて今日はどうなるやら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る