第6話 5人に1人

 


 ローレシア魔法王国の辺境の町クルクマ。


 国内有数の鉱石の町だったのは過去のこと。今となってはさして特色のない田舎となったこの町の空は灰色に染まり、今にもあの雲の隙間から雪が降ってきそうだ。 

 すぐれない空模様の日に、冷たく乾燥した空気を惜しみなく暖まった室内へを吹き込ませるのは、魔法の攻撃によって粉砕された窓。


「うん、まぁ、その、なんだ、とりあえず杖を置いてみるってのはどうだ?」

「それ、名案ですね」


 そうだな、まずは杖を置こう。

 俺は手に持った杖を慎重に箱に戻した。

 というか何だ? 

 魔法ってそんなあっさり出ちゃう感じなのだろうか?

 少し、スナップを効かせて振っただけなのにこんなことになるとは思ってもいなかった。


 割れた窓へ皆、視線を向けている。


 俺は悪くない、俺は悪くないはずだ。

 でも、仕方ないじゃないか。

 杖を手に入れたら、つい振りたくなってしまうのは人間の習性だろう? 

 なんだよ、窓が割れたのは、俺のせいだってのか!?

 あぁそうだよ、ようわかってるじゃねぇか。

 完全に俺のせいだよっ!


「心配しなくても大丈夫よ。窓が割れただけだから。それより怪我はない?」

「はい、それは多分……平気です」

「そうか、シヴァもちゃんと避けたみたいだし、怪我はしてないな」

「あれ……?」


 妙な違和感に気がついた。

 うちの柴犬シヴァがいないのだ。

 先ほど彼女がいたあたりには、いくつかガラスの破片が突き刺さっているだけ。


 視線を泳がせてモッフ玉を探す。


「ぁ……」

「わふわふ」


 シヴァはエヴァの足元にすでに避難していたようだった。

 いつ移動したのだろうか。


「で……で、で! アディ! やっぱりアークは天才だわ! それも飛びっきりの天才よ!」

「あぁ、確かに、いきなり魔法を使うとは、驚いたな」

「すぐに、最高の家庭教師を雇うべきよ! 魔術協会で探してみましょう! 私の母校のレトレシアに入学させてもいいわ!」

「待て待て! 落ち着けって、まだアークは1歳だ、まだまだこれからだろう? しっかり話し合って決めようじゃないか」


 エヴァは英才教育を俺にほどこそうとしているらしい。


「あぁそっか……それもそうよね。ちょっと取り乱しちゃった」

「いいよ、エヴァは何しても可愛いんだから、もう!」

「んっ、ちょっと、そうやってすぐっ!」


 ふむ、家庭教師ってこっちにもいるらしい。

 もし魔法を教えてくれるなんてなったらそれこそエリート街道まっしぐらだろうな。


「ほーら!」

「ふふ、ちょっと!」


 てか、息をするようにイチャつき始めんじゃねぇ!

 ほんとに息子の前だろうとこの2人はおかまいないしだな!


 特にアディ、お前だよっ!

 エヴァのこと好きすぎだろ!

 俺にもそのおっぱい触らせろってんだ!


「はぁ」


 合法吸引期間を過ぎた事にため息をつきながら何となしに、視線を泳がせるとシヴァと目が合った。


「わふわふぅ」


 心なしかシヴァもうんざりしているような気がする。


「お前は俺よりこんな胃もたれしそうな惚気を長く見せられてるんだよな」

「くぅーん」


 シヴァは瞑目して疲れ顔だ。

 いつもお務めご苦労様である。


「それにしても、驚いたわ。やっぱりアークは天才だったわね」

「そうだな、これは……本当に凄い事かもしれない」


 そういえば、エヴァとアディはさっき発動した魔法にえらく驚いているようだったな。

 これは、俺、まじで天才だったのか?


「かもしれないって、もう天才でしょ?」

「いや、それもそうなん、だけどな……」

「父さん、今僕は、魔法を使ったんですか?」

「ん? あぁ、間違いなく今のは魔法の発動だったぞ……いきなり撃っちまうなんてすごいじゃないか」

「へへへ、すごいですか」


 そうか俺には魔法のセンスがあったのか。


 ふふ、やはり、そうか。なかなかファンタスティックな展開だ。

 やはり転生者たる俺には特別な力があったと言うわけだよ、ワトソン君。

 んじゃ、ちゃちゃっと異世界最強目指しちゃいますか!


 俺は自分が浮かれていることを自覚していた。だが、それでも自分の輝かしい未来を夢見ることで、変わらない日常の脱却を渇望する内心の昂りは、ますます大きくなっていった。


「父さん! 僕ってどれくらいすごいですか!」

「……どれくらい? うーん、そうだなぁ。杖を持っていきなり魔法を使えるやつは……まぁ5人に1人くらいはいるんじゃないか」


「まさかそんな……ん、5人に、1人、ぁれ……?」


 一瞬で怪しくなる雲行き。


「えっと……あれ? 意外といらっしゃいますね……」

「うん、そこらへんにごろごろいるな」

「え? アディ、そんな歩けば当たる程いるわけがーー」

「エヴァ……ここは俺に任せて」

「ん?」


 前に出るエヴァをアディは遮り、口元を近づけて何かを耳打ちした。俺には我が父が何を懸念して神妙な顔をしているのかわからなかった。ただ、思い当たるとすればそれはーー。


「んっんー! だから、まぁ、アークはそれなりに才能があるってところだな」


「あー、そう、ですか……5人に、1人、ね」


 テンションただ下がりだ。気分が沈む。


 あんなにエヴァが喜ぶもんだから、もしかしたら100万人に1人の天才かも、だなんて期待したのに。


 なのに、5人に1人て、おい。

 俺の最強ストーリー終わるの早かったなぁ。


 伝統的に最強系主人公は、大抵「なんか、俺やっちゃいましたか?」という様式美にそって自身の強さに気づくものだ。


 俺の場合は、まさに先ほどの一撃がそれに該当するわけだが……結果は5人に1人の凡骨だった。

 これじゃ年収400万円のサラリーマン、学年順位100人中47位の中学生、遊戯王の効果無しマイナーモンスターと同類じゃないか。


「はぁ……」


 やっぱ俺なんて高望みはせず、堅実に生きるしかないのかなぁ。


「まぁ、それはさておき……父さん、なんだかどっと疲れたんですけど。僕ってスタミナないんでしょうかね?」


 魔法1回使っただけで尽きるMPなんて流石に雑魚すぎる。もし増やせるなら努力したいところだ。


「はは、さすがに1歳児にスタミナの話はまだ早いさ。才能はあっても、体が出来上がってないんだ、疲れてしまうのは仕方ないことだろう」

「あぁ、そういえば僕1歳でしたね」

「そこ普通忘れるか?」


 言われてみれば、確かに1歳児の体に俺は何を求めていたのだろうか。


 これから頑張ればいいのか。

 そうさ、俺は異世界転生者なんだ。

 まだまだ可能性は残されているはずなんだ。


「さ、とりあえず、破片は片付けておくから、アークは外着に着替えてきなさい」

「え、着替えるって.……?」


 エヴァは掃除しながらニコッと笑った。

 その笑顔に俺は何となく思い当たる節があった。


「もしかして出かけるんですか?」

「そうよ、今日はシヴァもつれて4人でお出かけしましょ!」


「っ! はい!」



ーー1歳の誕生日。

  アーカムに外出許可が下りた。

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