第172話 2020/4/3 観音様とか

 本日は4時起き。はあ、眠い。昨日一日厚着をしていたら、鼻風邪はすっかり治った。しかし外は冷え込んでいるので、犬を散歩に連れて出たところ、くしゃみをしたくて仕方なかった。だがこのご時世、下手にくしゃみをすると周囲の目が厄介だからな。何とか我慢して家にまで戻ってきた次第。午後からは通院が待っている。日中は暖かくなるそうだが、くしゃみをせずに済むだろうか。

 ああ、そう言えば背中の痛みはすっかり薄れた。石が膀胱まで降りたのだろうか。後は出てくれるかどうかなのだが。さて。


 菩薩とは悟りを目指す者を言う。おそらく宗教に興味のない大半の人は、菩薩も如来も仏様という認識なのであろうが、厳密には違うのだ。弥勒菩薩や地蔵菩薩と並んで有名かつ人気がある菩薩が、千手観音や馬頭観音、十一面観音などで知られる観音菩薩。日本国内では観音様という言葉がすっかり一般化しているが、正しくは観世音かんぜおん菩薩である。観自在かんじざい菩薩という呼び方もある。般若心経の冒頭に出て来るアレである。

 観音菩薩は現世利益を与えてくれるという事で、商売人からの信仰が篤い。臨機応変に三十三の姿を取ると考えれられており、京都の三十三間堂の三十三はここから来ている。如来になるための修行中の身であるというから、まだ悟りの境地には達していないのだな。なのに衆生を救ってくれるというのは何故だろう。いまで言えば研修医みたいなものなのだろうか。

 観音の観の字は見て取る事を意味し、音の字は衆生の苦しみの声を表す。すなわち苦しみの声を上げながら祈る者に救いを与える菩薩である。119番のオペレーターのような仕事なのかも知れない。

 日本の観音信仰は古く、飛鳥時代にはすでに到来していたようだ。そこから現代、令和の時代まで連綿と受け継がれてきた。受け継がれたのは良いのだが、それがどう間違ったのだろうか、変な方向に暴走する例が時折見かけられる。全国各地に建てられた巨大観音像がそれだ。

 ざっと簡単にググっただけでも、宮城県の仙台、石川県の加賀、千葉県の富津、群馬県の高崎、福岡県の久留米などに巨大な観音像が建っている。別に観音像を作ってはいけないと言うつもりはないし、大きい事が悪い事だとも言わない。だが、あまりに作りすぎではないか。ついでに言うと、商業主義的すぎて有難味に欠ける。奈良や鎌倉の大仏くらいなら「ああ、大きいな」で済むが、「内側にはエレベーターも完備!」とか言われると一気に冷めてしまう。信仰の対象から有難味を奪うのはいかがなものか。

 さて、そんな有難味のない巨大観音像であるが、実は兵庫県の淡路市、すなわち淡路島にもある。世界平和大観音像がそれである。しかしこれを建造した最初の所有者はすでに死亡し、その遺産を相続した人物も死亡したため、管理者がいない状態が続いていた。だが2018年に相続者がいない事が法的に確定し、債務などの精算が終了、今年3月30日に国の所有となった事を受けて、財務省近畿財務局が1日、2022年度までに解体撤去する事を明らかにした。

 この世界平和大観音像は劣化荒廃が激しく、外壁の落下も立て続けに起こり、また今年2月には侵入者が飛び降り自殺をしたりしている。名称とは裏腹に地元には厄災ばかりを招く、迷惑な観音様だったのだ。今回解体が決定し、地元住民はホッと胸をなで下ろしているという。観音様ではなく、財務省の役人や工事関係者に手を合わせたい気分かも知れない。

 諸行無常は仏教の思想である。形ある物はいずれ滅びる。全国各地の巨大観音像も、いずれこの世界平和大観音像と同じ道を歩む事になるだろう。地元住民はそれに備え、心の準備をしておく必要があるし、所有者は事前にアナウンスをしておくべきである。考えれば考えるほど厄介者だと思うのだが、果たして巨大観像は今後も作られて行くのだろうか。


 1日に全国で判明した新型コロナウイルスの感染者は266人だったが、昨日2日はさらに増えて276人だった。東京だけで97人である。全世界の感染者総数はまもなく100万人を突破し、死亡者も5万人に達する。災禍はますます大きくなり、沈静化する気配もない。中国だけは沈静化したと主張しているが、誰が信じているのやら。

 日々新型コロナの影響が大きくなる中、6月末から7月にかけてイギリスで開催される予定だったテニスの四大大会の1つ、ウィンブルドン選手権の中止が決まった。1日に主催者が緊急の会議の末に決定したのだそうな。

 まあ現在の状態では観客を入れられないからな。無観客でテレビ放映するという選択肢もあったのだろうが、選手が感染するリスクもゼロにはできない。万一の事があって訴訟沙汰にでもなる事を考えれば、中止は妥当な決定であろう。

 日本でも春の甲子園、選抜高等学校野球大会が中止となり、このままの状況が続けば夏の甲子園、全国高等学校野球選手権大会も中止になるだろう。そしてプロ野球も開幕ができずに延期また延期、このまま中止になる可能性もささやかれている。

 そもそもオリンピックが延期になったのだ、大規模なスポーツ大会は軒並み中止に追い込まれると思っておくべきなのだろう。スポーツファンにはつらい年であるが、運が良ければ来年にはまた様々な大会が開催されるのではないか。いまは頭を低くして、それを待つしかあるまい。まあ、運が良ければだが。


 読売新聞の報道によれば、政府は新型コロナウイルスで所得が減少した世帯に対し、20万円の現金給付を検討しているそうだ。ただし、自己申告制。申告をしないと給付が受けられない。虚偽申告が出ないように、申告の際には証明書類を添付させ、罰則規定も設ける模様。

 この件は読売新聞の独自報道が当たっているかどうかと言う問題がまずあるのだが、もし仮に当たっているという前提で考えた場合、どうなんだろうな。「国民を見たら泥棒と思え」ってか。

 ちょっと景気が悪くなったから現金でもバラ撒くか、というのとは、今回は訳が違う。先が見えないのだ。いま収入が減っていない人も、3ヶ月後、半年後に収入が大きく減る可能性がある。だからいまの段階でまとまった現金が欲しいという人も居るはずなのだが、そういう人をどうするのかが報道から見えてこない。

 給付金は毎月出す訳ではないのだろう? なら今回対象外とされてしまった人は、3ヶ月後に首を括らねばならないかも知れない。この問題には、政府が新型コロナウイルスによる災禍をどの程度深刻な物として受け止め、考えているかが表れていると言って良い。「どうせ夏までに終わるだろう」とでも思っていなければ、この対応はないはずだ。先手を打つ気などさらさらないのではないか。

「長期戦に備えよ」と口先だけでは言っても、長期戦に備えられる体力を国民に与えようとしない時点で本心は明らかである。いまの政府は可能な限り現状維持を続けたいのだ。安倍首相は平時の宰相なのだろうな。ドラスティックな変化が必要とされるときには役に立たない。そら憲法改正もできない訳だ。

 何かもう、いまの政府にはグッタリだ。まあだからといって野党を見渡しても碌な人材は見当たらないのだが。我々は生ゴミの山の中から、多少マシなゴミを捜し出して食わねばならない。何と悲惨なのだろう。


 本日はこんなところで。さて、今日は病院に行かねばならない。要らん物をもらってこなければ良いのだが。

 昨日は1000文字くらいは書けている。ミステリーも多少進んだ。まあ順調と言えるだろう。今日も何とか頑張りたいところ。

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