第191話 何もわかってない
平穏な日のもとで出会ったなら、きっと笑顔で心地よい天気について語り合える。そんな柔和な笑顔。
子どもが好きで、尊き精神性を兼ね備えたご近所の神父さん、と言われれば確かに、そんな気もする。
だが、その温かい心の持ち主は、触れば指が裂けそうなほど角ばった硬質の金属杖を3本もギラつかせ、今や俺を殺さんとしている。
この世界はなんでも起きるが、これは酷いものだ。
今更だが、あの武器はなんなんだ。
鈍器にしては鋭利すぎて、剣にしては鈍い。
どちらにも使える利点はあるが、器用貧乏だ。
これ程の達人が選ぶには、ややお粗末な武器ではないか?
それとも、何か別の意味が与えられてるのか。
にしても、あの杖はまだまだ在庫があると思っておいたほうが良さそうだな。
思考を整理しなおして、宣教師と対決する。
「アーカム・アルドレア、一応、聞いてみましょう。あなたは死んでも蘇ることが本当に出来るのですか? 前々から疑問に思っていたのですよ」
驚きと益体のない事を頭をはしに追いやり、宣教師の言葉に答える。
「はっきりとは覚えてない。ゆえに俺自身よくわかってない。俺は……確かに自分が死んだと思ったが……」
言い淀み、言葉がつっかえる。
言えない。
この男はトニー教会の『
俺に吸血鬼の血が入っていて、そのおかげできっと息を吹きかえす機会が与えられたなど、言えるわけがない。なにしろ敵だし。
梅髪の女狩人エレナは狩人は人外の力を受け入れると言った。
だが、教会はどうだ、なんの保証もない。
それに、この宣教師がそこまで寛容な性格とは思えない。
「秘密、ですか」
「ああ。秘密だ」
宣教師はため息をつき、おおきく肩をおとす。
今なら、それとなく会話ができそうだ。
出会った時より疑問に思ってたことをぶつける。
「宣教師、なぜ、こんなところいる? あんたは何をしにこんなところに来たんだ?」
「答える必要を感じませんね」
なにも話すことはない、そう固く信じる冷たい声。
奴の目的は、聞きだせないと所感で察する。
「なら、もうひとつ。宣教師、あんたどうして俺たちを、俺を殺そうとする。上にいる彼らはドラゴンクランの学生に過ぎない。そして、俺は狩人だぞ? なにか手違いがあると思うんだが」
「……ふむ、そうですね、上にいる彼らはドラゴンクランの学生でしょう。そして、あなたは学生であり、諜報活動に従事する狩人だ。ええ、なにも間違ってないですね。やはり、ここで皆を消しておくことが、主のご意向にそう選択だと、私は考えます」
「だから、どうしてだ。教会は不都合があるから、あんたを送りこみ、その不都合を消し去ろうとしてるんだろう。だから、この異常事態に、こんな未知の危険な領域に足を踏みいれた。教会はなにか今回の件について解決の目処が立っているってことじゃないのか? なら、それをともに達成すればいいだろう」
教会と協会は別の組織だが、意向があえば協力して、ことの解決にあたる事も少なくない。
かつて、ローレシアにおいて悪魔の出現を狩人協会に伝えて、協力を申しでてきた神父たちがいた。
こんな場所にいるんだ。
トニー教会だって、きっと狩人協会が調査してる空から降ってきた巨人のことを危惧して追ってるんだろう。
俺は自らの推測を口早に宣教師へ伝えて、この戦いの正当性をいまいちど問いかけた。
「……そうですか。狩人協会はまだ、その程度の認識だったのですか。いやはや、作戦の実行中かと思いましたが……。どうりで、あなたのような未熟な狩人がひとりでいるわけです。それも、学生とともに。……つまり、あなた、
宣教師の瞳の色がかわる。
わずかに侮蔑をふくんだ、
相手の愚かさを見るに耐えないと嘆くのは、優しい心からではない。きっと状況を正確に掴めてない俺を、ここまで過大評価していたことへの無用な時間からだ。
それが、どんな意味を持っているのかは、読み取れなかったが、すくなくとも彼の中では何かを決定するに足るものだったみたいだ。
「ええ、そうですね。いけない、本当にいけない、ことです。何かと構わず首を突っ込もうとするのは。そんな生き方をしていては、命ひとつでは足りない。若き狩人よ、この期に及んで話そうとした優しい若者。ここで楽にしてあげましょう」
宣教師の殺気が高まる。
空気がうねり、重たく、粘り、張り、密度を増す。
なんというプレッシャー、なんという闘気。
だが、違う、
これは多分、内側の住人、それも悪魔的なほうの奴がビビってるのが伝わったきてるだけだ。
珍しい、本能なのかな。
まぁ、とにかく俺は問題ない。そのはずだ。
こっちだって、共存の選択肢が失われた以上、気兼ねなくやれるといつもの。
「″いい意志ですねぇえ〜! 早急に殺してくださいねぇえ! はりー、はりーはりー!″」
「″戻らんかい! そういう油断が命取りなんだよ!″」
さて、あとで殺すか。
調教方針をあらたに、俺は深く腰を落として迎撃の構えにはいる。
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