第132話 巨大沼地のドローゴーン

 

 ーーカチッ


 時刻は13時10分。


 急遽大会本部に召集された俺とカティヤさん、サティは先生相手に自分たちの身の潔白を訴えていた。


「ドートリヒトのせいよ。私はなにも悪くないわ!」

「それは通らないかな。あんなに楽しそうにみんなを水に巻き込んで遊んでたのに」

「あれはアークの出した水だもの!」

「え、サティ、それは酷くね? 俺、頑張ったのに泣くよ?」


 第1種目であまりにも多くの生徒が脱落した件は、間違いなく≪天翔あまかける激流げきりゅう≫なんていう、在学中に絶対に授業で習わない大河魔法を使ったサティが悪い。


「カービィナ先生、僕は悪くありません。僕はただサテラインさんに、圧力を掛けられて≪みず≫を使い続けただけなんです」


「お黙りなさい、アルドレア。私はあなたにあんな乱暴な魔法を使わせる為に、≪魔力蓄積まりょくちくせき≫を教えたわけではありませんよ? 

 あなたの魔力量にもの言わせた≪みず≫は、もうとっくに一式の領域を越えて、三式≪みずうみ≫に匹敵するレベルなのを自覚なさい」


「え、本当ですか? へへ、水属性三式魔術ですか、へへ」

「褒めてなどいません。あなたはもう少し賢い力の使い方を心掛けなさい。でなければ、こちらも処罰を考える必要が出てきますよ」


 ピシャリと述べたカービィナ先生は指先を戒めるように、俺の目の前に突きつけてきた。


「はい……すみませんでした」


「特にレトレシア杯の期間中は大会を進行に著しく阻害する行為は慎むように。カティヤ、エルトレット、もちろんあなたたちもです。よろしいですね?」


「はい」

「わかりました〜やらなきゃいいんでしょう!」


 腕を頭の後ろで組み、反省の色を見せないサティ。


「エルトレットは残りなさい、お二人はもう行ってよろしいですよ」

「うぇえー!? 先生ごめんなさい! ひとりは嫌ぁあ! アーク助けて!」


「よし、カティヤ、いくか」

「そうね」


 サティだけを大会本部の校内に残し、俺たちはオオカミ庭園競技場へ戻る事にした。


 学校関係者以外が、校内を歩き回れないよう張られた結界をいくつか抜けると、ふと玄関ホールの近くで話し込む、濡れた髪の私服生徒たちを発見。


「マジであの1年ありえねぇよ」

「魔術師同士の妨害はアリだけど、いきなりあんな殺意高い魔法使うか。本当に空気読めない奴」


 カティヤの手を引き、素早く物陰に隠れる。

 どうやらサティにやられた者どうし、反省会をしているらしい。


「だけどまぁ、あの1年も次の種目で終わりだぜ」

「ん、なんでだよ。巨大沼地のドローゴーンなんて大した種目じゃないだろ」

「いいや、それがよ、あいつら他サークル脱落させ過ぎてめちゃくちゃ恨まれてるみたいだから、競技中なにがあるかーーおい、てめぇそこで何してる……?」


 おや、なんか声色が変わったな。


「お前だよ、お前、なに盗み聞きしてんだ。頭出てるんだよ」

「あ、すみません……」


 物陰からひょこっと顔を出す。

 びしょ濡れ先輩と完全に目があった。

 生来の盗み聞き下手スキルが発動してしまっていたらしい。


 俺はぺこりと紺青と銀のコートを着た先輩に頭を下げて、カティヤさんを連れその場を立ち去った。


 ふむ、やはりやらかした分は自分たちに返ってきそうだな。

 サティに伝えてやらないと。


 ー


「それではこれより第二種目、巨大沼地のドローゴーンの説明に入らせていただきます。トラックに残っている方はすみやかに観客席へ移動していただくようお願い申し上げます!」


