第91話 自己満足のために

 

 太陽の光が眩しい青空を突風に乗って舞い踊る。

 真上に見えるあの陽光に手が届きそうなほど打ち上げられ、数秒の体の浮遊を感じた後に、しっかりと俺の体は物理法則に従って降下を始めた。



 俺の記憶が正しければ人間が落下する際の最高速度は時速200キロ前後。

 重力加速度と空気抵抗が拮抗して速度の上昇が止まるんだったか。

 俺が持つ質量が重くなればそれだけ重力の影響を受けやすくなる。つまり鎧圧を纏っていては俺の落下速度は増すばかりだ。


 高校生の頃の物理の授業を思い出しながら、全身を包む鎧圧を全カットする。

 これで時速200キロだ。


 ミルクちゃんの草原を駆け抜ける速度は、距離と時間から考えても時速200キロをなど優に超えていなければおかしい。

 つまり落下時の速度はなんの問題もない。


「折れるなよ! 頼むから!」


 着地して体が無事かはわからない。

 なんせこんな地上数千メートルから自由落下した経験なんてないのだから。

 これはまたしてもハイレベルな挑戦になってしまうな。


 動揺する自分を律して着地姿勢を考える。


 はてさてどんな着地が理想的か、これまた物理の授業に助けを求めたいところ。


 異世界に来てから銃に撃たれたり、パラシュート無しスカイダイビングさせられたり、前世では経験できなかったデンジャラスなアクティビティが盛りだくさんだな。


 まったく本当、勘弁してほしいところなのに。

 悪態をつきながら直前に迫ったその時を待つ。


 着地の直前に鎧圧を全開で体を守る。

 最悪の場合に備えて後頭部だけは守っておく。


 着地のビジョンが浮かんだ数秒後。

 時はやって来た。


 頼む。


 ーードガァアッッ!


