第14話 背水の陣

 

 まだ草原には朝特有のどこか湿ったような涼しさが……違うな、クッソ冷たい空気が残っていて微妙に霧もでている。

 季節は冬、空気はめっちゃ冷たいです。

 外套がいとうの前を締めながらテニールハウス玄関前に佇む。


「わぅわう」


 この世界では時間というものに非常にルーズだ。

 たぶん時計があまり普及して無いせいだと思う。


 分や時間という概念はそれぞれ人間はちゃんと持っているのに、時計があまり普及していない。

 なんとも言えない歪な世の中だとは思わないだろうか。


 時間を知る手段は時計塔か、家の居間にある置き時計くらい。

 腕時計はおろか懐中時計を持ってる人も見たことがない。

 大手グローバル企業に努めるうちのアディだって、携帯時計は持ち歩いていないのだ。


「うーん」

「わぅう」


 なんとなく時計について気になってきた。

 時計ができたのはいつなのだろうか?

 いったい誰が発明したんだ?


「ニュートンとか発明してそう。いや、待てよ、それより確か日時計とかいうのが古代エジプトにーー」

「中に入ってこないと思って見てみれば、そんなところに突っ立て何をしてるんだい?」


 顎に手を当て時計の歴史について思案していると、前触れもなくしわがれた声が聞こえてきた。

 振り返れば案の定テニールじいさんが掘っ建て小屋の玄関に佇んでいた。


「あ、おはようございます。気づいてたんですか?」

「もちろんだとも、アーカム。君の剣気圧はダダもれだからねぇ。ま、圧を纏ってなくとも気配でわかるけどねぇ」

「はぁ、未熟者でして……」

「ほっほっ、3歳で剣気圧を纏う才能を未熟と言うのは少し難しいかもしれないねぇ」


 よかった、今日のじいさんは笑っている。

 本日のテニールじいさんは機嫌がよろしいようだ。


「それじゃあ、アーカム、私に付いて来なさい」

「はい!」


 テニールじいさんの後を追い家の裏手へと回る。

 草原にぽつんと建てられた小屋の裏手は……まぁ当然のように同じような草原だ。


 遠くに森が見えるくらいで、近くには木も岩も何も無い。ただただ広いだけの草原である。

 そんな庭という名の草原の適当な位置でテニールじいさんはふと立ち止まった。


 くるっとこちらに向き直り、庭に用意して転がしてあった木剣ぼっけんを2本拾い上げて1本手渡してきた。


「私はね君の父親である、アディフランツに頼まれて、君に剣を教えることになっているんだ」

「はい」


 灰色の瞳がまっすぐに俺を射抜いてくる。

 ただ昨日のような攻撃的な意思の宿ったものではない。親しくなりたい友人をより理解しようと試みる相手への純粋な興味の視線だ。


「私は今までにそれなりに多くの者を指導してきた。だがね、アーカム。前にも言ったが君のような人間は見たことがない。だから、この歳にして私はワクワクしているんだよ、君という弟子を持ったことにねぇ」


 テニールじいさんはにっこりと笑う。

 しわだらけの顔なのに、少年が金ぴかの石を見つけたような無邪気さを感じる。


 俺はどんな修行が始まるのかとワクワクしていた。

 ふっちゃけ、この師匠と弟子の関係というのは憧れるものがあったからだ。

 かつての強者だったジジイ師匠と、才能あふれる若者の図。


 完璧だ。


 ほぼほぼパーフェクトな配役と王道の再現度。

 いささか、弟子サイドが3歳と若すぎる気がするが……まぁ許容範囲としておこう。


「ではアーカム、その木剣ぼっけんで私に殴りかかって来なさい。形なんて気にしなくていい、遠慮も要らない。疲れたら休んでもいい。私は決して反撃しないから、いつでも休憩を終わらせて再開してもいい」

