第154話 NEW HORIZON

 

「なんと、そんなことがあったとは摩訶不思議である。では、アーカムは27歳の青年だと言うことになるのだろうか」

「ええ、まぁ、そうなっちゃいますね」


 ゲートヘヴェンは「うーむ、不思議なり、不思議なり」と唸りながら、目をチラチラと軍人へむける。


「汝らの故郷、この世界とは異なる世界……異世界・地球からの来訪者が、我らの世界を荒らそうとしている。このことは、汝らと無関係であると断言できるのか?」


 ゲートヘヴェンは厳しい声で、おもに軍人へ尋ねるように聞いた。


 当然か。


 彼には、異世界からの侵略者こそが、未来におとずれる危機の元凶だと考えているのだから。


 立場、スタンスを明らかにしないと、ゲートヘヴェンは、今この場で軍人を、あるいは俺たちふたりを蒸発させる選択肢を選びかねない。


 軍人はあごに手を当てて、すこし思案すると、顔をあげてゲートヘヴェンへ向きなおる。


「私の海馬には、この世界の侵略を目的に来たなんて記憶はない。アーカムはどうだかわからないが」


 俺にふるなよ。


「だから俺にはなんの記憶もないって言ってるだろ。俺は父さんと母さんの子どもとして転生し、

 この歳までこの世界のルールにのっとって生きてきた。あの宇宙船に乗っかってやってきた、ザ・侵略者のおまえとは違うんだよ」


 俺にゲートヘヴェンのヘイトを集めさせようとしているな。

 ふざけたことをしやがって。

 こっちからしたら、お前がバリバリ怪しいのに。


「ジョン・クラーク、まずお前には多くのことを、俺に説明しなくちゃいけないだろ。

 はっきりしてくれ。コートニー・クラークとお前が兄妹ってのは嘘だな?」


「ああ、嘘だ。顔が似ていて、記憶にフェイクストーリーを植えつけやすかったから、すこし操作して隠れ蓑にさせてもらった」


 平然な顔して言いやがった。

 こいつ本気で言ってんのか。


「コートニーさんの記憶を勝手に操作したって……そんなことが可能なのか?」

「我の智識のうちに、人の記憶を操作する術はある。可能性は高いやもしれぬぞ」


 ゲートヘヴェンの黒瞳がぎょろっと軍人へむく。


 大剣を握る手に力がはいる。

 熱が腹の底から膨れあがり、目のまえの男への怒りが、大きく、大きくなっていく。


「ドラゴン、アーカム、落ち着いてくれ。君たちが怒るのは予想していた。だが、合理的に判断をくだしたんだ。生きていくためには、それしかなかった」


「なんのことを言ってるのかわからねぇけどよ、コートニーさんはお前を本当の兄だと、

 尊敬できる兄貴だって目をキラキラさせてたんだ。それを、嘘、だなんて……哀れすぎるだろうが……っ」

「……悪かったと、いまでは思っている」


 軍人は目をふせて言った。


「汝、街の人間の記憶はどうしたのだ? ポルタ級冒険者ジョン・クラークは、

 アーケストレスの市井しせいにひろく認知されておる。まさか全ての人間の記憶を書き換えたわけでは……あるまいな?」


「……書き換えた、と言ったら語弊があるか。いや、どちらしろ、手はくわえた。

 私の保持する超能力のうちにそういったことが可能な力がある。詳しくはまだ話せないが」


「信じられぬ、それほどまでに大規模な記憶操作を人知れずおこえるとは……。超能力、それは汝らの故郷では皆がつかえるものなのか?」


 驚愕に目を見張り、その驚異の大きさにゲートヘヴェンの声がふるえだした。


「わからない。おそらくは皆ではないと思う。私もよくは覚えていないんだ。

 覚えていることは、私はこの世界、『異世界』を目指して、偉大なる私の祖国USAから送りこまれたこと。

 なにか大切な任務に従事する立場であったこと。そして、私自身が超能力者であることだけだ……」


 軍人は額に手をおきながら、ゆっくりと言葉をつむいでいった。


 俺はかつてのエレアラント森林を思いだし、この男の言葉に矛盾がないか慎重に吟味していく。


 まだまだ彼には、聞きたいことがある。

 だが、嘘を吹き込まれたんじゃたまらない。


「チッ……まぁいい。コートニーさんのことは一旦置いておこう。俺を騙せると思っていたお前の腹づもりには、ストレスしか感じないけど、知りたいことがあるんだ。質問に答えろよ」