 大質量爆弾の爆発のごとき轟音。

 地面が豪快に吹き飛ぶ様は主観でなければ面白くみれたかもしれない。


「ぅ、ん、うん、助かった……な」


 俺、生きてたよ、エヴァ、アディ。


 自分の身体能力の高さに自惚れながらあたりを見渡してみる。

 見た感じ自分がクレーターの中心にいる事しかわからない。あと地面が数メートルはえぐれてるだろうか。


 クレーターから出る。


 近くの木々は衝撃波で根こそぎ吹き飛んでしまっていて、不気味に立ち込めていた森の霧も晴れている。

 衝撃波で全部どこかに吹き飛ばしてしまったのか。


「ぁ、これは、やばいな」


 俺は何気なしに視線を向けた先の光景を見て、驚愕し開いた口が塞がらなくなった。

 もしかしたら森の霧が晴れたのは俺の落下の衝撃ではなかったかもしれない。


 目の前の光景が俺にそう考えさせていた。

 大きく削られた大地は真っ黒に焦げ、溶解した地面は赤々と光り、未だに熱が抜けていていない。

 見える範囲の木々はほとんどが炭になってしまっており、先ほどの攻撃の熱威力に舌を巻くしか俺にはできなかった。


「軍人レベルの大量破壊だ」


 見覚えのある光景に自然と、かつてエレアラント森林で戦った軍人の姿を思い出す。

 ただ、軍人の圧倒的に熱量をぶちまけたような攻撃に比べて、ヒトガタの破壊光線はいくらか洗練されている。


 どこまで続いているかわからない程、破壊光線による直線の森林破壊は果てしなく長いからだ。


 数キロ、あるいは数十キロ。

 いや、もしかしたらもっと遥か遠くまで届いているかもしれない。


 これは非常にまずい。

 下手したらバンザイデスくらいの距離なら「破壊光線」の射程に入ってしまうかもしれない。

 幸いにも今しがたの「破壊光線」の延長線上にバンザイデスはなかったので平気だとは思うが。ドレッディナの外側への被害が懸念される。


 とにかく破壊光線は撃たせていけない。


「クッソ」


 遥かに続く直線の破壊跡をたどってヒトガタの元へ戻る。


 ー


「ロォォ……ォ、オ、ォ……」


 いた。


「先生!」

「アーカム、無事だったか」



 アヴォンが逆手に突き刺した長剣をヒトガタから垂直に抜く。

 先ほどの破壊光線を放った2本触手のヒトガタは、人型の両腕、両足を深く根元から切断されており地面にその分厚く平たい体を寝かしていた。


 生気は感じられない。

 すでにトドメが刺してあるようだ。


「すまんな。ほぼアーカムの手柄だったのだがな。危険と判断して私がトドメを刺した」


 アヴォンは黒色の剣についた血糊を斬り払い、地に血の弧が描かれちょっとアートを完成させる。


「いえ、緊急事態でしたので」

「ああ、まったくな」


 アヴォンが緊急事態と考えて飛び出して来たのはわかっているし、手柄とか別にどうでもいいのでとにかくヒトガタが死んでくれて助かった。


「それにしても、驚いたな。まさかヒトガタがこれ程までに急激な進化をするとは」


 アヴォンは剣を刃を見て刃こぼれなどが無いかチェックしながら言った。


「本当ですよ。ほとんど狩猟マニュアル役に立たなかったですよ」

「ああ。ヒトガタ狩猟マニュアルは見直す必要がある。それにこれほど短時間で進化する個体は珍しい。久しぶり協会本部へ行く口実が出来た」


 アヴォンは口元を歪めながら剣を鞘に収めると、こちらへ歩み寄って来た。


「よくやった、アーカム。お前は怪物の度重なる進化によく対応して戦えていた。素晴らしい」

「ありがとうございます」


 カルイ刀を鞘に収め、タング・ポルタを棒に戻す。

 そして犬の垂れ耳帽子を取って胸前に持ち、紳士に頭を下げて礼をする。


「さて、それでは……ん?」

「あれ? なんか動いてません?」


 足下で平たくなったいるはんぺん野郎がもぞもぞ動いている。

 こいつ生きてるのか。

 しぶとい奴だ。


「まだ死んでいなかったか」


 アヴォンはメガネの腹を押し上げ、剣を逆手に引き抜くとトドメ刺すべくヒトガタへ近寄った。


 瀕死のヒトガタに近づく最強の狩人。

 あとはただあの剣をヒトガタに突き立てるだけでいい。

 それなのに何故か胸騒ぎがする。

 吹けば飛ぶ紙切れ、虫の息に違いないのに俺には今のヒトガタが酷く恐いものに見えて仕方ないのだ。


「なんか、変じゃないですか?」


 不気味に蠢くヒトガタに嫌な予感しかしない。


 野生の動物は死ぬ瞬間まで足掻き続ける。

 どこかで聞いた言葉だ。


 それに、師匠だって言っていた。

 本当の戦いでは、命尽きるその瞬間まで足掻いて、足掻いて足掻き続けることが闘争なんだとーー。


 時間がコマ送りにゆっくりと流れていくのを感じる。

 この感覚、まさかあの時とーー。


「またか」

「ッ!」


 俺の「魔感覚」がヒトガタから破壊光線の時と同じ、膨大な火属性魔力の到来を予報してくる。


 なんだかさっきよりも大規模な攻撃になりそうな予感する。

 死に際の全てを振り絞った攻撃ということだろうか。


 目の前のアヴォンはポケットに手を突っ込みながら回避しており安全圏への離脱を済ましている。


 破壊光線の規模を考えれば大きく距離を開ける必要があるのだから当然だろう。


 それにこの破壊光線はまだまだ見ている回数が少ない。

 どれくらいの規模で放てるのか、どれくらいの回避が適切かなどわからない情報が多いのだ。

 ゆえに余分に避けることが望ましい。


 俺もローリング回避するべく足に力を込める。


「ロォォオオオオ!」

「ぁ」


 だが、その瞬間、ふと思い出した。

 俺の背後には守るべき存在がある事を。

 バンザイデスの町がある事を。


「う、そ、だろ」


 破壊光線を避ける事は可能だ。

 さっきだった初見で見切る事は出来た。

 今から回避すれば十分に間に合う。


「ロォォオオ!」


 ゆっくり流れていくスローモーションな時の中で俺は考える。


 でも、バンザイデスは避けられねぇだろ、と。


 額に嫌な汗が滲み出す。


 あぁ馬鹿なこと考えてるぞ俺。


「ロオオオ!」


 俺は回避するために足に込めていた力を抜き代わりにどっしりとその場に構えた。


「ッ! 何をしている!」


 空気の流れすら捉えられるような鈍重な視界の隅で兄弟子の姿を捉える。

 俺が何をしているのか理解できない、という顔で驚愕しているようだ。


 当然の反応だな。

 だけど、あんたがそんな反応するなんてちょっと意外だった。

 それにちょっと嬉しい。

 俺のために声を張り上げてくれる事が。


 俺はそんな心配性な兄弟子にウィンク。


「ッ!」


 レザーコートを翻し、腰の杖に手を伸ばす。

 ここ数ヶ月何万回も繰り返した早抜きの動作。

 体に刻まれた動きに従って俺はラビッテの杖を引き抜こうとしーーその瞬間手が止まった。


 そして極小時間迷って、すぐさま指かける杖をもう1本へ切り替えた。


 やってやろう。

 これが人生最後かもしれないんだ。

 さらさら死ぬ気なんてないが、これから俺がやろうとしているのは間違いなく自殺行為になる。


 そんな大勝負に出し惜しみするなんてイケてない。

 どうせならやるなら全力投球だ。

 頼むぞ、シヴァの抜け毛!


