第117話 モフる価値なし

 


 振動が収まり、静けさが戻ったかと思われたオオカミ城。

 現在、城の中でも最も重要とされる部屋の扉は破壊され、部屋前では恐ろしいとしか形容できないバルクを誇るマッチョによって制圧されていた。


「アリエールだ」

「ありえない、ありえない! こいつオロチ鉱で出来てるとでも言うのか!?」


 突如として現れた巨漢の半吸血鬼へ、自身の攻撃が全く通用していない事実に動揺する人狼ドルフ。


「そ、そうか、貴様は悪魔だったんだな!」


 事態を理論付けて理解するために、ドルフは目の前に現れた半吸血鬼と思われる男の正体が実は悪魔だったのだと仮定する。


 そうとなれば人狼の攻撃に対して直立したままであるのも頷けるというものだ。


 悪魔はこの世界には存在しない第三世界法則を操ると言われている別次元存在。

 ともすれば不思議な技にも説明がつくというもの。


「悪魔? くだらねぇこと言ってんじゃねぇ。あの程度の下等なゴミクズと一緒にするな。俺様たちは人間ーー」

「ほざけッ!」

「兄貴ッ!」


 ドルフは再び攻撃を仕掛けた。

 全身から膨大な魔力を溢れ出させている男へ、お見舞いするのは渾身の蹴り。

 同時に弟のガルフへ合図を出し、連携攻撃をするように指示を飛ばす。


 ガルフはビビリながらも、目の前の存在が兄ひとりの手に余る強大な敵だと冷静に判断し、

 兄が巨漢の喉仏に蹴りをぶち込んだのとは、彼は対照的にうなじからかかと落としを叩き込んだ。


 手応えありである。


 兄弟の放った強烈なハサミギロチンはおそらく個人の人類が味わった衝撃力の中でも上位に食い込んでくるであろうレベルの強打であった。


「そうか。やはりお前たちには俺様たちにモフられる資格はない」


 が、それでも男には届かない。


「ぬッ!?」

「こ、こんなのって!」


 ガルフは恐怖した。

 自身のうなじへの攻撃と兄と喉仏への突き刺さるような蹴りに全く動じていない男に。


「モフる価値なし」


 男が静かにそう呟いたのが聞こえた。

 そしてガルフに聞こえたのはそこまでだった。


 ーーペキペキッ!


「ッ!?」


 足首に走る鋭い痛みと、薄氷を指で砕くかのような軽やかな破壊音を耳にして、ガルフはすぐさま自分の足に起きた異変に気がついた。


 うなじへ打ち込んだ右足の足首が男の手によって掴まれていたのである。


 自身では全く気がつかなかったほどの早業。


 まだ自分が未熟な人狼である事は自覚している。

 しかし、人狼の知覚を越えてこれほどの事が可能なのかと、ガルフは場違いにも賞賛の念を眼前のギャラクシー級の「怪物」へと送ってしまった。


 一撃で山を砕き、大地を割り、海を分かち、天空を切り裂く。

 人狼の四肢から繰り出される攻撃は、この世の全てを超越する至宝の破壊力を秘めた天災であるはずなのに、それがつうようしないなんてーー。


「凄すぎ、る……」

「ふん」

「ぐぅあッ!?」


「ガルフゥゥウ!」


 あまりの事態に一瞬硬直したガルフ。

 純粋魔力を撒き散らす恐怖の男は、粉々に砕けたガルフの足を、

 何が可愛いのかよくわからない人形の足を持つかの様に握り、身体ごとぶん回して壁に叩きつけた。


 ーーバギャァァォォアッ!


