第93話 カティヤさんに贈り物

 


 新暦3052年、7月21日。


 本格的に夏がやってきた。

 睨みを効かせてくる太陽の暑さに毎日うだりながら修行する日々が続いている。


 憎たらしい陽光のせいで今まで涼しかった朝練ですら暑い中やらなければならないのだ。


 まぁこれもまた一興ってことで一応太陽は許してやるが。ただし湿気、てめぇはダメだ。


 こと暑い日差しがあると良いこともある。

 女の子たちが薄着になるという特筆すべき利点だ。

 心頭滅却して柔肌を鑑賞するーー。

 寛容な心で楽しんでやればどうって事は無い。


 朝の日課といえば、餌をもらいにくるワンコロネッコロたちもいよいよ大所帯になってきて、今では最大15、6匹が図々しく中庭で待ち構えている事がある。


 目立つやつには名前をつけているが、たまに見たことのないやつが平気で紛れているので俺もすでに全員の顔を把握することは諦めた。


 もちろん、乞食代表兼もふもふ神のポチは毎朝欠かさずに中庭に通ってきている。


 ただ最近は暑いせいなのか抜け毛がすごい。


 ブラッシングしてやると彼は天国まで飛んでいきそうな顔で芝生の上に伸びるのだ。


 お腹を丸出しにして抱きついてくるようにすがり付かれると少々暑苦しい。まぁ可愛いのでよしとする。


 ちなみに溢れ出る抜け毛をこっそりオズワールの所へ持って行ってみた事がある。


 その結果、ポチの抜け毛は超優秀な魔力触媒になるとの事だった。

 案の定、というかやっぱりポチは魔獣みたいだ。

 これからは無闇やたらに口の中に頭を突っ込まない方が良いかもしれない。


 学校では、暑いローブは脱いでもオーケーなクールビズが始まった。

 最近はほとんどみんな私服で大学生活を送っている。


 面白い事にローブを脱ぐと途端に子犬生の男子は半袖で短パンの小学生に変わってしまう事が判明した。


 ローブがあったせいでファンタジー感が出てしまい忘れていたが、彼らはまだ小学生5、6年生くらいの歳なのだから当たり前といえば当たり前だ。


 ポールの輸入した児戯王が流行りだして、日夜食堂でカードバトルが繰り広げられていても、なんら不思議ではないのだ。


 一方、男子たちと違って女子たちの中にはファッションに気を使って大人ぶってる奴らがいたりする。


 ファッションリーダーという奴だ。


 まぁどちらにせよ俺にとっては只の小学生にしか見えないのだけれど。結局は小学生の域を出ないのだから。


 そういえば女子たちの間ではレトレシア敷地内にあふ動物小屋ーーどちらかと言うと動物園ーーに行く事が流行っているらしい。


 レトレシアの聖獣、グランドウーサーのシゲマツとモチモチを愛でる事がブームなのだ。

 彼らは名前の通りの見た目はウサギなので、女子たちに人気が出るのも頷けることだ。


 ただ、彼らのブラッシング担当をしている俺はウサギたちにめっちゃ懐かれている為、サティやマリに強制連行される事がしばしばあるのはいただけない。


 唯一ウサギたちをコントロール出来るのが俺だからだ。

 ゆえにレトレシア女子たちにとって俺はウサギたちに、芸をさせる係と覚えられるまでになってしまっている。


 そんなこんなで今日もレトレシア魔術大学には平和な日常風景が延々と続いている。


 ー


 今朝もマリをお姫様抱っこしながらの登校だった。

 いつも通りみんなに茶化され、サティに怒られた。

 なんの変哲も無い日常。


 狩人助手として魔物と命を掛けた闘争を繰り広げている時の事を思い出すと、こんな平凡な日常がとても幸せなモノなんだと実感する時がある。


 現在、俺は純魔力学の授業を受けているところだ。


 もちろんレトレシアの腫れ物女神カティヤさんと2人でな。


「暑い」


 ボソッと呟く隣席。


「あぁ暑いな」


 俺は愛想なく答えながらチラリと横を盗み見る。

 胸元をパタパタとはためかせ涼しげにするカティヤさんと目があった。


「なに見てんの」

「は、全然胸なんか見てないけど。自惚れんな」


 おっといけない。

 考え事をしていると、勝手にカティヤさんにエイムがあっちまう。

 俺の視線は放っておくと自動的にカティヤさんを見つめてしまう様に進化しちまってるんだ。自粛しないと視姦してるとか変な噂をたてられかねん。


