第153話 話をしよう

 

「ドラゴンって本当になんでも出来るんですね」

「そのくくりで評価することは正しくはない。我が、1000年の時を生きる、ドラゴンの中でもトップの能力と智慧をもつ古代竜だからこそ出来るのだ」


 俺は魔力武器として強化された、エビデのグレートソードを片手に、頭上の黒いドラゴンを見あげる。


 さきほどまでの金色はすっかりなりを潜めて、今では誰がどうみても、家出から帰ってきたドラゴンクランの古代竜だとわかる姿だ。


「それにしても、そんな大きな剣を、アーカムは振れるのか? 使い慣れない武器などやめておいた方がいいと、我は思うのだがな」

「大丈夫ですよ、ゲートヘヴェンさん。僕はこれよりずっと重たい刀をふだんは振ってるんです。それにダメだったら、すぐ捨てるんで平気ですよ」


 強力な魔力武器と化したグレートソードを、ゲートヘヴェンが魔法で作ってくれた、背中の帯剣ベルトに背負った。


 そうしてセレーナよりあずかった大杖を持ち、軽く手首の運動をする。


「それで、ゲートヘヴェンさん。さっきは好き放題ドラゴンブレス吐いてましたけど、まさか本当に焼き殺したわけじゃないですよね?」

「当然であろう。あの光に呑まれた者はみな、アーケストレス王都の城壁ふきんに飛ばしておいたわ。

 後顧の憂いなく、ジョン・クラークを孤立させると約束したであろう、アーカムよ」

「相手の意思を無視して空間転移をさせたと? ああ、そういえば僕にも使ってましたね。さすがは伝説のオールド・ドラゴンですね」


 鼻を鳴らし、目を細め、地面げにニコッと笑うゲートヘヴェンの鼻頭を撫でてあげる。


「それでは行きましょうか。僕は気配を消して後からいきます。彼は気絶してるのか動いてないので、まっすぐ北に向かえばすぐに会えますよ」

「了解である。では、向こうで会おう」


 ゲートヘヴェンはそう言い、ふたたび全身を黄金に煌めかせると、翼をはためかせて飛んでいってしまった。


 ここからが俺の本当のクエスト。


「鬼が出るか蛇が出るか……穏便に済むかな」


 答えは行ってみればわかるはすだ。



 ー



 気配を断ち、剣気圧を断ち森をかける。

 ゲートヘヴェンを遠くに捉えながら、慎重に進んま。


「″いた″」

「ああ」


 はるか遠くの幹にもたれかかり、うなだれる男。


 短い金髪、装備に位置。


 間違いなくジョン・クラークだ。


「なぜ動かない。生きているはずだが……気絶してるのか?」

「″自身の能力で防げる範囲だとおもいますがねぇえ〜。スイッチの切り替えが遅れたのでしょぉおかねぇえ〜″」

「どうだかな。とにかくだ。今、やつに近づくのは俺じゃない」


 悪魔を肩メロンに押しこんで、ゲートヘヴェンがゆっくり降りてくるのを待つ。


 ゲートヘヴェンはゆっくり高さを調整して、滞空状態にはいった。


 軍人の頭上10メートル付近の低空飛行。

 あそこからどうするのか。

 気絶しているのは誤算だろう。


 ゲートヘヴェンはどうしたものかと困った様子。


 しばらくして、案を思いついたのか、彼はおもむろに口を開いて、牙のならぶそれでジョン・クラークをくわえた。


 しかし、くわえた程度では起きない。


 仕方ないといった雰囲気で、ゲートヘヴェンはジョン・クラークの体を持ちあげて、数メートルの高さから地面へと落下させた。


「ウッ!? ぐぅう! な、なんだ……!?」


 背中から落下して、ジョン・クラークが痛みにもどえながら起きあがる。


 いいぞ、流石はゲートヘヴェンだ。

 すごい地味に効果的な手をつかう。


「がぉぉぉおおー!」

「ッ!?」


 ドラゴンに謝れ、そう言いたくなるほどの、大根芝居の「がぉぉおー」を披露しながら、ゲートヘヴェンは、目を覚ましたジョン・クラークのまえに顔を近づける。


 すかさずジョン・クラークは横っ飛びにローリングして、あたりを見渡した。


 自分の大盾がないことに気づくと、短剣をぬいて低く腰を落とし臨戦態勢にはいったようだ。


「″あ、アーカム、あの短剣の持ち方さずいぶんと特徴的じゃない?″」


 アーカムは目を細めて、ジョン・クラークの構えに言及。


 逆手に短剣をもち、両手をまえに、やや半身になって構えた姿勢。


 変だとも、普通だとも言えない。


 ゲートヘヴェンの口がパックリ開かれる。


「ッ! 誰か! 誰かいないのか! もう私以外は全員やられてしまったのか!?」


 叫び、生存者をさがしながら、華麗なローリング回避。


 ジョン・クラークは余裕をもって、ゲートヘヴェンのやる気のないドラゴンブレスを避けていく。


「誰か、いないのかー!? おい! 誰も、いないのか?」

「がぉぉぉおお!」


 呼びかけはむなしく、誰も彼を助けにはこない。


 ここで本当にジョン・クラークがただの腕利き冒険者だったのならば、俺がゲートヘヴェンを追いはらえばいい。