「まじすか」

「まじだよ」


 テニールじいさんがだした最初の修行メニューは、老人を撲殺しろというものだった。

 これは修行の手始めとして弟子の実力でも見てやろう、というやつか。


 理想的な展開ではないか。


「はい、ではっ! 遠慮なく!」


 ここで、テニールじいさんの度肝を抜いて、「やはり、天才じゃったか!?」って言わせてやるぜ。

 だいたいこういうのは、遠慮しないほうがいいって相場が決まってるんだ。

 どうせ師匠サイドがいい感じにガードしてくれるに決まっているのだから。


 軽く助走をつけてテニールじいさんの手前で飛び上がる。


「ふんっ」

「ほら、おいで」


 飛び上がりながら、腰と上半身をひねり木剣をバットの要領で思いっきり振りぬく。


「うりゃらああァァッ!」


 声を出すと普段より力が出るとどっかで聞いた覚えがあったので、声もめいいっぱい出してみる。

 さて、どんな身のこなしをして攻撃を凌ぐのか。

 目を見開きテニールじいさんを見てーー俺は我が目を疑った。


「うえッ!?」


 テニールじいさんはガードも避けもしなかったのだ。


 鉄を思いっきりぶった叩いたような強烈な金属音が草原にこだまする。

 テニールじいさんは木剣と自身の頭を使い、スカルクラッシュで音色を奏でてみせたのだ。


 俺は驚きすぎて尻餅ついて草原に転がった。


「ちょ、ちょま! しっ、死にますよっ!?」

「うん遠慮のない、いい一撃だったねぇ。思い切りはあるようだ」


 テニールじいさんが何事もなかったかのように話し始めた。見たところダメージはないようだ。


「え、なんで……?」


 困惑してじいさんのつま先から頭の先まで眺め直す。

 相手の意味のわからない能力を目の当たりにし、狼狽する能力バトル漫画のキャラ達の気持ちを俺は今理解できた気がする。

 なるほど、たしかに驚愕するので精一杯だ。


「ほっほっ、わからんかね? アーカムなら既に答えを持っているはずなんだけどねぇ」

「ぇ……」


 今のは確実にジジイポックリコースの軌道であったのだが……ポックリしたのはじいさんではなく木剣のほうだった……つまり、このじいさんは……硬い。


「そっか」


 そこまで考えて、ひとつの答えにたどり着く。


「剣気圧ですか?」

「気づいたみたいだねぇ」


 テニールじいさんはにっこり笑った。


「そう、君が纏っているものと同じものだよ」


 やはり剣気圧だったようだ。

 ここテニールじいさんもまた剣気圧の使い手ということなのだろう。


「それでは少し、この剣気圧について説明をしていこうかねぇ」

「ふん! はっ! おりゃ!」


 ーーバギャンッガキンッバキィィィ


 テニールじいさんが話している間をチャンスと思い攻撃を続けるが、攻撃のインパクトも煩わしさも全く意に返していない。とてつもない余裕の態度だ。

 時々木剣が折れても、庭の脇に大量に同じ形状の木剣が用意してあったのでそれを拾って攻撃を続ける。


「まず、アーカム、君は剣気圧をが使いこなせてはいないとこれではっきりしたねぇ。剣気圧は基本的に、攻撃力と防御力の2つの要素からなる。それぞれ『剣圧けんあつ』と『鎧圧がいあつ』だ」


「『剣圧』と『鎧圧』ッ!」


 話に耳を傾けながらも、がむしゃらに目の前の老人を撲殺しようと木剣を振り続ける。


「君は剣気圧の天才だねぇ。既に高いレベルで『鎧圧』を身に着けることに成功している。その鎧圧だけを見ればおそらく現状で騎士と張り合えるレベルだ。が、しかし、君の才能は剣気圧を攻撃力に……つまり『剣圧』に変えるところまでは教えてくれなかったようだねぇ。

