第94話 首巻が嬉しかった

 


 俺はもんもんとした気持ちで神秘魔術式文法の授業を受けていた。


 レトレシア創立600年を記念して、魔力属性式魔術を神秘属性式魔術に改められたことに加えて、今年から子犬生必修科目となった授業だ。


 ーーカリカリカリカリ


 神秘属性の魔術式の傾向からその特性を発見し、新たな魔法法則を導き出したりする新しい学問領域ーーという名目だが今のところ新しい魔法を詠唱して練習して、授業中に「現象」を起こすことくらいしかしていない。

 実践を重視する魔術師なので呪文さえ習えれば別にいいんだけどね、俺は。

 それが使えるかどうかは別として。


 ーーカリカリカリカリ


「なぉ」


 隣に座る生徒に声をかける。


「なんですか」


 少女は「またか」とでも言いたげなうんざりした顔をしてこちらを見返してくる。

 そんな顔しなくたっていいのにな。


「今日はサムラとツヅミじいさんいないのか?」

「見ればわかるでしょ。今日は休み」


 少女はそう言って「この馬鹿には付き合ってられない」と顔を振りながら、再び机に向かった。


 このイヤーな感じの少女の名前はオクハラ・ヒナノ。


 レトレシア魔術大学ではイストジパングの御一行で知られている勇者ミヤモト・サムラの付き人だ。

 普段は彼女ともう一人ーーツヅミじいさんという老人の侍と一緒にサムラと一緒にいる事が多い。


 オクハラの頭を眺めて再思考する。

 うん、こいつの頭……ポニーテールというか……やっぱ総髪という言葉が正しいだろう。

 なんか、こう、まとめ方からしてがさつなのだ。

 コイツはたぶん串って言葉を知らないタイプの女子だな。

 見るからに女子力が低いもん。

 きっと私生活でも部屋の片付けが出来ないに違いない。

 可哀想な子だ。


「なんか失礼な事考えてます?」

「いや、まさか」


 オクハラは鋭い視線を遠慮なくぶっ刺してくる。

 剣の腕も恐ろしく達者なのに、視線までこうも鋭いとは。

 この子の体は刃で出来てるのかな。


「なぁ」

「はぁーうざったい」

「そんな露骨に嫌がるなよ。傷つくだろ」


 頬杖をつきながらオクハラを眺める。


「なんで、今日2人は休みなんだよ」

「あなたには関係ないでしょ」

「いいじゃん、ちょっとくらい教えてよ」

「ダメです、というか嫌です」

「なんでだよ。機密事項なのか?」

「それでいいですよ。機密事項」

「なぁ」

「チッ、あんまりしつこいと斬り飛ばすしますよ」


 オクハラが腰に差した刀をチラつかせてくる。

 指で刀の柄をいじり「いつでも抜けますよ?」と言外に視覚で脅してくる。


「あ、前から思ってたんだけどさ、その刀いいよなー。いや実は俺も刀が欲しいと思っててさ」

「あぁ! もううざったい!」


 無造作にオクハラの刀に手を伸ばした。


 俺はかつてミヤモト・サムラの頭上から飛び降りてびっくりさせようとした時のことを思い出す。

 落下に合わせて思いっきり居合切りされた時に、刀の刃が見えたのだ。あの時だ。彼らイストジパングの奴らが美しい刃を持ってる事を知ったのは。


 あの時見えたその美しい切っ先、刃紋、反りのある刀身。

 俺も剣をそれなりに振っているので良い剣というのがわかる。

