第53話 暗闇で光る瞳
ーートコットコットコットコッ
「はッ! ふッ! らッ! オラッ!」
「ぐはぁ!」
「うへぇあ!」
「アぁぁ……」
「スヤぁぁ……」
ーートコットコットコットコッ
「せい! たぁ! ツェイ! ハッ!」
「やめッエぇぇ……」
「よせぇぇ……」
「効かねえぇ……」
「らめぇ……」
ーートコットコットコットコッ
「なにッ!?」
「はやいッ!?」
「こいつできるッ!?
「やったか……?」
『よせぇぇえ!』
迫り来る数々の黒服たちを打ち倒し地下深くまで下りてきた。
「すごい警備だな」
地上の扉から、ここまでおよそ30秒くらいの間休まず魔法を放ち、時に棒で殴っては魔法を放って戦い続けた。
子供の気配のする、目的の場所まであと一歩という所か。
特に汗はかいていないがなんとなしに額を拭うモーションしながら剣知覚を発動する。
「……」
やはりこの先に攫われた子供がいる。
だが、同時に……相手方にも剣気圧の気配も感じる。
「こっちに気づいてるか」
ここまでの道のりでざっと30人くらいは倒し続けてきたと思うが、その中に剣気圧をちょっとでも纏っている奴は1人もいなかった。
それなのにここに来て剣気圧の使い手が出てきた。
つまり次の部屋がこの組織の強者たちの守る最後の砦、ボス戦の行われる部屋という訳だ。
「ん? あぁこれは探られてるのか?」
くすぐったい体を舐め回すように調べられているような嫌らしい感覚を覚える。
まるでなっていない。落胆してしまうよ。
こんな剣知覚では知識のあるものにとって剣知覚で気配を調べられているのが丸わかりだ。
こんなカス技を狩人の修行でやったら、師匠に木剣でしばかれるレベルの雑な剣知覚だ。
この技量の低さから、相手の圧の使い手の程度がうかがえる。
仕方がない。
今回は師匠はいないので俺が代わりにこの杖で殴ってやることにしよう。
最後の扉を蹴破る。
「フルァ!」
ーーバゴンッ
扉は微々たる抵抗もせずに開いた。
目の前に3人の人影が相対して立っていることに俺は気づいた。
「≪
「≪
「≪
「っ!?」
扉を勢いよく開けたと同時に、3種類の魔法が3人の魔術者から放たれこちらへ迫ってきている事にようやく気がつく。
奥にいる黒のローブを着た魔術師の使ってきた土属性三式魔術におどろくのも一瞬。
すぐさま迎撃体制を整え非常に短い時間差で放たれた魔法に対処し、活路を直感で探す、探す、探すーー。
魔法はほぼ同時に放たれている。
故に全てを≪
よって魔法の威力を考慮し、レジストする必要があるもの取捨選択、適切に通していいダメージと通してはいけないダメージを分けた。
「ハッ!」
ーーほわっ
火炎弾はダメだ。
術者次第だが、喰らったら致命傷の可能性が高い。
最初に飛んできた火炎弾に対して≪
ーーブウゥゥゥンッ
次におなじみの風きり音で胴体に飛んできた≪
ーーギャンッ
黒服の魔術師には悪いが、この命のやり取りをしてる場面で≪
もっと高威力の魔法を使うべきだったな。
「っと!」
最後に飛んできた≪
この土属性だけは俺の魔法でレジスト出来る確証がない上、圧で耐えるのは不可能だと判断したゆえだ。