「ぬぅああ!」

「お前も逝け」


 ガルフが壁に叩きつけられ、頑強な作りの壁を貫通して夜の闇に消えていくと同時、巨漢は今度はドルフの体を指で弾いた。


 高校生の若いカップル。

 彼氏がドジっ子な彼女のおでこを愛おしさ満点に小突くがごとくドルフに放たれたデコピンは、

 実に数億ジュールのエネルギーの一点特化を持って人狼の左胸に穴を穿つ。


「ぼぁがぁぁ、な……ッ!?」


 究極の生物細胞が破壊され風穴が空いた。


「飛んでけ」


 分割された極小時間は、巨漢の冷徹な一言によって動き出す。


 穴を穿たれてなおもあまりある衝撃力によってドルフは崩壊するオオカミ城の最上階から、豪速で打ち出されて弟と同じく夜の闇へ消えてしまった。


「さらばだ、憐れなモフモフたちよ」


 ガルフが壁に叩きつけられた際の爆風で弾け飛んだ最上階にただ1人残った巨漢。

 もはや屋上となってしまった空の下。

 彼は寂しげに夜の闇を見つめ、ピチピチのズボンに手を突っ込んで散歩するように歩き出した。


 ー

 ーーナポレオ・ビックギフト視点ーー

 ー


「隊長! 城の最上階が爆発しましたぁぁあ!」

「見ればわかる」


 闇夜に輝く星々が落ちてきたのかと錯覚する程の超質量。

 瓦礫の流星を避けながら敵の居場所突き止めた者たちがオオカミ城の下方にいた。


 大地震の発生からわずか数十秒後に吹き飛んだ、オオカミ城の最上階の爆発を目撃した者の中には、

 城下に住む一般人狼たちはもちろんのこと、人狼たちの中でも特に戦闘能力に優れた「狼王の牙」たちも含まれていた。


「隊長! どうなさいますかぁぁ!?」


 かたわらで悲鳴のような報告と、命令を催促してくる部下を押しとどめ、冷徹な目で城を睨みつける人狼がひとり。


 2メートル50センチは下らない身長と筋骨隆々なボディを毛の下に隠した一際体格が大きい影。

 頭部の毛並みにちゃっかり炎を模した剃り込みを入れてお洒落を楽しんでいるこの隊長と呼ばれる人狼の名は、ナポレオ・ビックギフト。

 9つある「狼王の牙」の部隊の中で、第7部隊の指揮をとる人狼の中でも歴戦の猛者だ。


「行けばわかる」


 ナポレオは体躯に似合わない静かな声音で呟いた。


「行けばわかるぅ! 行けばわかるだぁぁ! 隊長に続けぇぇぇ!」


 とち狂ったように声を枯して復唱する部下。


 そんな彼の伝達によって鍛錬場で酒盛りを中断していた人狼の戦士たちは一斉に地を蹴った。


 冬の夜空、乾燥した空気を切り裂いて銀色に輝く毛並みを携えた狼たちが、一瞬で空に駆け上がっていく。


 わずか一足で地上から、雲を突き抜けてそびえ立つオオカミ城の最上階ーーいや、現在は屋上となっている場所へと全員が降り立っていく。


「た、隊長! 何かいますぅぅぅ!」

「見ればわかる」


 満点の星空を一望できるルーフ。

 もはや破壊され尽くしたオオカミ城の屋上へやってきたナポレオ率いる第7部隊の人狼たちは、

 数百メートル先に佇む異様なオーラを放つ存在にすぐさま気がついた。


「早いな、ナポレオ」


 自身を呼ぶ声にナポレオは視線を向ける。


「来たか」

「第9部隊の残りの12人も連れてきた。半分そっちで指揮を頼む」

「了解だ、レイン」


 遠くに見える人影から意識を離さず、迅速に部隊編成をし直し、2人の隊長は頷きあった。


 レインと呼ばれた人狼は、眼鏡をグイっと押し上げて片手に握ったを握り直した。


 そうして、準備が整うとレインとナポレオはゆっくりと人狼たちを引き連れて走り出した。

 ナポレオは正面で高速で動く同胞たちを視界にとどめながら、硬く拳を握り世にも恐ろしい凶器を作り上げていく。


「レイン、あれは何だと思う。僅かに血の混じりを感じるのだが」


 ナポレオは急速に近くなる魔力の塊に眉根を寄せる。


「そうだね。クォーター、あるいはそれ以上に薄い半吸血鬼、というかあれ自体はほとんど人間だと俺は思うよ」


 レインも不可思議なモノを見る目で正面の得体の知れない存在を凝視している。