 グリードマン先生はフィールド中央壇上で≪拡声かくせい≫を使いながら告げた。


 観客席の北側、決闘サークルが集まる観客席では緊張感がピークに達し、皆が皆、生き残った競技者と作戦会議を行なってる。


 第1種目の通過者71人は皆が深く呼吸をし来たるべき試練に備える。

 一方でどういうわけか大量に脱落した者たちは、ただ焦げ茶色の不遜なる少女を睨み続ける。


「サテリィ、凄い見られてるけど大丈夫?」

「別に平気よ。サークル員全残しした私の手腕に見惚れてんのよ」

「う〜ん、僕はなんかもっと刺々しいような気がするんだけど……」


 あたりを見渡しオロオロするゲンゼの頭を撫でておく。


「アーク、あのドラゴンクランの男の子も凄い見てくるし……」

「気にするな、あれはただのクソガキだ。三流魔術学院のな」

「ぐぬぬ……ッ、アーカム・アルドレア……ッ!」


 黒軍服の男子からぷいっと目を離しフィールドへ視線を送る。


「はじまったわ」


 天才魔術師のわくわくを孕んだ声が聞こえた。


 途端に発生する、強大な魔力のうねり。


 先程まで芝生とトラックから成っていたフィールドが、急速にその様態を変化させて行っているのだ。


 芝生は溶けるように水に変わり、トラックは沸騰したように煮えたぎり姿を固体から液体へ。


 そうして数十秒の後に、フィールドに生まれたのは透き通るような湖面だった。

 陽の光を爛々と反射してひかる水辺。


 ただ、そんな水辺には違いがある。


 10メートルも高さある観客席から見れば一目瞭然の違い。

 それは圧倒的に湖の中央、唯一残ったグリードマン先生が立つ壇上付近数十メートルだけ、水辺が浅いということ。

 その他の一周800メートルの湖フィールドは全ては底が見えないほどに深いということだ。


「第2種目、巨大沼地のドローゴーンは勇者トラ・ルーツの歌にも登場する、『永遠の湿地帯』での迎撃戦を模して作られた伝統的な競技です! 

 これより第1種目を見事に勝ち抜いた若き魔術師たちは、湖の底に眠る恐ろしい怪物から、

 金のコケコッコの卵を持ち帰り、不治の病に倒れたトラ・ルーツに、奇跡の万能薬を食べさせてあげなくてはいけません!」


 グリードマン先生が競技の説明をしているうちに、俺を含めた競技者たちは、眼下の湖を取り囲むように観客席に広がっていく。


 レトレシア杯に参加しない生徒たちが座る南側にやって来た。

 観客席から同学年の子犬生たちが手を振って応援してくれる。


 ん、3人くらい馬鹿そうなのが近づいて来たな。


「よい、アーカム! この種目じゃ何人殺す予定なんだよい?」

「エルトレットに媚び売るなっての! 狼の威を借る子犬とはまさにこのことだってな!」


 オキツグとシンデロは調子よく、とっても楽しそうに聞いてくる。

 だが、俺がこいつらに返す言葉は決まっている。


「よう、ヴァンパイアに入ろうとして落とされた馬鹿と、レトレシア杯に出る度胸なくて決闘サークルから逃げた馬鹿」

「っ、辛辣すぎるよい……」

「俺もう死にたくなって来たっての……」


 意気消沈する2人を背に湖に体を向ける。

 ふと、横で二枚目の関西人と巨乳ケンタウロスが、くっ付いていちゃついてることに気がついた。


「キャロム、気張ってけよな〜」

「任せてくれ、必ずそなたの為にコケコッコの卵を持ち帰ってみせよう」

「期待しとるでー」


「んっんっんッ!」


 特に理由はないが、咳払いとかしてみる。

 公衆の面前で女子のたてがみをなでなでする事が羨ましいわけではない。


「なんやねんアーカム。こんくらい許しといてや」

「不純だ」


「アルドレア、貴様が普段テテナにしてるスキンシップの所在をナタリア先生に言ったってーー」

「健全だ」


 卑怯な馬娘め。

 脅してくるなんてズルい。


 ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる美女と美男カップルから顔を背ける。これ以上見てたら目に毒だな。


「さぁて! どうやら競技者たちの準備が整ったようですね! それでは若き賢者たちに勇者を救ってもらいましょう!」


 いよいよ、始まる。

 第2種目、巨大沼地のドローゴーン。


「3、2、1、競技開始ぃぃいー!」


 怪物待ちうける物語の舞台。

 勇猛な魔術師たちは一斉に湖へ飛び込んだ。

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