「アーケストレスでの屋敷のことは、悪かったと思っている。

 私もなるべく、ことを荒立てたくなかったんだ。私はもう、平穏に生きられれば、それでいいと思ってるんだ」


「なに自己解決してるんだ。まずは、謝罪しろよ。それと、どうしてエレアラント森林で俺と師匠を、撃ったのか、あんな殺意丸出しで殺そうとしてきたのか教えてもらおうか」


 軍人は「ああ、そうだな。そこからか」と、遠い目をして思いだしたようにつぶやいた。

 肘を抱いて、大きなため息をついてから口を開く。


 この街でクラーク邸に住みつくまでの経緯、彼が覚えているかぎりの記憶と、異世界に来てからどうやって生きてきたのかーー。


 新暦3054年の12月。

 当時、俺と師匠がエレアラント森林へはいった時、軍人はあの船『NEW HORIZON号』で異世界に到着したばかりだったのだと言う。


「目覚めてすぐに、私は船のマザーコンピュータへ話しかけた。低温休眠装置のせいで、うまく体が動かなかったが、なんとか声だけは出すことができた。


 だが、不思議なことに彼女からの返答はなかったんだ。

 船のメインシステムがダウンしている事に気づくのに、さしたる時間はかからなかった。


 私は手動でシステムの再起動をこころみた。

 だが、これまた不思議なことに、私はどうやって船を再起動するのかを知らなかったんだ。


 周到な準備と訓練をへて、やってきたはずなのに……それが私の抱いた最初の違和感だった」


 軍人はそれから不思議な経験をしたという。


 長い時間をともにしたはずの、船なのに、その構造、どこにトイレがあり、食堂があるのか、まったく覚えていなかったという。


 まるで見知らぬ人の家に、はじめて上がった時のようだったと彼は語った。


「どうにか船のブリッジを見つけ、私はすぐにシステムの再起動にはいった。

 だが、やはりというか、私はアルファベットのキーボードを弾けても、システムを再起動する手順などまったく覚えていなかったんだ。

 船の名前がNEW HORIZONというのは、この時はじめて知った。

 私は自らの無能を呪ったよ。何のためにこの世界に送られてきたのか、自分に何度となく問いただした。だが、その答えは得られなかった。

 よくよく考えたら、私はどうして船を再起動しようとしていたのかも、わからなくなっていた。

 しばらくブリッジに座りこんで頭をかかえたよ」


 自分の知らない船、わからない目的。


 されど体は、頭の片隅にのこった癖は、確実に自分に働きかけてきている。

 なにか大事な使命があったはずだと、必死に思いだそうとしても、決して思いだせない。


 そう軍人は思い、やがて考えることをやめたのだという。


「私は船を降りてみることにした。まっくらで明かりのない死んだ船のなかを、手探りで進むのは骨が折れたが、幸いにもハッチはすぐに見つかってくれた。

 外にでると、自分が深いに森にいることに気がついた。

 私はハッチ近くにあった部屋で、戦闘服に着替え、ウェポンラックから銃を手にいれた。

 見たことない型の銃だったが、おおよその使い方は心得ている。運用に何の問題もなかったのとは……アーカム、君ならよく知っているたろう」


 かつて聞いた強烈な撃鉄の音。

 深緑に響く火薬と鉄の銃声。

 火花を散らし、俺を守った鎧圧。


 よく覚えている。

 俺がはじめて撃たれたときだ。


「森を歩いていると、私は不思議な生物にたくさん遭遇した。シロクマはその代表格だ。

 銃で撃てば簡単に死んでくれたから助かったと、その時は思った。

 だが、生物たちを撃ち殺していくうちに、私は自分の殺害行為がひどく地味に感じるようになっていた。

 私が自分の力の本領を思いだしたのは、その時だ」


「超能力、が覚醒した……と?」


「そのとおりだ。私は腕を振るだけでクマを真っ二つにすることができた。

 それだけじゃない、記憶の一部が力の使用によって呼び起こされたんだ。

 超能力者と呼ばれる、スーパーパワーを保持するアメリカンコミックな人間たちが一定数、私たちの世界にもいたこと。

 自分がそのひとりあること。他の超能力者とは仲良くできないこと。力の使い方だっていくらか思いだせた」


