夢と悪夢の罹患者:若返った52歳の達人は二度目の人生も修行にあてるようです
ファンタスティック小説家
第1話 アダム・ハムスタという男
この闘技場は空気が悪い。
どこに行っても熱気がこもって仕方がない。
空調設備がだらしないせいだ。まっまく嫌になる。
暑さを助長する強烈な光源となる魔力灯に照らされるのは、汗の撒き散らされたリング。
ここでは裏世界の格闘家が集う、国内で最もレベルの高い非合法拳闘試合が繰り広げられている。
太古より隠匿される血塗られた地下舞台なのだ。
「クソッ‼︎ この老害がぁあッ‼︎」
「おっ、誰がハゲやねん‼︎」
「老害っつってんだよ‼︎ 難聴まで重ね合わせてくんじゃねぇえー‼︎」
「おぉー怖いねぇ〜‼︎」
けたたましい雄叫びが、観衆ひしめく地下にこだまする。
今日もギャラリーが湧いている。
俺のコンディションも悪くない。
実力差のありすぎる戦いじゃ、そのことはあまり関係ないがーー
豪風を纏いリング全体を揺らす程の拳撃を避けるたびに、血の気の多い若い奴らは楽しそうに叫ぶ。
それもこれも俺が原因なんだがね。
格闘の聖地で、高品質な試合を見続けた人間たちでさえ
これは自惚れではない。
四半世紀前にそうやってメディアに絶賛されたんだ。
格闘家、改め、芸術体現家とはよく言ったものである。
「やはり強い、強すぎるぞアダム・ハムスタッ‼︎」
「現役チャンピオンが手も足も出ません‼︎ いや、手は出ているが全く当たっていない‼︎ アダムは
熱狂した歓声を上げていた観客たちは、実況の煽りを受けてさらにヒートアップしていく。
「復活した伝説の男‼︎ 3年ぶりに地下闘技場へ帰ってきた彼の実力はまだまだ衰える事知りません‼︎ 御歳52歳、未だ現役ですッ‼︎」
「あ、ヨネマツさん、見てください、アダムがッ‼︎」
「な、舐めやがってッ‼︎」
「はは、そろそろ終わりさせてもらうかな?」
巨漢から一歩間合いを空けた位置ーー俺は誘うように顎を突き出して、巨漢を挑発してやった。
「来いよ、素人、年季の違いを教えてやる」
「俺様はネオボクシング5階級制覇者だッ‼︎ もう素人じゃねぇ‼︎ アンタを見上げてただけのガキの頃とはちげぇんだ‼︎」
どうやら現チャンピオン自身の脚部へ力を込めはじめたご様子。目に見えてわかる。
彼はそのまま砂の敷かれたリングを爆発させて「
対して、こちらはあたかも全く反応できていないかのように動かない。これだっていつもの事だ。
挑発したのだから、無様な回避はご法度さ。
ギリギリでの対応でこそ輝く。
だからこそ盛り上がる。
「テメェの時代は終わってんだよ、古株がァア‼︎」
雄叫びとともに試合規約に違反した殺人的重量の「鎧圧」ーー肉体表面に纏わせられる硬質な「圧」の層ーーを拳に乗せるチャンピオン。
この男はどうやら俺と殺し合いがしたいらしい。
まぁいいか。後悔させてやる。
きっとこの現役ネオボクサー様は忘れてんだろう。
お前の相対しているこのアダム・ハムスタが、かつてネオボクシング全階級制覇を果たした自称他称の「
「ガキが。一からやり直してこいーー」
ここぞという詰めの場面で、現ヘビー級チャンピオンはプロにあるまじき行動に出た。
そのことに失望し、俺も拳に「鎧圧」を乗せる。
そして放つーー現チャンピオンの視界外からの左ジャブ。
ほんの軽く初速だけ与えたかのようなその軽い拳は、狙い
「ぐぶふぅッ⁉︎」
神速のジャブーー「
速すぎるがゆえに僅かにプラズマを纏いきらめく左ジャブを受けて、一瞬意識が飛びかける現チャンピョン。
だが、そこは腐っても5階級制覇者か。
ジャブで落とされるほどやわではないらしい。
ただ、それはチャンピオンにとって致命的な一瞬となるーーいや、そうさせるのだ、俺が。
左ジャブで作った一瞬を逃さない。
骨の砕ける音をリングの近くで観戦していた者たちにしっかりと響かせていく。
その直後、リング上ではより体躯の大きい男が膝から崩れるように倒れていた。
「出たァァアッ‼︎ アダムの『
『ウォォオオォオオオオーッ‼︎』
試合の終幕に咆哮をもって応える観客。
倒れふす現チャンピオンに急ぎ近寄るその仲間たち。
俺は額の汗を軽く拭った。
誇らしげにこちらを見つめてくる、数十年も俺を追い続け、応援し続け、ともに歳を食ってきた古参ファンたちへ手を振って応える。
ただ、熱烈なコールが響く中、手を振りながらも俺は、全盛期よりも一段と衰えた自身の体について憂いの気持ちを抱いていた。
この程度の運動で疲れを感じてしまうとは。
俺もここまでだな……。
負の感情が勝利の喜びを
圧倒的な勝利を飾ったにも関わらず、以前と同じ動きが出来なくなっていることに、そして明らかに実力が衰えていることを俺は実感しているのだ。
ただ、まぁ、一応勝ったには勝った。
今はその事だけ喜べばいいか。
俺は瞑目し気持ちを切り替えることにした。
「ふぅ、まぁこんなもんだよな……ん?」
にこやかに笑いリングへ飛び込んでくる仲間たちへ視線を向ける。
今日は勝った報告をするために娘と妻に会いに行こう。
俺はそんな事を頭の片隅で考えていた。
だが、何かがおかしかった。
俺は猛烈な眩しさを視界の内に感じていたのだ。
会場内に設置された特設魔力灯のひかりが入ってきたのかと、違和感の初め、コンマ1秒は思っていた。
だが、明らかに光量が凄まじい。
これは目眩だろうか?
次に疑ったのは自身の脳へのダメージ。
だが、これはありえない。
なんせ只今の試合で俺は現役チャンピオンからは、ただの1つも拳を受けていないのだから。
訳がわからない。
俺は困惑した。
仲間が一歩駆け寄ってくるよりも早く、加速的に光量を増す視界。いつしか俺の視界はただの白一色に染め上げられてしまっていた。
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