第133話 湖底のたまご

 


 楕円状の湖の円周から続々と水飛沫が上がった。


「え、アーカム行かへんのかい?」


 すぐ隣でギオスがとぼけた顔で聞いて来る。


「チッチッチッ、ハンデをやってんだよ」


 俺はそう言い観客席とフィールドを分かつ手すりの上に立つ。目の前がひらけてる分、高層ビルの屋上から身投げしようとしてる気分だ。


 手すりを足場に何をするのか。

 その答えはただの踏切だ。


 ーーバギャンっ


 ひしゃげる金属手すり。


 金属製のそれを破壊した俺の脚力は、俺の体を勢いよく湖の中に送りこむ。


 大きな水飛沫をあげ、いっきに入水から潜水。


 うぅ、恐ろしく冷たい水だ。


 俺は鳥羽のたつ皮膚を分厚く剣気圧で覆った。

 体重を増やす事で無駄な体力使わずに潜る作戦だ。


 視線を上に向ける。

 水深数十メートルは浅い位置に多く生徒達見つけた。


 それぞれが魔法を撃ち合い、かなりの混戦状態となっているようだった。

 あんなのに巻き込まれたら面倒だ。

 そうそうに深く潜らせてもらおう。


 巨大沼地のドローゴーンは基本的に人間の身体能力だけではクリアできない。

 もちろん強靭な体力があるに越したことはないが、ただの素潜りで湖底まで辿り着くのは至難の業だ。


 よって当然のように魔法を使う事になる。


 俺のちょうど真上、泳ぎにくそうな馬ボディで、必死に水をかくのはキャロム。


 彼女は混戦を逃れられたようだ。


 潜るのに選んだ魔法は≪水操すいそう≫、そして筋肉量の多い体を巧み操り、自身を水の底へ沈めようとしてる。

 器用なものだ。俺にはとても真似できない。


 首を振り他方を見る。


 何人か戦いに巻き込まれなかった奴らが、突出して水深を稼いるが、まだ俺の方がいくらか深い。

 はじめの段階で潜れるだけ潜っておいて正解だった。


 ただ、油断はできない。

 ウキウキしてるとすぐ抜かされそうだ。

 それに俺の呼吸も長くは持たないだろう。

 一度水面に上がる事になれば、その時間的ロスは極めて大きい。いっぱつで卵を持ち帰らなくては。


 さて、ではそろそろ本腰入れて潜るとしよう、


 少しずつ見えてきた湖の底を目指し、頭上の魔法戦を無視してバタ足で泳ぎ始める。


「ッ」


 ーーブクブクゥ……


 視界に映る人影たち。

 危うく吹き出しそうになるのを必死に堪える。


 危なかった。

 なんだよ、あれ、もっと深く潜ってる奴いっぱいいるじゃないか。


 特に12月の水中を元気よく泳いでる変温動物代表サラトラが著しく速い。


 ヘビならすこしはそれらしく冬眠してほしいな。

 なんで肉体能力だけでトップ突っ走ってんだ。


 負けじと水をかき底へ底へと潜っていく。


 あたりはどんどん暗くなっていく。

 けど大丈夫だ、なんか金色に光ってるの見えてきたから。


 俺は両足で地を踏みしめる。

 潜水完了、ここが巨大沼地の底だ。


 目の前には金色に光る卵。

 浮いてこないように鎖をぐるぐるも巻きつけられ、乱雑に設置されていた。


 はて、これはもう取ってしまってもいいのだろうか。


 俺は横でウィンクをしてくるサラトラと頷きあい、金色の卵に手を伸ばした。


「ッ!」


 視線の端で光る何か。

 魔感覚の警笛。


 俺はサラトラの腰に手を回し、全力で底を蹴って後退する。


 目の前を構築された属性魔力が通過していく。

 魔法は湖底に軽いひび割れを作り霧散した。


 上か。


 魔法の術者を視界に捉える。


 軍服、ギラつく碧眼、短い金髪ーー。


 ドラゴンクランの魔法使いだ。

 たしかコートニー・クラークとか言ったか。


 再度、打ち込まれてくる魔法。

 底に俺の足が届いてない。これでは地を蹴れない。


 脇に抱いていたサラトラの巨体を押しのけて、作用反作用で回避を試みる。


 まずいな、全く思ったように動けない。

 地上でなら避けられる魔法攻撃も、水中だとまるでダメだ。

 まさかここまで機動力に差が出るとは。


 それにに比べてあっちはなんだ。

 地上とはまるで勝手の違う深い水中。

 しかも一言も詠唱できない中、潜りながら、妨害魔法までする余力があるとは……悔しいが賞賛に値する。


 鎧圧を高め再度、水を蹴り、すばやく底に足をつく。

 次なる攻撃へ備えは完了だ。


 その時、視界に映った複数の影。

 頭上から泳いできていた生徒たちが追いついてきたようだ。


 クラークもまた頭上の生徒に気がついたらしい。


 今だ、隙がある。


 俺は腰をひねり剣圧を高める。

 狙うのは空気ーー否、この水だ。

空的拳打くうてきけんだ」で水を打つ。


 新技レザー流拳術「水的拳打すいてきけんだ


 撃ち放たれた運動エネルギー、強烈な水流が水深100メートルの世界を横切っていく。


 俺の攻撃に気づき、動きが固まるクラーク。


 ーープゥゥゥゥゥンッ


「っ」


 高音が水中に響き渡った。

 俺から放った水流がかき消えた。

 怨敵クラークは魔法ーーたぶん≪空打ふうだ≫ーーでもって、俺の単純衝撃波を相殺したらしい。


