第90話 予想外の進化

 


 背筋を駆け抜ける鳥肌。

 背中に死神の気配を確実に感じ取る。


 10や20では効かない。

 20メートルのエイの下面全てを覆い尽くすほどの、血走った目玉。


「ひぃん!」


 俺は背後に聞こえた明瞭な輪郭を持つ死の足音に反応して、すぐさま手に握った魔眼殺しを握りつぶした。


「ッ!」

「ロォォォォオオッ!」


 左手から膨大な光量が溢れ出し、頭上の目玉を余すところなく焼き尽くしていく。

 俺も光源に近すぎたため、すぐさま目を瞑ったとはいえ数秒の視界暗転は免れなかった。


「ぁ、クソ!」


 見えない視界にいらだちながら、音と空気の流れから触手の位置を把握して身を大きく振って回避する。


 今のヒトガタのお腹に現れた目玉たちのせいでおおよその位置がバレてしまったのだ。

 触手は正確に命を刈り取るように致命の一撃を叩き込んでくる。


「ぅ、目が!」


 薄っすらと回復してきた視界に安心感を取り戻して、懐から4つ目の魔眼殺しを取り出す。


 再び先ほどのような奇想天外な攻撃をされた際に対応するための保険だ。


 先ほどのお腹に現れた魔眼の量。

 手に魔眼殺しを握っていなかったら俺は一瞬で発狂していた事だろう。


 本当に危ないところだった。

 もしかして戦闘の最中に進化しているのか?

 最悪の予想が脳裏をよぎる。


「オラぁあ!」


 俺は疑念に疑問と不安に戦慄を抱きながら剣を振り回し腹を斬りまくる。


 膨大な魔力によって育ち天然の鎧と化している分厚い皮には、たとえ空気を弾き飛ばすような剣撃であっても表面を撫で斬りにする程度の傷しか与えることが出来ない。


 致命傷に届かない足りない攻撃力。

 もどかしい、自身の攻撃力の低さが恨めしい。


「ッ!」


 ふと、その時、目の前に低空飛行している2本触手のヒトガタがいることに気づいた。

 すぐさま魔眼殺しを2本触手の背中部分に投げ込む。


「ひぃん!」


 そうだったな、ヒトガタは2体いるんだった。

 お腹を斬りまくることに夢中ですっかり忘れていた自分にため息しか出ない。


 そんな事を思いながら俺は閃光に背を向けて走った。


 アブノーマルな事態が続く中、2本触手のヒトガタも現状に適応し始めている。

 こうなったら当初の予定通り、狩猟マニュアルに従って早めに発狂魔眼を全滅させた方がいいかもしれない。


 そう考えて、5個目の魔眼殺しを5本触手のヒトガタの上方向へぶん投げた。


「ひぃん!」

「行ってこい!」


「ロォォ!!」


 魔眼殺しを投じた瞬間、またしても5本触手のヒトガタは高速で反転した。


「この野郎! ちょこまかと!」


 凄まじい閃光があっちゃこっちゃで炸裂しまっている中、目元をおさえて跳躍する。

 魔眼の視界面から逃れつつ腹部を上へ向けた5本触手のヒトガタへ飛び乗った。


 こちらの視界は未だ回復しない。


 5本触手の上に乗っかった事で、足裏の感触からこちらの位置を正確に把握した触手攻撃が繰り出されてくる。

 皮膚感覚の鋭い奴だ。


 閃光のせいで効かない視界を放棄して、気配で触手を避けながら足元のヒトガタを撫で斬りにしていく。


「ロォォ!」

「そろそろ落ちろよ」


 視界が戻ってくると同時に迫ってきていた触手を斬りとばす。

 触手は蛇口からすっぽ抜けたホースのように、血を吹き出しながらのたうち回り、次第に生気を失ってぐったりとした。


「お? おぉ!」


 すると俺の乗っていた5本触手のヒトガタがゆっくりと高度を下げ始めた。


 俺は残った5本触手のヒトガタの2本の触手を冷静にぶった斬りながらも、ついに落ちてくれるヒトガタに喜びを隠せない。


 よし、やったぞ。

 俺はひとりで怪物を討伐したんだ!