「なんだとッ!?」
「ありえねぇ!」
「信じられん……ッ!」
完全に殺せたと思っていた対象が生きていた時、人はあんなにも動揺するんだな、とまたひとつ良い驚き顔が見れたことに満足ーーすくさま反撃開始だ
「ファッ!」
≪
3種類の魔法を凌ぎきった俺は速攻で腕を振りオリジナルスペルを3発、3人の魔術者に撃ち込んだ。
ーーハグルッハグルッハグルッ
この魔法はかつて≪
いくつかの案をサティとゲンゼと共に出し合って、塾考した末に決まった魔法名は≪
「早いなッ!」
「だが付け入る隙はあるのうっ!」
だが俺が3発≪
「しまったッ……」
「ゥオ!」
「ふうッ!?」
ーーごわぁっごわぁっ
黒服の3魔術師のうち≪
今度は門番のようにゆっくり眠ってもらうのではなく一瞬で意識を手放してもらう。
「効果は催眠か!」
「厄介じゃな! 食らったらおしまいじゃて!」
だが残りの黒いローブの魔術師たちは俺の≪
1回のやり取りで俺のオリジナルスペルの魔力属性式魔術の的確なレジスト方法を見出すとは。
この2人の魔術師はかなり場数を踏んでいると見ていいだろう。
「ハイィッ!」
その間に黒服たちから放たれた≪
そうして2,3回魔法のやりとりをすると、完全に黒服2人を一方的に攻める形に持ち込むことができた。
「フアッ! フア!」
≪
心の中で魔法を唱え続ける。
2人の黒服魔術師に魔法をとにかく連射しながら距離を詰めていく。
「くッ!」
「むう!」
炎の壁を発動させて≪
と、そこへーー、
「隙ありッ!」
横合いから躍り出てきた黒い剣士が「縮地」を使って飛び掛ってくるのがわかる。
横薙ぎに放たれた剣撃を、髪の毛を数本持っていかれながらも何とかしゃがんで回避だ。
「はぐ!?」
「隙? そんなもんねぇよ!」
鋭く確実に命を狩り取る、師匠に言わせたら悪くない「居合い斬り」だが、いかんせんこの剣士は気配の消し方が苦手みたいだな。
俺はしゃがみ回避と同時に前転し、剣士を巻き込みながらかかと地面に叩きつける。
そうだな......「低空前転かかと落とし」とでも名づけよう。
ーードギャッ
「それじゃ狩人にはなれねぇぞッ!」
「グフェ……っ!」
部屋全体の地面に大きなひび割れを作りながらクレーターを作りだし、剣士を一撃でダウンさせる。
今まで戦ってきた敵の中でも結構強い部類の「剣気圧」を持っているがまだいくらでとやり様はあるな。
きっとこいつがさっきのカス剣知覚をして来てたやつだろう。
あんな嫌らしい剣知覚を女の子にしたら遠隔痴漢で訴訟ものだ。
「っと! そっちも休ませねぇからなッ!」
「ッ!」
「はぬぁっ……」
前転直後、余っていた左足で着地しすぐさま前方への魔法攻撃を再開。
最初に≪
「くッ、バカ者めがッ!」
「ハッ!」
ーーハグルッハグルッ
ーーごわぁごわぁ
「苦しそうだな! ほらもう一発≪
ついに1人となった黒のローブの魔術師は必死に炎の壁を作ってこちらの≪
だが、いままで2対1で拮抗していた戦況だったのに、それを1人で受けることになったのだ。
「ファッ!」
ーーハグルッ!