 一体なぜ、というかあいつ誰だよ、という感情がその表情からはひしひしと感じられた。


 軽く走っておよそ人間だと思われる存在の下へ辿り着いた2人の隊長とその隊員たち、総勢54名。


「お前ら、散れぇぇ! あとは俺たちが対処する!」

「ッ! 牙たちが来たぞぉ! 引けぇえ!」


 レインの指示に従って、それまで謎の存在を足止めしていた城の衛兵人狼たちが一斉に散り始めた。


「おや、もう終わりなのかな」


 姿が搔き消える速さで動き回っていた人狼たちが、一斉に居なくなった事に残念そうな声を漏らす逞しい体躯の男。


「いいや、お前の相手は俺たちがする」


 レインは刀を抜き放ち、地面を浅く斬りつけながらそう告げた。


 そこまでしてようやくこちらの存在に気がついたのか、逞しい人間の男は静かにレインたち『狼王の牙』の複合部隊に意識を向けた。


 明らかにサイズの合っていない裂けた革のコートに、ビチビチに張ったズボンからは筋肉の溝が濃く浮き上がっている。

 一目でこの男の筋肉が尋常の域には無いということは誰の目にも明らかだった。


 全身から放たれる青紫色の純粋魔力の波動は、スパークを起こしながら足下のオオカミ城を削りに削り続けている。

 さらに無差別な物理破壊だけでなく、この場に立っている者の気分は魔力の影響によって害され始めていた。


 通常の人類ならとっくに魔力濃度の異常値に失神、あるいは痙攣して死亡しているであろう密度の魔力。

 現在も顔色1つ変えずに筋肉男と相対している人狼たちは、それだけで賞賛されて然るべき偉業を平然とこなしているのだ。


「貴様、何者だ?」


 ナポレオは男をゆっくりと取り囲むように部隊を展開させながら尋ねた。


「俺様たちは……アーカム・アルドレア様、とアーカム・アルドレア様だ。よく覚えておけ」

「頭がおかしいのか……?」


 隣でボソッと呟くレインの意見にはとても共感をえるが、今はこの相手を刺激せずに情報を引き出すべきだとナポレオは思案する。


「刺激するな、レイン」

「オオカミ城を破壊したんだ。生きて帰れると思うなよ、吸血鬼」


 憤りを隠さない同僚にナポレオは眉をひそめる。

 今のレイン・エッジバースは冷静ではない、ナポレオはそう悟り話を進めることにした。


「ほう、アーカム・アルドレアか、その名前覚えたぞ。それで、貴様は一体自分が何をしているのかわかっているのか?」


 ナポレオは目を鋭く細めながら眼前の男を睨みつける。


「おい、貴様、とはなんだ? アーカム様と呼べ。身の程をわきまえろ、犬の亜人」

「犬の亜人だと……?」

「身の程をわきまえるのは貴様だ、人間。死にたくなければ、さっさと我々の質問に答えろ」


 目を見開いて自分たちが犬の亜人と呼ばれた事にショックを受けるレイン。

 ナポレオはレインの心中を察しながらも、額に青筋を浮かべて乱暴な口調になっていった。


「俺様たちに命令をするな。不愉快だ、わきまえろ」

「それはこちらのセリフだ。人間ごときが我々に命令するなどと。おこがましいにも程があるぞ」


 一向に引く気の無い男に対して、ナポレオもまるで譲歩する気がない。


 人間にしてはやけに態度のデカイ男。

 理性では少し譲ってやってもいいと思ってはいるのだが、最強種族人狼としての誇りが傲岸不遜な態度を取る男への譲歩を許さない。


「隊長、陣形組み終わりました」


 耳元で囁かれる部下の声。

 ナポレオは男へ視線を固定しながら確かに報告を受け取った。


 あとは隊長であるナポレオとレインの合図次第で、いつでも目の前の人間をズタズタに引き裂くことが出来る状態だ。


「まぁいいだろう。それより俺様たちの質問に答えてくれないか? ここはどこでお前たちは誰なんだ?」


 男は呑気に肩をすくめながら、ポケットに手を突っ込んで質問してくる。

 非常に不愉快な舐めた態度である。


 だが、ここで怒り出してしまうのはかつての人狼だ。