 オクハラの持つそれは間違いなく超一流の剣。


 俺も刀欲しいんだよなぁ。カッコいいなぁ。


「なぁその刀って売ってくれたりとかしない? 言い値で買うよ」


 特になんも期待せず話題の種として話を振る。

 いくら提示されても、俺は町中の悪党をぶっ倒して資金を集めるくらいの覚悟はあるぜ。


「売るわけないでしょ。寝言は寝て言え破廉恥漢」

「うっ、その破廉恥漢ってあだ名やめない?」


 オクハラは侮蔑を含んだ視線。


「ふん」

「はぁ……ダメ、か」


 なんとなく彼女が何のことを言っているのかはわかる。

 この前の婦女暴行ーーではなく婦女ブラッシング事件のせいでオクハラの俺に対する態度は一層悪くなった。

 たぶん、この破廉恥漢という極めて心外なあだ名もそのときの事を言っているんだろう。


 まぁその前にも絞め技かけられて腕を脱臼させられたり、手首骨折させられたり色々されてるが。精神的にはやはり破廉恥漢が一番効く。


 ーーカリカリカリカリ


 静かになったオクハラの横顔を眺める。


「なぁ」

「あぁー! うざい!」


 ついに少女の怒りが爆発した。

 瞬間、オクハラは膝立ちになって躊躇なく居合斬りをかましてくる。

 俺はゆっくりと刀の振られる軌道上に手を持っていきーー。


 ーーッ


「チッ、忌々しい破廉恥漢」

「なぁやめようぜ破廉恥漢は。マジで」


 指先白刃どり。

 オクハラの横合いからの居合斬りを親指と、薬指、中指の3本でキツネで受け止めた。

 殺す気のない剣なんてこれで十分止められる。


「お、流石アーカム!」

「またやってんな!」

「あぁヒナノちゃんが刀持ってる姿可愛いなぁ~」


 オクハラが抜刀したことによって教室のあちこちらが騒がしくなりはじめた。

 普通なら授業中に刀が抜かれているというのに呑気なものだと驚愕するところだろう。

 だが、まぁ毎回のように一授業一抜刀を繰り返されたら、慣れざる終えない。


「オクハラさん、刀を納めて席に着かないとダメですよー!」


 ツクナ先生はどこか気の抜けた様子で緊張感のない注意をする。

 彼女もきっとこの光景になれてしまっているんだろう。


「は、はい」


 コムラサキ先生の怖くない睨みを受けてオクハラは渋々といった感じで刀を鞘に納めた。


「ほら、怒られた」


 俺は白刃どりした指の形をそのままに「コンコン」とキツネの真似をしてオクハラのストレスゲージに油を注いでいく。


「くぅう! このぉ! ぐぬぅぅぅう!」


 俺のキツネちゃんに突かれ、額に青筋を浮かべながら席に着くオクハラ・ヒナノ10歳。


「なぁオクハラ」

「話しかけるな。次喋ったら殺す」


 すぐ刀に手が伸びそうになるオクハラに頬杖をつきながら、先ほどのキツネを使って話しかける。


「なぁオクハラ」

「くぅああ! なんですか!?」


 キツネがはたき落とされた。

 オクハラは今すぐにでも本気で斬りかかってきそうな程に顔が真っ赤だ。

 ちょっとやりすぎたかな。


「餞別の日って知ってるのか?」

「……は?」

「知らないの?」

「……知ってます。何を言いだすかと思えば、はぁ~……それって女性が男性に贈り物するっていう日ですよね。もちろん余裕で知ってますよ、そんなこと。馬鹿にしてるんですか?」