 軍人のかたる記憶は、すべてがフィクションのようであり、俺にはとてもじゃないが信じられなかった。


「俺のいた地球には、そんな意味のわからないSFたちはいなかったんだけどな」

「うむ、私が思うに……アーカム、君も忘れている。それに見たところ、私よりもずいぶんと記憶の欠如が激しいようだ。

 なにか心あたりはないのか。自分という存在そのものにたいする違和感とか」


 彼の言葉に触発される記憶の一部。


 この世に生まれ落ちて、間もないころに感じた、自らの記憶にかんじた違和感。


 ローレシア魔法王国で、吸血鬼の少女を助けた際に怨みをかったマフィアとの闘争。


 この世界に来て、はじめての殺人。


 経験することによって、失われた記憶が呼び起こされるとするならば、

 俺のカカテストファミリーとの戦いのさなかで目覚めた、不可思議な殺戮の慣れは、まさにそれだと言えるだろう。


 軍人は「心あたりがあるようだ」とうなづいて、天をあおぎ見る。

 涼しい顔で、だんだんと星がみえてきた夜空を見つめるばかり……しばらくして、彼は口を開いた。


「……そんな時だよ。アーカム、君が、君たちが私の船に近づいてきたのは」


 見つめてくる碧眼。

 くちびるがわずかに震えている。


「私は恐かったんだ、恐ろしくて、恐ろしくてたまらかった。得体の知れない超能力者が船を奪いにきたと思った。

 だが、いま船を失うわけにはいかなかったんだ。あの船だけが、私の記憶に直結するはずの手掛かりだったからだ。

 何千メートルさきからでも、アーカム、君の接近だけはわかった。ハッキリとね。

 私は他の超能力者がやってきたと瞬時に悟ることができたんだ。

 私はなんども、なんども君に『思念しねん』をおくったんだ。

 それに答えてくれさえすれば、私は君たちを撃たずに済んだんだ……船を失わずに済んだんだッ!」


 軍人は背後へふりかえり、思いっきり腕を振りおろす。


 空気が悲鳴をあげて、高音を発する。

 すべてを粉砕する莫大な鎧圧の叩きつけだ。


 突きぬける力の波動に、木々が根っこから吹き飛び、おおきく森全体がゆれたような気さえした。


 やはりこいつは「怪物」だ。


「相当に怒ってるようだが……」


 ゲートヘヴェンは鼻頭を近づけてきて、気まづそうに俺に尋ねてきた。


「怒っているさッ! アーカム、私は君のつかったあの訳の分からない破壊エネルギーのせいで、

 故郷への切符も、己に課せられた使命さえ、もう思い出すことは叶わないんだッ! わかるかァアッ!? この私の無念がッ!!」


 叫び、怒髪天をつく軍人は、すさまじい形相でちかづてくる。


 ほりの深い顔を憤怒にゆがめて、指を俺に突きつけながら彼はつづけた。


「おとなしくお前が死んでいれば、すべては順調にいったはずなのに。なんだあのクソジジイは!? 超能力者でもないのに、なぜあんなにも強かったんだッ! 

 おかげであの日以来、私は高齢者恐怖症だよッ! シワの多い顔を見るだけで、体の震えが止まらないんだッ!」


 両手で自身の肩をだくように押さえる。

 震えるジェスチャー。

 迫真のかおで目のまえで訴えかけてくる。


 まるで自分だけが被害者かのような言い草。

 自分は悪いことをしていないから、すべての悪の元凶がそっちににあるだろ、とでも言いたげな姿勢。


 ほんとうの、ほんとうにウザったい野郎だ。


「私はなッ! 本当は、こんなところでのんびり暮らしてる場合ではないんだ! 私にはーー」


 唾をとばし、自己主張だけする男へ拳をふるう。


「うるせぇぇぇえッ!」


 ーーバギャンッ


 軍人の顔面へ鉄拳制裁。


 頑丈な鎧圧を鳴らしながら軍人の体が飛んでいく。


 巨木を何本もへし折りながら、最後にはひときわ大きな木の幹に背中をうちつけ、止まると、片膝ついてこちらへ向き直ってきた。


 鼻から血が出ていることに気づき、軍人は眉をひくつかせて不快な顔。


 俺はそんな彼へ、すかさず身のうちをぶちまける。


「ふざけんなよ、クソ野郎がよ! 高齢者恐怖症っねなんだよ! んなもん知るか! 