 あとこいつが地面に落ちれば、体が樹海に染み込んでいって5ヶ月は眠りつくはずーー。


「ロォォオオオ!」

「そうかまだお前が生きてたな」


 魔眼を全て潰したはずの2本触手のヒトガタが目の前に現れる。


「ん?」

「ロォォオ!」


 こちらに攻撃を仕掛けてくるかと思われたが、2本触手のヒトガタは目の前で触手をがむしゃらに振り回しているだけで、俺への直接攻撃はして来ない。

 目が見えていないのだから当然か。


 ただ、がむしゃらに触手を振り回すヒトガタを哀れに思いながら、俺は足元のエイサーフィンに剣を突き立てる。


「ほらお前もすぐに土に還してやるから、そこで待ってろよ」

「ロォォォオ!」


 目の前で暴れるヒトガタに、「こうして見ると若干愛嬌があるな」と豪胆な事を思いつつ俺のサーフィンするヒトガタが落ちるのをただ待つ。


「ロォ、ォォ……ォ、オ」


 ーードサァァ


 そしてついに5本触手のヒトガタが地に落ちた。


 ここでガッツポーズでもしてやろうかと思ったが、多分そんなことしたらアヴォンに怒られると思いすぐさま考え直す。


「さて、次はおま……え?」


 俺は次なる獲物を仕留めようと2本触手のヒトガタへ向き直る。


 魔眼は腹面も背面も潰してあるし、触手も、たった2本、瘴気に対する薬もあるし楽勝。

 翼のもげた鳥のごとく、魔眼の使えないヒトガタなんて脅威でも何でもない。

 そう思って見上げたのだがーー少し見通しが甘かった。


「ひぃん!」


 俺はすぐさま最期の魔眼殺しを取り出して握りつぶした。


「うぁぁあ!」

「ロォォォォオ!」


 本日7度目の高級魔道具の濫用によって再度ドレッディナに、えげつない光が充満する。


 俺が魔眼殺しを使った理由は単純だ。

 そこに魔眼があったから。


 もう全て潰したと思っていた2本触手のヒトガタに魔眼がポツポツと生まれて来ていたのだ。


 真っ白のヒトガタのお腹にニキビのように生えてきていた充血した発狂魔眼は、鳥肌ものでありホラーすぎであり、とにかく生理的に無理すぎる要素を詰め込み過ぎていた。


「この野郎ォオ! マニュアルに無い事ばっかやりやがってェエ!」


 俺はもう我慢の限界だった。

 堪忍袋の尾が切れる音が耳元で聞こえた。


 光が収まり、俺はカルイ刀も抜いて「双天一流そうてんいちりゅう」のスタイルを取って空飛ぶヒトガタに飛び乗る。


 もう片手を空けておく必要はない。

 魔眼殺しは全て使ってしまったのだから。

 俺に出来るのは斬ることのみ!