「逆な。男性から女性」

「ぁ、あれ?」


 勝ち誇った表情した少女の顔が一気に借りてきた子猫に変わった。

 頬を染めてどことなく恥ずかしそうに視線を泳がせている。

 いじってやりたいけど可哀想だからやめてやろう。


「別に餞別の日自体はどうでもいいんだ」

「そ、そうですか。こほん。で、それが?」

「ただちょっとな。黒髪仲間としてお前に聞きたいんだけどさ」

「不愉快極まりない枠組みで仲間意識持たないでください。というか余計なセリフ付け足してないで、さっさと用件を言いなさいよ」


 オクハラがもっともな意見を言っているな。

 そうだな、思えばたしかに余計な言葉が多過ぎた。

 では、本題に入らせていただこう。


「オクハラみたいながさつーー、じゃなくてオクハラみたいな女子はどんなもん贈られたら嬉しいんだ?」

「はぁ」


 オクハラは目尻を指でマッサージしながら、右目だけ薄く開けてこちらの顔を見据えてくる。


「色恋沙汰ですか」

「いや、まぁ、そうなる、かも……?」

「私に助言できる事なんて無いです。他を当たってください」


 オクハラは手をひらひら振りながら俺から視線を外し黒板に向き直った。

 さも「もう話すことはない」とでも言いたげだ。


「そう言わずにさ、な? ほらサムラから贈られて嬉しかった物とかあるだろ?」

「なっ! サムラ様は関係無いだろう? 何を言っているんだこの破廉恥漢スケベ人間のクズドレアは」

「うぅクズドレア……」


 頭痛がする。

 頼むから広まるんじゃねえぞ、クズドレア。


「で、でも、なんか貰ったことくらいあるだろ?」

「贈り物など貰ったこと……あ」

「なんだ、なんかあったのか?」


 オクハラは一瞬硬直したかと思うと、こちらへ顔を向けて来た。


「首巻き……なんかは貰った事がある。あれは、結構、その、うれ、嬉しかった、かも」


 語尾がだんだん小さくなりながらオクハラは俯いていく。


「首巻き、か」


 つまりマフラーだな?

 マフラー、マフラー。

 そうか、マフラーかぁ。


「なるほど。これは良いかもしれない。ありがとな、オクハラ」


 グッドなアイディアを提供してくれたオクハラの肩を軽く叩く。


「っ、触るな、クズドレア。クズが移る」

「ねぇ、頼むからそれやめよ?」


 本当に広まるなよ? クズドレア。

 おぞましいあだ名が広まる可能性に戦慄しながら、震えて手を離す。


 さてと、残り3分。

 そろそろまじめに授業を受けようか。


 ー


 数日後。


 魔術言語学の授業

 学期末テストの返却が行われ、教室のあちこちから悲鳴が聞こえてくる時間。


「あんた何位だった?」


 俺の隣の席に座るカティヤさんがさも興味なさげに聞いてきた。

 このタイミングで順位を聞いてくるのは間違いなくテスト結果のことを聞いているんだろう。


「はっ1位ですけど。当然だろう? このアルドレア様ーー」


 ーーパシッ


 愉悦に浸った演説は平手打ちによって秒速でキャンセル。


「くっ、お前は今日も手が早いし、速いな」

「ふん」


 きっと腫れているであろう頬を押さえながら涙目で女神を拝む。

 カティヤさんは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「お前、そんなにすぐ人のこと殴ってたらーー」


 ーーパシッ


「うにゅぅ!?」


 喋っている途中に叩かれ盛大に舌を噛む。


「ぅ、うぐぐ!」

「ふん」


 両頬押さえて女神をにらみ付ける。

 この手の早さがいけないのだ。


 威力も馬鹿にならない。

 俺以外の人類だったら一瞬で死んでてもおかしくないレベルの攻撃だ。


 カティヤさん、俺のこと魔物かなんかと勘違いしてません?