「ロォォォォオオオオ!」

「うおおおおおお!」


 腰から白く輝くエングレーブの掘られた骨製の杖「哀れなる呪恐猿ReBorN」を引き抜き、思いっきり振りかぶる。


 自分の内側へ意識を向けて、貯水タンクに直接取り抜けられた蛇口を思っ切り捻る。


 これで破壊光線を相殺できるかなんて保証はどこにもない。

 もしかしたらあっけなく消し炭にされて死ぬかも知れない。

 だが、俺がやらなければバンザイデスの人たちは「かもしれない」じゃなく、確実に死んでしまう。


 多大な被害が出る。

 それを知ってしまったから、見てしまったからには見過ごす事は出来ないんだ。


 クッソ、視界に入って来やがって。

 あのじゃじゃ馬吸血鬼の時と一緒だ!

 俺は後々気分が悪くならないように、自己満足で俺の命をここ一番にBetしてしまう。


 あぁなんて損な役回りなんだろうか。


「ロォォオオオオオオーー」

「うぉああああーー」


 雄叫びをあげながら切り札の魔法を詠唱する。

 本来は詠唱なんて必要ないものではあるが、なんとなく必殺技に名前が無いなんてカッコ悪い。


 掛かったなトラップカードオープンだーー。


「≪激流葬げきりゅうそう≫!」


 ーーギュルルルゥゥウッ


 トリガーの詠唱と共に杖先から莫大な純粋魔力が源泉の如く溢れ出し、津波のように押し寄せてくる。


 溢れ出した魔力は螺旋を描いてドリルのように回りながら、大蛇を連想される動きで蛇行して決して言うことを聞いてくれない。


 ーーグウォォォオ


 海の潮の流れを指先ひとつで操れと言われているかのように困難な力のコントロールを強いられる。

 暴れる途方も無い圧倒的な魔力量にかろうじで指向性を与えて、正面に全てを放出。


 ーーグウゥゥウォォォォオオオオ


「ーーーー」

「くっそぉ! やっべぇ!」


 爆発する魔力の奔流の手綱をギリギリで握る。

 あたり一帯は青色や紫色などの純粋魔力の特徴的な寒色の煌めく輝きに支配され、場を場なら見惚れてしまう美しさを持っていた。


 まさに大荒れる大海のごとき魔力の激流だ。


 あぁやっぱ≪激流葬げきりゅうそう≫で合ってたな。

 なかなかバッチリイメージ通りの魔法だ。


 眼前に広がる圧倒的にエネルギー量に吹き飛ばされないように踏ん張りながら、杖を真っ直ぐに向け続ける。


「ぁ……やっ……き……ッ!」


 次第に体から力が抜けて来て、意識が曖昧になって来た。

 やはりこの後は気絶なのだろうか。

 アヴォンはどこかへ運んではくれるだろうか。


「ぅ、ぁあぁあぁぁあああ!」


 ここで倒れてたまるものかと雄叫びを上げて職務放棄したがる体を叱責する。


 まだだ、まだなんだ、ここでは終われない。

 もう視界いっぱいに広がる煌びやかな青色で何も見えないし、魔力の流れる音がうるさ過ぎて音も何も聞こえない。

 一帯の魔力濃度が濃すぎで魔感覚も馬鹿になってしまっている。


 破壊光線を押し返せたのかだってわからない。


 現在進行形で目の前にいたはずのヒトガタが、破壊光線放ち続けてきているのかすらわからない。


 ただもし、まだ俺とはんぺん野郎の攻撃が拮抗しているのなら、ここで倒れてしまっては余りにも惜しい。


 もしダメだったとしても、俺の全てをぶつけてからにしたい。


 だから、あと、少し、あ、と……少し、だ、け……ーー。


「ぁ……ーー」


 限界は突然やって来た。

 雄叫びを上げることでなんとか持ちこたえていた体が糸が切れた人形のように腑抜けていく。


 上も下もわからなくなって膝から崩れ落ちる。


 あぁ、そうい……ば、純魔力、が、く、ま、り、ょ、く……き、れ……ん、……す、る……レポート、を、つ……って、るん、だ、っ、た……こ……、いい、じっ、た、い、けーー。

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