 もし、その剣気圧を攻撃力に変換できていたなら、今頃私の頭には青いアザができていただろうから」


「フアッ!」


 木剣バットを思いっきり振りぬく。


 ーーバキイイィィィッ


 再び金属をはげしく打ち鳴らしたような炸裂音が朝の草原に響き渡った。


「あぁ! もうダメだ、疲れた、はぁ、はぁ……ッ!」


 すぐに息が上がってしまい、まともに動くことも出来なくなった。体力の限界だ。


「はぁ、はぁはぁ、はぁ」

「バテてしまったかい」


 たったの数十秒。それが今の俺の限界だ。


「はぁ、はぁ……ふぅはぁ」


 歳のわりにはだいぶ体は大きいがそれでもまだまだ、子供ということか。


 たまらず庭にへたり込む。

 乾燥した冬の空気が草原を駆け抜けていき汗ばみ、火照ほてった体に気持ちいい爽快感を運んでくれる。地面から見上げる空は相変わらず灰色模様だったが、それでも運動後の空はどこか鮮やかに色づいている気がした。


「はぁ、はぁ……僕、体力ない、ですか、ね?」

「ほっほっ、そうだねぇ。剣を振るとしたら、もう少し体力をつけなければいけない。だがまだまだ体が出来上がっていないんだから、焦る必要はまったくないよ」


 その後もテニールじいさんを疲れるまでぶっ叩く作業を何度も繰り返した。

 木剣が折れたら新しいものを用意して、ひたすら叩く。


 初日の剣の授業はテニールじいさんを叩いただけで終わってしまった。


 ー


 あれから2週間程過ぎただろうか。


 俺は今日も元気に老人をぶっ叩くことに明け暮れていた。

 初日からずっとこれ。

 テニールじいさんいわく、体を動かすことで自然と剣気圧をコントロールすることが出来るんじゃないか? という結構打算的な感じの修行らしい。


 何分、俺のような弟子は初めてらしいので、テニールじいさんも手探り状態なのだろう。

 だが、それでも長年の経験でおよそ効果的と思われるメニューを考えているのだと思われた。


「うーん。よし、アーカムちょっとやり方を変えてみようか?」


 殴り続ける俺に、テニールじいさんの静かな声がかけられる。


「は、はぁ、はい。でもなんで、いきなり?」

「うむ。これ以上、適当にやって剣の振りに変な癖なんかついても面倒だ。それにこのやり方は効果的じゃないと見た。やはりスタンダードでいこうかねぇ」

「す、スタンダードですか」


 何とも言えぬ不安が心を覆い尽くす。


「そう、スタンダードだ。アーカムの『剣気圧』を攻撃力に直接変える方法はやめて、一からやろう。

 一気に段階を飛ばそうと思ったが……やはり、そう上手くいかないもんだねぇ」


 なんなんだ、この不安は?


「わかりました」

「では一から堅実に、基礎体力をつけて、足の運びを知り、型を学ぶんだ」

「基礎……」


 あ、そうか今ようやくわかった。


 これ2年前と同じじゃないか。

 2年前、エヴァが俺の才能を見込んで一足飛びにひたすら≪≫の呪文を唱えさせ続けた、あの日々ーー。


 そっくりだ。

 段階を飛ばそうとして、スタンダードなやり方に戻す。

 かつて魔法の基本勉強に立ち返った流れも、とても今の状況に似ている。


 もしこれが、2年前の焼き直しだったのだとしたら、その後の展開もあるいは……。


「……はぁ」

「ん? どうしたんだい?

「いえ……なんか、がつきました」


 また失敗するかもしれない。

 そのように考えてしまうと逆にやる気が溢れ出てくる。


 もう失敗はできない、やるしかないのだ、と。

 これが背水の陣というやつだろうか……うん、違う気がする。


「えぇ! やりましょう! テニールさん! いえ、師匠!」

「おやおや、ずいぶんとやる気になったようだねぇ。少し落ちこませてしまうかと思ったけけど、これは予想外だ」

「えぇ! 僕はもう2年間続いたネガティブではありませんから! 僕のやる気ギンギンメーターは天元突破ビッグマグナムしてますよッ!」

「……言葉の意味はさっぱり訳がわからないが、なんとなく言いたいことはわかったよぉ」


 そうして俺ととの長い長い修行の日々がはじまった。

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