 よくそんな思いっきり叩けますね。


 何か言い返したらどうせやり返されるのはわかっている。

 以前に一度だけ、悪戯でカティヤさんの平らな胸にジャブ打ち込んだ事があったが、あの時は酷い目にあった。

 天井を見つめて遠い目をしながら感傷に浸る。


「お前、そんなんだといつか誰も相手にしてくれなくなるぜ?」


 視線をカティヤさんに戻しながらさりげなく注意しておく。


「知らない、そんなの」

「はぁ」


 出ましたよ。

 カティヤさんの聞く耳もたないモード。

 このモードはカティヤさんが頑固者である証であり、文字通り俺の話なんかには聞く耳を持たない。


 一体どんな家庭環境で育てばこんな社会に馴染めない子が育つんだよ。

 カティヤさんが吸血鬼だからってこれは歪みすぎだ。

 親は教育放棄でもしたんかな。


「……そんなだと餞別の日に誰からも贈り物貰えなくなっちゃうぞ」

「はっ、元から誰も贈り物なんてくれないでしょ。誰もあたしに それとも何、あんたがくれるっての?」


 カティヤさんは見下ろすように鋭い視線を向けてくる。

 本当に嫌な言い方だ。

 こんなんであげるなんて言えるわけ無いだろが。


「頭沸いてんのか。誰がお前に贈り物なんてするかよ」

 吐き捨てるように言って教室を出る。


「……でしょうね」


 背後で静かにつぶやかれる声。


「はぁ」


 大きなため息がたまらず漏れ出した。


 俺、何してんだろ。


 ー


 7月27日。


 早朝。

 普段よりも早起きして迷いペットたちにご飯をあげ、ポチをもふってから鍛錬に打ち込む。


 本日は少し早めにメニューをこなしていく。

 そして一通り朝練が終わったところで、タオルで汗を拭いて縁側に腰掛ける。


「さて、終わらせるか」


 俺が早めに鍛錬を切り上げた理由は毛糸と向き合うためだ。


「わぉ」

「ポチ、今は構ってやれない。集中してんだ」


 汗が染み込んでずっしり重くなったタオルを首にかけながら、この1週間空いた時間を見つけては制作に打ち込んできた一枚の布を完成させるべくラストスパートをかける。


 そうして小一時間、おすわりしたポチに見つめられながら縁側で指先を動かし続けた。


「出来た……出来たぞ!」

「わぉわぉ」


 時間いっぱいかけて作った自信作を掲げる。


「よし!」

「わぉ」


 毛糸をふんだんに使った手編みの一品。

 オクハラの経験からくる有益なアイディアを頂いた結果、カティヤさんへの贈り物はマフラーとなった。

 しかし、夢中になって編み続けたせいか少々ーー。


「いや、だいぶ、かなり長いなこれ……」


 どこまでも続くかと思われるほど凄まじいリーチを誇る布を無心に見つめる。


 おかしい。

 こんな長くする予定ではなかったのに。

 どうしてだ、どうしてこうなった。

 マフラーの適当な長さを知らなかったので、クレアさん適当な長さになるよう材料を貰って作っただずなのに。


「んぅ、まぁ長い分には問題ない、かな」


 全長3メートル近くありそうなマフラーを眺めながら男のワイルド発想でポジティブに考える。


「わぉわぉ!」

「ありがとな、ポチ。お前はずっと見守ってくれてたもんな」


 マフラーを畳んでポチの頭を撫でる。


「それじゃ、ちょっとクレアさんに評価もらってくる」


 事務所の扉を開けて、クレアさんの部屋にお邪魔する。


「おはようございます、クレアさん。マフラー完成しました」


 そう言って手に持ったマフラーを広げた。


「おやまぁ、これはまたずいぶん大きなマフラーを作ったね。庭のオオカミ用かい?」


 クレアさん、容赦なく俺の心を傷つけてくるな。


「クレアさん、人用ですよ。ほら長さばかり見てないで、編み込みを見てください」


 マフラーをずいっと老婆の目の前に突き出す。

 見た目ばかりに囚われないでほしい。

 大事なのは実用性だ。

 長い分にはどこまでと巻けるんだからいいじゃないか。


「ふむふむ、これは上出来じゃないか。はっは、ぼうやの情熱と愛がしっかり込められてるのがわかるね」


 クレアさんは愉快そうに笑いながら頷いた。


「そうですか! 良かったです!」


 クレアさんのお墨付きをもらって、マフラー自体の品質の問題はないと一安心。

 お礼を言って事務所を後にした。


「ん? 帰ったか」


 庭に戻るとポチの姿はもうなかった。

 最後にもうひとモフりしたかったがいないのなら仕方ない。


 俺は部屋に戻って、マフラーをあらかじめ買ってきていた箱に丁寧に畳んでしまった。

 最後に市場で買ってきた綺麗な梱包紙に包んでリボンを付ければ完成だ。


「よし! 次は」


 贈り物は完成した。

 あとはどうやって受け取ってもらうかだ。


 まぁ実はもう案は考えてあったりする。

 カティヤさんでも絶対に受け取ってもらえる取って置きの秘策がね。


 ーーチャリッ


 俺は膨大な金貨の入った金貨袋を棚から取り出した。


「さて、始めようか」


 誰もいない空間にカメラがある事を意識して話しかける。

 そして、ずっしりと重い金貨袋を懐に突っ込み部屋を飛び出した。


 金に物を言わせた成金の遊戯。


「真夏のサンタクロース作戦」始動だ。

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