「なはァッ……無念……クッ……」
1対1になって8発目の≪
魔法の発生速度でこちらに追いつけなくなったんだろうな。他愛のボス戦だったぜ。
「はは……」
勝利を収めたことによって緊張の糸が切れたのか乾いた笑い声が自然と漏れた。
なんだかすごい長い時間戦っていたように感じる。
実際はものの数十秒かそこいらの間の出来事だというのに。
「ふむ」
俺はたおした魔術師から杖を拾い上げて没収していく。
ちなみに剣士たちの武器は全部壊してここまでやってきた。
奴らの使っている武器の中に魔力武器とかがあったら回収しようと思っていたが、そんな高価なものを持っている輩はただの1人もおらず、ほとんど素手か角材か短剣、あるあは剣などばかりだった。
今倒した3人と扉の番人を除けば上にいた魔術師は全部で4人くらいしかいなかっただろうか。
犯罪組織といっても武装という意味ではたいしたことがない。
もっとも突然の屋内での戦いだったので、単に武装していなかったとも考えられるが......。
まぁいい。
とにかく子供を助けよう。
「もう1個隣の部屋、か」
クレーターで寝ている剣士の武器を破壊しながら剣知覚で子供の正確な位置をわりだす。
ステッキを軽く握り直して扉を開ける。
ーーガチャッ
「……ん?」
「ヒッ! たた、頼む! 殺さないでくれ! 欲しいものはなんでもやる! だからぁぁ......」
「黙ってろ」
扉を開けた途端にでっぱり太った金持ち風な男は命乞いをしに突っ込んで来たが、とりあえず一旦黙ってもらうために≪
視線を模範的悪党から隣へスライド移動させる。
部屋は先ほど戦闘をしていた大部屋とは違い、薄暗く視界が効きにくい。
「すごい臭いだ」
だがおよそ、そこに何があるかは想像がついた。
暗闇に鈍く光る黒色の金属の檻。
鼻に付く金属の錆びた匂いと濃厚な血臭。
ここは、ここはまるでーー、
「拷問部屋、か?」
俺のたどり着いた部屋は映画などの創作物に登場する、あまたの悲劇を生み出す名所、まさに拷問部屋と言うべきおぞましい造形を誇る地下室だった。
岩肌がむき出しなっている壁に囲まれた空間には黒色の檻がポツンと置かれて、近くには木製机の上にたくさんのいかめしい道具が鈍く光りながら置かれている。
その陳列された不可思議な形状の道具の、ほとんどに乾いた血がついていた。
こんなものを見てしまえば、およそ残虐な行為がここで行われていたのだと猿でも予想できる。
一瞬で部屋の状況を確認し終え、檻の中へ視線を向ける。
何日も前から感じ続けていたひ弱な気配。
まだ生きている。
わかってはいたが、ちゃんと自分の目で確かめられると急に安心感が湧き上がってきた。
だんだんと真っ暗な檻の中が見えてくる。
暗さに目が慣れて檻の中を伺えるようになってきたのだ。
檻の中の存在と視線が交差した。
暗くてよくわからなかったが、檻の中の小さな影はずっとこちらを見ていたようだ。
「ひぃ……ッ!」
「……」
その姿を見てつい引きつった悲鳴のような声が無意識に俺の声帯から発せられる。
その小さな体には一切の布類を身につけておらず、身体中におびただしい量の傷跡が付いていた。
顔から足先まで血みどろだが、顔立ちから幼い女の子であることがわかる。
不思議なのは身体中の傷すべてが
どの傷も塞がることなく血を流し続けている。
そのため、体は血の乾いた跡の上に新しい血が流れており、どことなくツヤツヤと肌が光っているようにも見える。
だがそんな悍しく異様な光景がどうでもよくなるような特徴がこの少女にはある。
「ぁ……ぁ、あ」
「……」
暗闇の中まじまじと目を合わせて見つめ合う。
お互いに一言も言葉を発せずに数秒視線を交差させただろうか?
あまりの衝撃に、どれくらいそうしていたかはわからない。
「ふぅ、ぁ、ふぅ……」
落ち着け、落ち着くんだ。
クールにクレバーに、だろ?
「よし」
「……」
俺は眼前の光景に確証を得るために、少女の様子をもっと良く見ることを決心する。
「ふぅ……ぅぅぅ、≪
ーーホワッ
なんとか暗唱をして≪
ステッキの中程を左手で掴み、本来の持ち手の部分に灯る光源が大きくなりすぎないように炎を調整する。
そうして灯りを確保して再度檻の中の少女へ俺は視線を向けた。
「やっぱり、そうか」
「……」
先ほどまでは暗くてわからなかったのだが、少女はひどく怯えていたようだ。
小刻みにその小さい体を震わせながら、体から流れ出る血を必死に両手で止めようとしているらしい。
灯りに映し出された少女の顔は痩せこけていたが、よく整っており将来はきっと美人に育つであろうと容易に想像できる。
今すぐ助け出してやりたい。
だが、これはどうするべきなのだろうか。
俺は猛烈に迷っていた。
少女のその真っ赤に染まった、真紅の瞳を見つめながら重巡する。
人間とは思えない鋭い犬歯もくちびるからはみ出して挨拶してしまっている。
間違いなく、この少女は「吸血鬼」だ。
それもかなり血が濃い。
もしかしたら純粋な吸血鬼かもしれない。
いや、多分この少女は純吸血鬼だ。
なんか知らないが本能のようなものでわかる。
なんでだろうか。俺も半吸血鬼だから?