 そもそも、お前が発砲したのが事のはじまりだ。恐かった? それも知らねぇよッ! こっちだって怖すぎたんだからな!? 

 意味のわからないスーパー剣気圧をまといやがってよ! お前の方が怪しいに決まってんだろうがァァアア!」


「……っ」


 はぁ、はぁ、全部言ってやった。


 ひとりだけ被害者ヅラする、この軟弱なアメリカ人がよ。

 勝手にビビって、銃撃って、自爆したのに、なにを俺にキレてやがるんだ。もう死ねよ、コイツ。


「ぅ、ぅ」


 軍人は俺の勢いにのまれたのか、目を見開き、やや気後れしている様子。

 ゲートヘヴェンですら目を見張り、驚いている。


「……んっん。すまなかった、取り乱した。たしかにアーカムの言うとおりだ。

 私たちはお互いに恐かったんだ。得体の知れない目のまえの存在に、恐怖をいだかない者などありはしない」

「はぁ、はぁ……そういうことだよ。たくよっ、なんで銃撃ってんだよ、クソビビリな軍人だな」

「いや、本当にすまな……ん、なぜ私が軍人になる?」

「え?」


 不思議なことを聞き返してくる軍人へ、首をかしげる。


「だって、軍服を着てたじゃん」

「あれが軍服に見えたのか?」

「う、うん、まぁそうだけど」

「……そうか。ともしたら、私は地球で軍隊に在籍していたのかもしれないな。どうりで、コイツの扱いにしっくりくると思った」


 軍人は腰のホルダーから、短剣をとりだすと、こなれた手つきで構えて見せた。


「あ、そういえばお前、師匠と戦ってる時も短剣使ってたよな」

「あれは高周波ブレードだ。ウェポンラックで見つけたんだ。金属すらバターのように斬り裂ける優れものだったが……もうとっくにどこかへいってしまった……君の攻撃で失くしたんだ」