「ーーはい、というわけで今日の授業はここまでです。来週はレポートを提出して頂きます。忘れないようにお願いしますよ、アルドレアにドードリヒト」

「はい」

「かしこまりました!」


 そう言ってカービィナ先生はひとつ頷くと、黒板を消し始めた。


「ねえ」

「なんだよ」


 教科書を片付ける手を止めて隣の少女へ首を向ける。

 カティヤさんが澄ました顔で凛とした視線を向けてくる。


 クソ、なんてカッコ可愛い人なんだ。

 もっと愛想いい返事しなくちゃダメだろ、俺。


「来週、28日ってなんの日か知ってる?」

「ん?」


 おや、今回は珍しく悪口じゃないのか。

 やった、カティヤさんと普通の会話ができそう。


「28? なんの日だよ」

「はぁ……あんたそんな事も知らないんだ」


 カティヤさんは呆れたと言わんばかりにペンをクルクル回し始めた。


「むぅ。教えろよ」


 結局、俺のこと馬鹿にするタイプの会話だったかぁ。

 自然とため息が漏れ出す。


「餞別の日。知らないの?」

「餞別の日? なんだそれ」


 カティヤさんは視線を外し、俺とは反対側の窓の外を見ながら呟いた。


 ふむ、聞いたことのない単語が飛び出してきた。

 俺もこの世界に来て長い。

 記念日だの人々の慣習的なのはある程度把握しているつもりでいたのだが、それでも餞別の日なんて聞いたことがない。


「本来の記念日の意味とは違うんだけど、簡単に言えば男が女に贈り物をする日のことよ」

「へぇ知らなかった。贈り物か」


 雲ひとつない青空を見上げながらカティヤさんは続ける。


 なんかバレンタインみたいなイベントだな。

 男の子が女の子にチョコレートを贈る慣習。

 たしかにこれもカクカクしかじかで本来の意味とは違っていたはずだ。


 俺の覚えている限り、餞別とは友人とかとの別れ際に何か贈り物するって意味だった気がする。

 その意味が転じて、男が女にプレゼント渡す日になったってところかな。

 ありがちな話だ。


「それでその餞別の日がどうしたんだよ」

「うん……えぇと、あんた誰かに贈り物するんかなぁーってさ」


 浮世離れしたような性格のくせに、意外と俗っぽいことに興味あるらしいな、カティヤさんは。

 眉根を寄せてカティヤさんの意外な一面を知れた事にほくそ笑む。


「そもそも、そんな日知らなかったし、誰にも贈り物する予定なんかないよ、俺は」


 止めていた手を動かしてカバンに教科書をしまいながら答えた。


「ふん。でしょうね。その方がいいわよ。あんた気が効かなそうそうだし、贈り物とか全然似合わないから」


 あ、来たか。

 何故か理不尽にディスってくるタイム。


「うるせぇよ。お前こそみんなに避けられるんだから、どうせ誰からも贈り物なんてーー」


 ーードグゥシャッ


「ぐふぅェ!」

「黙ってなさいよ、馬鹿」


 強烈な鉄拳をぶち込まれて膝をつく。


 まったくなんて馬鹿力なんだ。

 吸血鬼の力を存分に振るいやがるからに。


 カティヤさんは倒れ伏す俺を一瞥するとさっさと教室を出て行ってしまった。


「ぁぁ、うぅ」

「あらまぁ。またドードリヒトさんにやられたんですか」


 おばあちゃんモードのカービィナ先生が呑気に近づいてきた。


 普通の教員なら焦ってカティヤさんへ説教を始めるところだが、カービィナ先生はこの光景に慣れてしまったらしく、ずいぶん前から俺の心配をすることはなくなった。


 悲しいっちゃ悲しいが、俺が心配する必要はないと自分で言った事なので仕方がない。


「程々にしておきなさい。あなたの優しさは美徳ですが、好きようにやらせてるだけでは彼女の為にはなりませんよ」


 机に寄りかかりながら立ち上がる。


「うぅ、肝に命じておきます」


 カティヤさんの為ーー。

 その言葉を口の中で咀嚼しながら先生に一礼し、俺は教室を後にした。


 ー


 その日の午後。


 俺は食堂で友人たちと大富豪に打ち込んでいた。


「なぁギオス」

「なんや」


 自分の手札を見つめながら、隣に座っている友人に話しかける。


「餞別の日って知ってるか?」

「当たり前やろ。そな一大イベント」


 さも当然だとでもいいたげな顔でこちらに向いてくる。