「っと黙ってても仕方ないよな」
俺は今まで少女と言葉を交わしていなかった失態に気づき、慌てて言葉を紡ぐことにした。
「あー、その大丈夫……ではないよね」
自分の会話の導入の下手くそさに腹がたつ。
「んっん! 僕は君を助けに来たんだ。さぁここから出よう」
「ッ!」
なんとか適切なセリフを考え出し言葉にする。
少女の顔がぱぁ、と明るくなって行くのがよくわかる。
「た……助けて、く、くれるの?」
少女は震えるくちびるで懸命に言葉を作り出す。
あぁいいや、吸血鬼でも。
ここに師匠はいないし、助けちゃおう。
俺は安易な考えのもと少女の言葉を肯定する。
「あぁ。君を助ける。そのためにここまで来たんだから」
「あぁッ、ぅぅッ! ひっくッ! ぅぅゔぁ!」
「ぇ? なんで泣く、ちょ、あぁ!」
ステッキの灯りに照らされた、宝石のように輝く真紅の瞳から大粒の涙が止めどなく溢れでてくる。
「ぇ、ぁ、ちょい、泣かないでっ!」
「ぅぅぇええんッ! ぅぁぁああっ!」
小さい子に泣かれると対象がわからない。
今までだってエラやアレクが泣き出した時は、すべて母親エヴァか保護者シヴァに丸投げしてきたのだ。
まさか、ここに来て子供をあやしてこなかったツケが回ってくるとは。
「大丈夫! 大、丈ってうるせぇ!? 耳がァァア!」
「ぁぁぁああ! ぅぅうああぁぉぁぉあああ!」
「ウギャアアァァァァァ頭がァァ割れるゥゥゥ!」
少女はいつまでも泣き続けた。
少女が泣き続ける中、俺は頭が割れそうな泣き声に耐えながら、倒れた悪党から鍵を奪取した。
ーーカチャッ
「ッ……!」
「ぁ、泣き止んだ」
檻を開けた途端に少女は急に静かになった。
なんだ、これで良かったと耳鳴りの残る頭を軽く振る。
「ぅぅぅ……
「ん? どうしたんだ?」
急に静かになった少女の肩がわなわなと震えていることに気づく。
なんとなく嫌な予感がするが、ここで突き放すのはちょっと正義の味方としてよろしくない。
よって声をかけようとしてーー、
「ぅうああああぁぁぁあああ!!」
「ぁ、アァァアアッ! やっぱりィィィィイ!」
少女はさらに勢いを増した泣き声を上げ始めた。
きっと檻が開けられ、本当に助けてもらえると確信したからだろう。
それとも俺を殺そうとしてるのかは判断がつかないが。
「うああああッ!! ぅぇぇぇええんッ!」
「なんて声量だぁッ! 耳がぁッ! ァァアア!」
少女の泣き声はまるで巨大スピーカーがそこに設置されているのかと錯覚するほど強烈なものである。
これは死人が出る声量である。
「うぁぁああぁあ! ぅぅうぅぅぇええぇぇ!」
「ウガァァァァァァッ静かにしてぇぇぇえ!」
アーカムはこの後、数分に渡って吸血鬼少女の泣き声を聞き続けることになる。
そして、檻を開けたことに対する後悔を胸に痙攣しながら倒れ伏すにことになるのであった。
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