 恨めしそうに睨んでくる顔。

 もういっぱつ殴っても問題あるまい。


 ん、ところでなぜこいつは生きていたんだろうか。

 最大の謎を、アーケストレスた住みつく経緯のまえに聞いておかなくては。


「んっん、それで私はアーカムと、アーカムと一緒にいたクソジジイのせいで痛い思いをしてーー」

「そこは知ってる。なんでお前は、生きているのか、まずは教えろ」


「まるで尋問じゃないか……まぁいい。気がついたら、裸で森に倒れていた、としか言いようがない。

 私もなんで自分が生きているのか不思議なくらい、あの冷たい光の奔流は、確実な死を私に教えてくれたから」


「まぁ、殺すつもりだったからな……にしても、本当にどうして生きているんだ……」

「それについては私が一番聞きたいが、生きているんだから仕方がない。そんなに残念がるな、私だって傷つくんだ」


 へそを曲げたのか、軍人はやや不機嫌そうに顔を歪めた。


「それで、森でひとり露出を楽しんだあとはどうしたんだ。なぜ、アーケストレスに?」


「まずは船を探した。どこかに、ふっ飛んでいってしまったのかと思ってね。残念ながら見つからなかったよ。しかし、思わぬ発見があった。

 森の奥に集落を見つけたんだ。彼らは私をひどく恐れていたが、やがて困っていることを察して、あらゆる面で私を助けてくれた。

 まず言語の学習からはじまり、常識の会得、近くの文明圏への行き方、今のまま街に行ったらきっと人々に攻撃されることなどなどーー」


 軍人は森の集落で、自分が「剣気圧」を纏っていることをはじめて知ったという。


 やがてそれが、自由自在にコントロールできる事も教えてもらいながら、彼はお礼として集落の民を、魔物たちから守ったらしい。


 大盾術は、そこの集落で修得した戦闘術なんどとか。


 剣を扱うをのは素人。

 その他の使用人口の多い武器も、彼の剣気圧の強大さ、その技術が釣り合わないため、戦いに身を置く者からはどうにも不自然に見えてしまう。


 それゆえ、大盾はだれも使っていなく、なおかつ安心できて、戦いを生業にできるため彼にはうってつけだったのだという。


 アーケストレスへは、つい4ヶ月まえにやって来たという。


 そのまえは、集落や、クルクマで自分の言語力と常識力を高めていき、魔術というものに興味を持って王都ローレシアへ向かったんだと。


 2週間ほど、王都でくらした結果、ローレシアよりも隣の国アーケストレスのほうが、

 魔術の最先端に近いと知り、空を走って国境線を越えて、やって来たらしい。


「え、お前ローレシアにいたの?」

「それはこちらのセリフだ。なぜ君はローレシアに?」

「そ、そりゃ……魔法、勉強したいからだよ……」

「……奇遇だな。どうにも地球から来たやつは、格闘戦闘能力よりも、魔法に魅力を感じるらしい」

「え、お前も魔法を勉強しに?」

「あぁ、もちろんだ」


 なんなんだこれは。

 これでは俺と軍人の思考回路が、まったく一緒じゃないか。


「それで、身寄りのないお前は、簡単に生活基盤を手にいれようとコートニーさんに近づいたのか」

「生活基盤もそうだが、彼女はドラゴンクランの学生だ。私に、大魔術学院に入学する金など、とても払うことなど出来なかったから、

 そこの学生に、生きた知識をわけてもらおうと思ったんだ。それと彼女が可愛かったのも、選んだ理由だ」


 軍人は言いきった顔で、額をぬぐった。


 ゲートヘヴェンと俺は、互いに顔を見合わせて、再度、目のまえの金髪碧眼の男へむきなおる。


「最後あやしいこと言った気がするけど、まぁいいさ。だいたいの経緯はわかったからな」


 俺はそう言い、手にもっていた大剣を背中に背負いなおした。


「ゲートヘヴェンさん、それでどうしますか? この男は多分ですけど、敵じゃない。有益な情報源なので、とりあえず生かしておく価値は高いと思います」


 ゲートヘヴェンへそう言って、俺は軍人へ体をむける。


「私の名前はジョンだ。アーカム、私は君を名前で呼んでいるんだから、対等にやろう」

「だってジョン・クラークって絶対に偽名だし……」

「ハンセンだ。私の本当の名はジョン・ハンセンだ。オレゴンの片田舎で生まれたジョン・ハンセンだ」


 こいつめっちゃ気にしてくるやん。

 名前で呼ばないと面倒そうだな。


「うむ、まぁよい。ジョン・ハンセン。汝がもし、ことを荒立てたくなく、平穏に暮らしたいのなら、やらなければならぬことがある」

「……やはり、今のままではまずいだろうか?」


 ゲートヘヴェンの見おろす黒瞳に、ジョンは肩をすくめてよわった様子で返答する。


「当然である。王都アーケストレスに掛けた人々の記憶操作を解除するのだ。

 アーカムの友人、コートニーに掛けた汝の力も解くのだ。すべてはそこからはじまる」

「ジョン・ハンセン、俺たちは協力しあえる。だが、おまえの選択次第では、その真逆もあることを忘れるなよ」


 俺は大杖をかるく動かして、頭をコツコツ叩いてみせる。


 ジョンは瞑目して、思考タイムにはいった。


 やがてパッと目を開けた彼は、ポンっと手を打って俺たちの要求を呑みこんだ。


「そうするしかない。私はそちらのドラゴンと、アーカムにも聞きたい話があるんだ。いま敵対するのは得策じゃない」


 ジョンはそう言って、ポケットに手をつっこみ澄ました顔で歩きはじめる。


「ああ、帰るまえに、最後に1つだけ……なんで冒険者を?」


 俺は快活に歩きだす彼の背にといかける。

 ジョンはふりかえり、ポリポリと薄ら髭のはえた顎をかいた。


「アーカム、君はジャパニーズか?」

「ぇ、ああ、まぁ、よくわかったな」

「アジア人だとは見ればわかる。……まぁ、その、あれだ。私は日本のラノベが好きなんだ」


 ジョンはやや気恥ずかしそうにそう言うと、それが答えとばかりに、ふたたび歩きだしてしまった。


 人間形態になったゲートヘヴェンが、「ラノベとは……」と疑問を抱きながら、となりで首をかしげる。


 少しだけ、あの男とは仲良くやれそうな気がした。

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