「誰かに贈り物すんの?」

「そやな。そういうもんやろ」

「そっか」


 ギオスは贈り物する、と。


「誰にするんだよ?」

「そりゃ……秘密や」

「どうせあの巨乳ケンタウロスだろ」

「それは……まだわからんで」


 自分の手札と睨めっこしながらギオスの恋愛模様を容赦なく暴く。

 このギオスという男は喋り方こそクセがあるが、顔は相当なイケメンだ。


 サティにこっそり聞いた、女子たちの作っているイケメンランキングでは2位らしい。

 ちなみに巨乳ケンタウロスさんはギオスの彼女だ。


「なんだい、アーカムだってもちろんするんだろい?」


 対面に座るオキツグが身を乗り出し、会話に割り込んできた。


「コラ、アーカム。お前マリちゃんに贈り物するとか言い出したら決闘だからな。デスマッチ、デスマッチだっての!」


 シンデロか喚きながら睨んでくるが無視。


「はは、やめとけよ、そんなことしたらシンデロは0.1秒で死ぬだろ」

「うっせー!」


 レージェがシンデロに残酷な事実を伝えた。

 0.05秒あれば十分だって言ってやろうかな。


「アーカム、君は誰かに贈り物をするのかね?」


 今度はポールが眼鏡を直しながら質問してきた。


「うーん、悩み中、とだけ」

「そうか。では少し助言をしてあげよう」

「む、助言?」


 意外なところからアドバイスだ。

 聞き返すとポールは手札のカードを1つにまとめて机に置いた。

 そして手を顔の前で組み、両端をついた。


「もし餞別の日に贈り物をするのなら、手作りの物が好ましいとローレシアの古くからの慣習にあると聞いた。

 可能なら既製品ではなくお手製の物を用意した方良いのだと僕は思うよ」


 有力なアドバイスっぽい。

 お手製か。


「お手製……考えてみるよ、ポール」

「え、そんな慣習あったんかい?」

「わいは知らんで」

「俺も知らないな」

「はい! 俺知ってるの!」


 ポールの情報に食いつき、途端に男どもが騒がしくなる。

 ゲオニエス帝国から留学してきてるポールがローレシアの慣習を知っているのに、なんで知らない奴の方が多いんだろうか。


 いや、待てよ。

 俺も知らなかった。


「なぁアーカム、やっぱりエルトレットなのかい?」


 向かいの席に座っているオキツグが顔を寄せてくる。


「秘密」

「てことはあっちかい、もしカティヤさんに贈り物しようとか考えてるんだったらやめた方がいいと思うぜい? 多分捨てられるぞい」


 オキツグは苦虫を噛み潰したような表情で、俺の肩に手を置いてくる。


「流石にカティヤさんでも、そこまでしないだろ」


 俺はカティヤさんが言われのない噂を立てられているのを見過ごさない。

 彼女の噂は悪事千里を走るごとく学校中にすぐ伝染してしまう。

 こういう噂は広まる前に叩き潰しておくのがセオリーだ。


「いいや、あの女ならやりかねない。きっと贈り物した次の日にはゴミ捨て場に置いてあるぜい」

「やめろよ、まじでありそうで怖いだろ」


 恐ろしい情景が容易に想像できてしまい身震いして戦慄する。


「やっぱカティヤさんかぁ〜い」


 嬉しそうにニヤけ顔するオキツグ。


「チッ、ハメやがったな。はい階段革命、あがり」


 ずっと温めていた手札をぶち込み場を終わらせる。


「あ、おい! ふざけるねい!」

「自重したまえよ、アーカム」

「デスマッチだ! アーカム、勝負しろっての!」

「さっすがアーカムや! もろたで!」


 食堂から移動して馴染みのある気配を追う事にした。


 ー


「男性から贈られて嬉しい物、ですか」

「そう。ほら来週に餞別の日があるだろ。それでな」


 長身の高飛車貴族ウェンティ・プロブレムを廊下で捕まえて、贈り物に関する助言をこう。


 仲が良いとも悪いとも言えない関係だが、腐れ縁というのか何かと関わりある人物だ。


 彼女ならば学年中でも、一番女子女子してるので何か良いアイディアが貰えると俺は期待している。


 はっきり言って俺は女の子へのプレゼントなんて全くわからない。


 映画やドラマなんかを見る限りは指輪だのネックレスだの、それっぽいものはもちろん思いつく。


 しかし、小学生相手にそんな物を贈っても仕方ないような気がする。