「ロォオ!」

「させるかァア!」


 背中を双剣で乱舞しながら、高速剣撃を放ちまくる。

 しかし、飛び乗った背中には再びポツポツと、まるでニキビが早送りかつリアルタイムで出来上がっていくように生えてくるように、魔眼が白い背中から出てきていた。


 もう魔眼殺しは無い。

 よって俺は全ての発狂魔眼をぶった斬って物理的に失明させてやる方法を選ぶしかなかった。


 幸いにも発狂魔眼が生えくる際に、ヒトガタの背中がもごもごと蠢くので、その蠢きを逃さずに剣を突き立てたり、撫でてやれば発狂魔眼の発生を未然に防ぐことは容易だ。


「オラ! オラ、ぶっ殺す!」

「ロォオ、ロォォォ、ロォロォ!」


 ヒトガタの2本触手も斬り飛ばし、すっぽ抜けた蛇口のホース状態にしてやる。背中も目が生えてくる隙間がないほどにズタズタに斬り裂きまくった。


「はぁ、はぁ、はぁ……どうだっ! まだ、生えてくるか!?」


 次々と予定外の進化をしてくるヒトガタに、俺はブチ切れながら俺は八つ当たり気味に剣を思いっきり突き立てる。


「ロォォォオ!」

「この野ッ! おわぁ!?」


 俺の突き立てた剣が痛かったのか、ヒトガタはぐるぐると反転を繰り返して俺のことを振り落としに掛かってきた。


「うぅう!」

「ロォォォォオオオ!」


 カルイ刀と長剣を両方を深く突き立て、森を薙ぎ払いながら豪快に回転するヒトガタから振り落とされないように踏ん張る。剣圧を全開だ。


「ぐぅう! ぁぁああ!」

「ロォォォオオ!」


 ーーパキンッ


 突如として嫌な音がした。


「……ふぇ?」


 気がついた時俺の体はヒトガタから遠ざかっていた。

 あまりの回転力にカルイ刀はすっぽ抜けてい、長剣は半ばでへし折れてしまったいたのだ。


 ーーバギギギギィイギィイッ


「ぐぅはぁぁあッ!」


 強烈な遠心力の応酬。

 遥か遠くまで、木々をへし折りながらぶっ飛ばされる。


「ぁ、ぅ、あの、野郎……」


 巨木に体をめり込ませて俺の体は静止した。

 尋常じゃない衝撃に内蔵にダメージが入ったのか口から大量に吐血する。衝撃操作を使い、ある程度鎧圧に衝撃を逃したのにこのダメージだ。


 もう内側も外側も血まみれ。

 血、血、血の味しかしない。


 折れた長剣を投げ捨てながら袖からタング・ポルタを取り出して変形させる。


 剣知覚でヒトガタが捕捉できない事を確認して、自分が相当遠くに飛ばされたのだと知った。


「まぉ、焦る必要はないか。ゆっくり休憩でもしていったって怒られないだろ」


 そんな事を言いながら自分が飛んできた事によってもたらされた森の破壊跡を遡って、先ほどの戦場へ戻るべく歩き出した。


「いた」


 200メートル先にボロボロのヒトガタを見つけて剣を握る手に力を入れる。


「そろそろ決着つけようぜ!」

「ロォォォォオオオ!」


 決め台詞を吐きながら跳躍で距離を詰めてやろう。

 しかし、俺は思いとどまった。

 ヒトガタがポッカリ空いた口をこちら向けて来ていたからだ。


「ロォォォ……」


 低くうなるヒトガタ。


「ぁ、なんかこの感じーー」


 嫌な予感がする。

 刹那の瞬間に俺はそう思い、横っ跳びに大きく回避した。


 遅れてやってくる魔感覚が知らせるのは膨大な火属性魔力。

 そしてそれが通り抜けるであろう射線だ。


 ーージュァァァァァアアアッ


 眩しい光。顔を焼かん莫大な熱風。

 俺の1秒前に立っていた土が一瞬で蒸発した。


「ロォォオオオオ!」

「うぁあああ!」


 飛び退いた直後、先ほど俺が吹っ飛ばされた事で出来上がった真っ直ぐな森の破壊跡は、さらなる破壊によって上書きされた。


 果てしない熱エネルギーの暴風によってあたり一帯の空気の温度は急激に上昇し気流が発生。

 鎧なければ焼かれてだろう熱風と、昇りゆく風の塊に攫われて空高く打ち上げられる。


「うぁああああ!」


 遠くにバンザイデスの町が見える。

 俺はいったいどれだけの高度に来たんだ?


 澄み渡る大天空が視界にいっぱいに広がり、自然の壮大さをTPOを弁えずに感じさせられる。


 うわぁ、綺麗だ。


「って、そんな場合じゃねぇ!」


 あのヒトガタめ。

 とんでもない衝撃波を伴った灼熱の熱線ーー「破壊光線」を放ちやがった。


「だから、俺の聞いてねぇ進化するなよぉオ!」


 もうすぐお昼かと思われる太陽に照らされて、俺は青空を猛スピードで落下しながら、ヒトガタに悪態をつく。


 地上に降りたら速攻で土に返してやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る