第190話 宣教師 対 狩人


「≪喪神そうしん≫」


 魔法を放ち、その後ろを走って追従する。


 透明の神秘魔力越しに睨みあう、緋眼あかいめ


 ≪喪神そうしん≫の着弾をはかり、時間差をわずかに残して、魔法の射線から外れた足元へ、カルイ刀を滑るように斬りこむ。


 スキンヘッドの宣教師は、俺の失神魔法を金属杖の鉤爪で払い、つづくカルイ刀も杖を床に突き立ててガードした。上手い。


 低位置に体が来た不利をおわらせず、そのまま床に手をつき、宣教師の顔へ両足でストンプを喰らわせる。


 宣教師は3本杖で顔をガード、蹴りは届かない。


 姿勢を直すとともに、カルイ刀を振りまわし、牽制しながら三歩離れる。


 その間に、宣教師は剣筋をかいくぐり、二歩せまった。


 三杖さんじようの袈裟懸けを、『縮差しゅくさ』で距離をずらし、まさに振り下ろそうとする腕の根本をつかむ。


 このままる。


「離せ」


 ーーバギィッイッ!


「ごふっ!」


 空いてる腕の肘打ちおろしで、俺のガラ空きの背中が割れた。一撃で鎧圧が沈むとは。


 何本かヒビが入ってそうだ。


 だがなーーかわりに離さなかったッ。

 

「一本もらうぞ、フラァア!」

「っ、寝技か……!」


 宣教師の足をはらい、床に一緒に倒れこむ。


 野郎は腹から、俺はこいつを下敷きにして背中から。


 馬鹿みたいに筋骨隆々な上腕三頭筋をホールドして、肩へ関節技を全筋力を動員してめる。


「ぐ、ぅ、ああ! このガキめ……!」


 宣教師は杖をほうり捨てて、片腕を木床につき、倒れこむ木床をメシメシ言わせて、立ち上がろうとする。


 寝技といっても、人を超えたパワーを持っていると、もはや既存の技はそのままでは使えない。


 極めるといっても、時間は刹那。

 込める腕力は瞬間にこそ、意味をなす。


 貰いたいのは、ギブアップじゃない。


「寄越せェエ!」


 ーーバギッ


 肩と腕の結合を無理やり破壊。


 苦悶の声をあげ、宣教師が木床に顔をうめる。


 まだだ、好機を逃すな。


 ーープチィチッッ

 

「うぐ、ぁあ……ッ!?」


 宣教師の外れた肩関節へ、背面から鎧圧がいあつを角ばらせ、局所的な圧力を高めたひじをグリグリねじこむ。


 硬度高めの合金の角を、外れた肩関節に重機械で押しこむのようたもの。


 当然、灰色のオーバーコートは背中から真っ赤に染まりだす。


「調子に、乗るなァっ!」


 宣教師が空いた片腕を振りかぶり、デカイ握り拳でバキバキに割れて陥没した旧校舎の床をたたく。


 すると、旧校舎の床はあっけなく崩れて、浮遊感が俺たちを襲った。


 地面という拘束具がはずれて、宣教師は落下する途中で、俺の顔面をぶん殴ってくる。


 すかさず、手で受け止めようとするが、間に合わない。


 メキィッ、と嫌な音が脳内に響いて、下方へ吹き飛ばされる。


 痛い、痛い、痛い!

 表情筋をすこし動かすだけで、ほっぺの下でジャリジャリ骨が不協和音を鳴らしてる!


 精神世界のなかで、そわそわする同居人たちの感情の揺らめきが、ひしひしと伝わって……あ、片目が見えない。修行サボるんじゃなかった。体が鈍ってる。あれ、そういえば、何しようとしてたんだっけ。


「くっ!」


 いや、違う、そうじゃないだろ。

 頭にダメージが入ったのか?

 思考がまとまらない。


「″アーカム! しっかり! 来てるよ!″」

 

 半透明の腕にペチペチと頬を叩かれ、正気にもどる。


 瓦礫とともに舞い降りてくる、オーバーコートの男。


 緋眼がまっすぐにこちらを見つめ、奴がさっき手放した金属杖を2本空中でつかみ、霞むような早手で投擲とうてきしてくる。


「投げんのかいっ!」


 バックステップで回避。


 宣教師が降りてくる。


 強い。

 俺も気力なら自信があるが、こいつもヤバい。


 腕をダメにされて、瞬きの迷いなく全力の拳を入れてくるなんて。


 ああ、ダメだ、ダメだ。


 前ならきっと反応できたとか、鍛錬してなかったから高速戦闘を忘れてるとか、自分への無意味な言い訳が、ぷかぷかと心の底に浮かんでくる


 切り替えていけよ、アーカム。

 なに、剣気圧の成長は相変わらずだ。

 パワーは確実に今のほうが優れてる。


 言い訳なんかカッコよくないぜ。


 クールにクレバーな男。

 今できる最善こそが、人間の実力だ。


「おしっ!」


 足もとのカルイ刀と『黒古竜ゲートヘヴェン』をつま先ですくいあげ、それぞれ両手に握る。


「失礼、あなたの事を色々と勘違いしていましたね」


 宣教師はなだらかな頭をひとなで、口を開きはじめる。


「聞いたことがありました、魔剣の英雄。つい最近、アーパンテムの森でドラゴンを討伐した魔術師にして剣士。あなたでしたか、ああ、いけない、これは本当にいけない」


 ぶらりと左腕を垂れ下げ、スキンヘッドの宣教師はゆっくりと歩きよってくる。


 その隙に、あたりの様子を確認。


 見た感じ旧校舎と雰囲気は変わっていない。


 どうやら、この校舎地下にも同じような趣の建物が続いていたらしい。


 うえの会にコートニー、チャーリー、シェリーの気配はある。

 そして、彼らを取り囲むように謎の気配の塊たち。


 きっと、シェリーがスカウトした透明の使い魔を、肉壁として設置しているのだろう。


 なかなかに賢い戦術だ。


「となると、あなたアーカム・アルドレア、ですね。ええ、知ってますとも、教会の間でもすこし話題になりましたから。いわく、″死から蘇った狩人かりうど″がいるとね」


 血式魔術を背中に集中させながら、正眼に緋眼あかいめをみすえる。


 どうやら向こうは、俺のことを知ってるようだ。


 眉をひそめ、無用の杖をホルダーにしまう。

 

 片手は空けておこう。


「狩人、狩人、ああ、狩人です。よくもまあ、ドラゴンクランに正体を悟られず潜入できていたものです。大魔術学院は狩人協会をあれほどに忌避しているというのに。いかに、協会のチカラが強かろうと、そこまで及ぶとは思ってませんでした。……やはり、滅したほうが良いのではないですか、しゅよ」


 宣教師はすぐ足もとに落ちている得物、鋭利な金属杖を手にとることなく、ふところから辞書のようなモノを取りだした。


 金具のあしらわれた使い古された本だ。


 片手で器用にひらき、声にならない声で口もとを動かし、ページに目を走らせている。


「″ん、あれ、戦い終わったの?″」

「しっ、まだだ」


 油断しそうになる銀髪アーカムを内側へおしこむ。

 

 やがて、宣教師は金具の装飾があしらわれた黒い革本を、ふところにしまい、代わりにをとりだした。


 宣教師は、片手の指の間にはさんだ、3本の柄からスーッと杖身じょうしんを展開しながら歩いてくる。


啓示けいじなんじの名を指し示した。ーーさあ、では、場所も変わった事ですし、第二審問の開始と参りましょう」


 宣教師は優しい笑顔でそう言った。


 なんとなく予感がする。


 この男は、やばい……。

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