 まだ、そういう年じゃないだろうしな。


 それにそもそもこの世界と地球とはでは違うのだ。

 文化が違えば当然ながら人が欲しがる物も違ってくる。


 俺の中の質の低い情報をあてにしてはいけない。

 これから挑む相手は暴力姫ーーというか傷害罪の姫のカティヤさんだ。

 ただでさえ受け取ってもらえる可能性の低い挑戦なのだから、最善を尽くさなければ俺に勝機はない。


 そのために徹底したリサーチが求められるのである。


「うーん、そうですわね。わたくしだったら何か服をプレゼントされたりしたら嬉しいですわ。アクセサリーでもいいですわ」

「チッ、ませてんな」

「なっ!? それが人に助言をこう態度ですか!」


 ウェンティが腰に手を当ててぷりぷりと怒り出す。

 俺が聞きたいのはそういうんじゃないんだよ。


「いや、これは失敬。すまん、ウェンティ」


 が、たしかに教えをこう側である事は事実。

 本音がつい出てしまった事を厳粛な態度で謝罪する。


「いつも思いますけど、アーカムはわたくしにだけ態度がおかしいんです」

「だって、ウェンティじゃん」

「ほら! それ!」

「あぁしまった」


 額をペチンっと叩きうっかり者の自分を制裁する。

 いけない、いけない。


「わざとやってますの!?」


 目をくわっと見開いて地団駄を踏むご令嬢。

 ウェンティと話しているとついからかいたくなってしまうんだ。なんでだろうか。


 これではいけない。

 俺は助言を受ける側なんだ。ここは自重せねば。


「まぁいいですわ。いつものことですし。それで、アーカムはどなたに贈り物をしようとしていますの?」


 ウェンティが顔を近づけて内緒話をするように、声を潜めながら聞いてきた。


 うーん、本当は教えるつもりはないのだが、助言をもらうだけもらって何にも見返りを渡さないってのは俺のポリシーに触る。


 それに有力な情報を得たいのなら、身を切って挑むべきだろう。

 何も失わずに、何かを得ようなど虫のいい話だ。


「誰にも言うなよ?」

「言いません、プロブレムの名に誓いますわ」

「耳貸して」


 ウェンティがこっそり耳を近づけてくる。

 ふざけず、誠意を持って接すれば彼女も力を貸してくれるはずだ。

 俺はそう思い腹をくくってウェンティの耳にささやきかける。


「……ゴルゴンドーラ校長」

「やっぱふざけてますわよね!?」

「空気的にふざける雰囲気かと」


 これはウェンティも悪いだろ。

 なんかちょっとボケないといけない雰囲気作っちゃたんだから。


「ごめんって、悪かった。ほら、あの人だよ」


 細腕でポカポカ殴ってくるウェンティから身を守りながら、いよいよ本題に入る。


「むぅ! あの人って、誰ですのよ!」

「カティヤさん」


 ここまで焦らしておいて名前を言わないのは可哀想なので、最後にはちゃんと教えてあげる。


「あーカティヤさん、ですの」


 ウェンティは口元に手を当てて微妙な表情になった。


「うーん、正直どんなにステキな贈り物を用意してもあの子だと受け取って貰えない可能性が、ありますわよ?」

「やっぱ、そこからかぁ」


 やはり今回のミッションにおいては贈り物うんぬんよりも受け取ってもらえるかが問題になってきた。

 ウェンティにオキツグも同じこと言ってやがる。

 やっぱり腫れ物女神カティヤさんのイメージは大体一緒か。


 がさつで乱暴で、裏ではお酒飲んで薬物乱用。

 援助交際にタバコに放火。

 気に入らない奴ならマフィアでもぶっ潰す。


 最近は目があっただけでメリケンサックで顔面の形を変えられるも追加されたか。


 もはや噂の度合いがなんでもありな感じになってきている。


「頼む、ウェンティ。なんか受け取ってもらえそうな物ないかな?」

「うーむ……ごめんなさい、思いつきませんわね」

「そっ、か……」


 脱力して息をこぼす様に呟くウェンティ。

 まさか彼女でも何も思いつかないなんて。

 これは詰んでる可能性が出てきたなぁ。


 やはり現人類がカティヤさんに贈り物をするのは不可能な事なのか。


 俺は最後の頼みの元へと向かうことにした。

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