「ッ」


 その時感じた、クラーク以外から迫ってくる強力な魔法の反応。


 チラリと横を見ると、すぐ俺の顔の横を、爆発的な水流の嵐が駆け抜けて行くのがわかった。


 うねる一本の槍と化した水の暴流は、10メートル先のクラークに狙いたがわず食らいつく。


 すると今度はクラークを中心に水たちがうねりはじめ、水流の球体を作りはじめた。


「ぷはぁぁあ、はぁは、はぁぁ、はぁ!」

「ッ!?」


 信じられない。

 球体の中、びしょ濡れ髪の毛ペタンコのクラークが、膝に手をついて呼吸をしている。


 水深100メートルの世界に、自分だけの呼吸可能エリアを作り出したとでもいうのか……いやいや、なんだそれ。ズルイだろ。


 どんどん黒い軍服の奴らもセーフゾーンに入って行ってるし、あいつらレトレシア杯に慣れすぎだ。


 どんだけ傾向も対策を積んできてるんだ。


「んんぅく!」


 背後から苦しそうな声が聞こえてくる。

 振り返れば5メートルくらい後ろで、サティがハムスターみたいな顔して手招きしていた。


 近づくと、えらく苦しそうなサティは強引に俺の首に手を回し、引き寄せるように抱きついてくる。

 平たい胸が当たってきてちょっと嬉しい気分になる。


「≪んんぅうんッ!≫≪んんぅうん!≫≪うぅぅんん!≫」


 なんかの魔法が発動。


「ッ、ぷっはぁあぁあ!」

「ははぉあ! はぁ、はぁ、はぁあっ!」


 こらえていた呼吸を整える。


「はぁ、はぁ、サティ、も、安全地帯、作れるなら、言っといてくれよ、はぁ、はぁ、これ、チーム、でやった方が、絶対、よかった、だろ……っ」


「はぁ、はぁ、私も、今思いついたの、あの、よそ者魔法使いが、使った、魔術式の、パターン、を、私の、はぁ、知ってる、範囲で、組み合わせて、コピーして、はぁ、みた、だけ」


「はぁ、はぁ、言ってる意味、わからない、けど、ありがとう、な」


 びしょ濡れサティの頭を撫でる。


「はぁ、はぁ……やめて、今は真面目な時間。アーク、悪い知らせよ。気づいてないかもだけど、私たち相当ほかのサークルから恨み買ってるわ」


 サティはニヤつく顔で、もの惜しそうに俺の手を払いのけ、焦げ茶色の髪をかきあげて言った。


「恨まれてんのは流石に気づいてるけどね。ていうかサティにそれ言ったの俺だしね」

「ゲンゼとテテナが上で早々にやられた所までは見たわ」

「俺の知らないところでめっちゃやられとるやないかい」


 チョップでサティに突っ込む。


「そんなの私に言わな、っ! アーク、避けて!」


 サティの警告。

 遅れてやってくる俺の魔感覚の警笛。


 向かってくるのは複数の属性魔法。

 ドラゴンクランの魔術師が全員合流しているのか。


 空気ボールから飛び出して、再び湖の底へ身を投げ出す。


 すぐ後ろの空気ボールが魔力の暴風に巻き込まれて、いとも容易く崩壊した。


 俺とは反対側に逃げたサティは、鬼の形相でふたたび無詠唱の強力な水操作系魔法を行使。


 湖底に強烈な潮流が発生する。


「退散! サテライン・エルトレットは私が対処する! 全員でコケコッコの卵を取りに行け!」


 クラークは合図とともに空気ボールを解除した。

 彼女以外の軍服たちは、小規模な水流操作で卵を目指し始めた。


 俺も湖底を走りすぐ隣にある卵に手を伸ばす。


 すぐに隣で行われるサティとクラークによる水流の主導権争いと、複数の魔法の撃ち合いが凄まじい。


 あんなのに付き合っていたら、らちが明かない。


 卵を固定するための鎖を、2つ、手刀で断ち斬る。


 そして手のひらサイズの油断したら握りつぶしてしまいそうな卵を、巻きついた鎖ごと両手に1つずつ持ち、湖底をもてる最大の剣圧で蹴った。


 鎧圧を全カットして、軽くなった俺の体は湖底を垂直に昇っていく。


 途中、クラークと水中決闘してたサティをさらう。


 そうして、俺たちは湖面まで一気に浮上した。


「ぷはぁぁあ! はぁは、はぁ!」

「はぁ、はぁはぁ!」


 サティを小脇に抱えたまま遠くに見えるグリードマン先生を発見。

 水を蹴り、一気に跳躍。


 やや不安定な足場だが、水中よりかはずっとマシに動ける。


 ふくらはぎ程しか深さの無い浅瀬に辿り着いた。

 サティを小脇に抱えたまま、グリードマン先生まで一直線に突っ走った。


「先生! たまご、卵です!」

「さぁ、さっさと食べなさいよ!」


 底から取ってきた金の卵2つを掲げて先生に見せた。


「アーカム、サテライン、まさか君たちは不治の病に倒れる勇者に生の卵を食べろと言うのかね?」

「ふぇ……?」

「何言ってんのよ」


 俺とサティは顔を見合わせ互いに首を傾げた。


「美味しく調理してくれ。勇者トラ・ルーツの仲間たちがかの湿地帯でそうしたようにね」


 そう言うとグリードマン先生は、あたりの浅瀬を手で指し示した。


 そこには先に水上に帰ってきていた10人余りの生徒たちが、迫真の表情で卵を料理している姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る