 もちろんマッチポンプで恩をきせるだけだ。


 ただ、もし何かおかしな対処を選ぶならーー。


「……よろしい、誰もいないか」


 ジョン・クラークの声質が変わった。

 それは助けを求める音ではない。

 確認しおえ、実行する者の落ちついた音だ。


「っ!?」


 爆発的に膨れあがる超弩級の剣気圧。


 この途方もないエネルギー。

 間違いない。

 あの野郎やっぱりか。


「なんと……アーカムの言う通りであったか。ジョン・クラーク、まさかこんな身近にまで侵略者が潜んでいたとは」

「これは興味深い。言語を理解して、喋っているのか。まさか異世界に本物のドラゴンいるとは驚いたが、喋るとなると、より一層の驚愕を示さざるおえない」


 ジョン・クラークは短剣を片手で放り投げて、余裕を見せながら、黄金のゲートヘヴェンへ歩みよる。


「私は、こんなところで死にたくはない。せっかくの安寧を手に入れたのだ。邪魔はしてくれるなよ、ドラゴン。

 知能があるのだろう。ならば私の身に纏う、この超能力の装甲が感じとれるはずだ。

 私はおまえを殺せる。おまえは私を殺せない。いま逃げるなら見逃してやる。逃げないのなら……残念だが殺すしかない」


 ジョン・クラークはゲートヘヴェンへ手のひらを向けて、顎を引き、するどく睨みつけた。


「やれやれ、我を殺すなどと……片腹痛い。ジョン・クラーク、汝の仲間たちを、我はすでにひとり仕留めている。勝敗はわからないと見えるが、どうかな」


 ゲートヘヴェンは全身から金色の輝きをぬいて、漆黒の鱗をたずさえたオールド・ドラゴン状態になると、地面に降りたった。

 真正面からゲートヘヴェンとジョン・クラークがにらみ合う。


「ドラゴンよ、ひとつ聞く。私の仲間とはやらは、どこで会った。私はいますごく困った状況でね。可能なら、はやく仲間に会わないといけないんだ」

「ともしたら、教えられぬよ、汝」

「そうか。まぁいい。あとでおまえの遺体から、記憶を抜きだせばいいだけのことだ」


 ジョン・クラークはさらりと、そんなことを言いながら。短剣を順手に持ちなおした。


 あの軍人め、やはりかなりの情報量を持っている。


 それもなんだって、記憶を抜き取るだと?

 そんなことが可能なのか?

 あとなんだよ、超能力者って。


 どこまで情報を鵜呑みにしていいのか……。


 いや、考えていてもしかたない。


 俺は、考えるためにここに来たのではない。

 真実を明らかにするた目にきたのだ。


 木の影から軍人とゲートヘヴェンのもとへ向かう。


 剣気圧、気配ともに隠すことなく、全開で身に纏い、軍人にむけて最大級の殺意をえんかくでぶつける。


 軍人は、ハッとした様子でこちらへ向きなおった。


「……アーカム、くん。生きていたのか…………いや、おままごとはもうやめにしようか」

「久しぶりだな、おまえ。1年以上も顔を見せないでどうしたんだよ。生きてたんなら言えよ、すぐに追いかけて殺してやったのに」


 背中らグレートソードをぬいて、肩にかつぐ。

 大杖を地面と水平にもち、先端を軍人へとむける。


「ああ、本当に大変な1年だったんだ、信じてくれないか。私にはわかるよ、アーカム。

 君もまた地球から来た、超能力者なんだろう? いまは本当に、本当に緊急事態だと思われる。どうだ、祖国は違えど、私たちは協力できると思うんだが」


「話が見えない。俺は、おまえからたくさん聞きたいことがあるわけだが、何か前提を間違えてる。

 まずなんて俺が超能力者とやらになるんだ。地球から来たのは間違いないが、俺は超能力者なんかじゃない」


「……そうか。君はその事すら忘れていると」


「は?」


 軍人は短剣をかるく振りながら、近くの木に背をあずけて寄りかかる。


 あまりにも無防備。


 話をしようというのか。


「アーカム、実をいうと、私もこの世界に来てから、かなりの記憶を失っていると気づいた」


 戦う気で来たのに、いつの間にか対話モードに。

 とりあえず答える。


「……記憶の欠如。俺と一緒なのか?」

「恐らくそうだ」


 軍人はそう言い、深いため息をついた。


 俺は困惑しながら、すぐとなりで俺たちの会話を見守るゲートヘヴェンを見る。


「アーカムよ、これはどういうことだ」

「ああ……そうですね、いちから説明しないとですよね。んっん、ちょっと長くなりますけど、ドラゴンブレス吐かないで、僕の話を聞いてくださいね」


 俺はゲートヘヴェンが話に参加できるように、俺と軍人がどうして話題を共有できるか。

 どうして俺は彼を攻撃しないで、彼もまた俺を攻撃しないのか。


 そして俺が本当はどこから来たのか。


 すべてを古代竜へと伝えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る