 人狼は日々進化し、爪と牙以外にも対話というコミュニケーション能力を身につけたのだ。

 拳を握りしめながらもナポレオは寸前のところで怒りを抑えて対話を試みる。


「……貴様が立っているのはこの世界で最も尊き場所をおさめる王の住まうお城。通常の方法では絶対に辿り着けない人狼の里だ」

「なに……人狼だと?」


 ナポレオは聞き返してくる男にひとつ頷いた。


 そんな事聞かなくてもわかっているだろうに。

 ふざけた事を聞いてくる奴だ。


 心底不快な気分になりながらナポレオは部下たちに目で待機するように指示を出す。


「それではお前たちが話しに聞く伝説の種族、人狼、なのかな?」

「あぁそうだ」


 不毛な会話だと、切り捨てたいがここは我慢。


「そうか、はは、あはははッ! そうか、そうか!」

「何がおかしい?」

「あはは、はは、これは失礼、はは」


 急に笑い出した男を訝しげに睨みつける人狼たち。

 その中でもナポレオはどびっきり機嫌が悪くなっていた。

 なぜなら、きっと眼前のこの偉そうな男は自分たちに対しとっても失礼な事を言い出すからだ。


「いやぁ、話に聞いてよりずいぶん貧弱な奴らなんだなって、思ってな」


 ニヤリと笑みを深める男。

 ほら言っただろ。


「これではただモフモフなマスコッーー」


 ーードガァアッ!


 男が目尻を抑えて愉快そうにしているところへ、大地を切り分ける一閃が叩き込まれた。


「死んだな、馬鹿な吸血鬼だ」


 黒い刃を鞘に納めるレイン。

 雷すら追いつけない不可視の神速は、男の侮辱に我慢できなくなったレインによる世界を分かつ斬撃だ。


 揺れる足元。


 爆発的なプラズマを発生させあたりを蒸発させながら放たれた天地両断の一撃は足場のオオカミ城を、

 ホールケーキを2つにカットするがごとく等分に斬り裂いてしまっていた。


 これが最強の種族、人狼。


 何者も決して追いつかない遥かなる頂きに住む、約束された全生命の覇者。

 その果てしなく限り無き力のほんの一端だ。


「殺してしまったが、結局アイツは何だったんだ?」

「あぁあれほどの存在を隠し持っているとすれば恐らくまたあの協会の連中の仕業だろう……」


 ナポレオとレインは向かい合い終わった戦いに肩の力を抜きーー。


「うぅ〜ん、俺様たちの肌に傷をつけるとは良い刀だぁ。それは後で貰うとしよう」


 響くは背筋を貫く男の声。


「ッ!?」

「なっ!?」


 ありえない事態に人狼たちは一斉に距離を取った。


 ナポレオは腕を振り、台地と化したオオカミ城の上を舞う土埃を全て払いのける。


 そうして現れたのはやはり先ほどの男。

 全身からみなぎるエネルギーは少しも揺らぐ事なく、その顔は依然として舐め腐ったような余裕の表情している。


 男は自身の肩口に出来た切り傷を指でなぞり、あたりの人狼たちをぐるりと見渡すようにして視線を泳がせていた。


「何を驚いているんだ。お前たちは協力して、工夫して、勇気を振り絞って、ようやく俺様たちに指ひとつ掛ける事が叶う程度の虫ケラ的存在。

 たかだか犬っころが棒振っただけで倒せるとでと考えていたのか? それは身の程知らずというものだ。わきまえろ」


「信じられんな。こんな人間がいたなんて」

「ふむ、なかなか面白い」


 レインとナポレオは演説を始めた男を遠目に見ながら、戦うに値する者として認めた。


「どうやらあの者は種としての域を超えているらしい」

「ならば我々も、もはや貴様を人間としては扱わん」


「手加減したとでも? つくづくモフる価値の無いゴミカスどもだ」


 どこかズレたような決め台詞を吐く男に眉根を寄せて本腰を入れるナポレオ。

 鞘を投げ捨て刀を両手持ちに構えるレイン。


「こいよ、犬っころども」

「言われなくても」

「ぶっ殺す」


 2人の隊長はそれが最後のやりとりと察し、部下たちへ男を八つ裂きにする指示を下した。

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