螺旋
@ontology
第1話
遥か遠い古代、とある村落、その地では大変に頭が良いという評判で通った男がいた、名をアトラといった。
アトラは発明の才に優れていた、アトラはある日畑を耕す時、人力による桑や鋤によっての作業を、なにか工夫によって体力の消耗を軽減できないかと考えた。
家畜に器具を取り付けて鋤を固定し、それを引かせることで耕す作業の効率を上げることができるのではないかと考えた、アトラは考えを実行した、家畜は取り付けられた鋤を引いて人力より効率よく畑を耕した、発明は成功を収めた。
またある時、アトラは荷物を運ぶ作業の効率化を図ることはできないかと考えた。
短い木の棒を中心軸として、丸い外輪と中心軸とを別の部品で固定し、組み上げたものを台座に取り付け、それを転がすことで荷物の運搬の負担を軽減できるのではないかと考えた、それは車輪と名付けられた。
台座に取り付けられた車輪は綺麗に転がり、運搬の負担はかなり軽減されたという、発明は成功を収めた。
生活の負担を軽減するたびに、村のものはアトラを称えたという、アトラは称賛を受けるたびに得意な気分になると同時に、なにか傲慢な感情も付いて回った。
「なぜ私以外の人間というものは、ここまで頭が悪いのだろうか?」
「あの者が話したあの会話は、何回同じ内容を聞いただろうか。」
「なぜ私以外の人間は客観的に物事を考えられないのだろうか。」
「他人への批判が自分にも当てはまると気づけないのだろうか。」
アトラは他人を見下す感情が芽生えると共に、なにか空虚な孤独感をも自覚した、村の者たちから自分から距離を置くことも増えていった。
ある時アトラは孤独感を紛らわせるために探索に出かけた、そして歩いているうちに洞窟を見つけた、山の断崖の側面から大きな穴が開いている、人の丈の優に数倍はある縦横の広さがあった、好奇心からその洞窟に足を運んだ。
洞窟は怪しげな美しさがあった、内部の鍾乳石が、青く、淡く光り、どこか奇妙な雰囲気を醸し出していた、アトラは普段体験しない高揚感からか、足を動かす速度を上げた。奥へ、奥へと。
歩くうちに、アトラは足を止めざるを得ない場所に着いた、大きな泉が目の前に広がり、道の終わりを示した、泉は今まで見てきた鍾乳石より強く、青く光っていた。
アトラは少し呆然としてその光景を眺めた、美しい光は、アトラを恍惚とした表情へと誘った。
しばらくそのようにして、その光景を見つめていると、突然、泉の水面が隆起して、何かが湧き上がってくるような予兆を感じさせた。
そしてそれは、泉の水面からゴボゴボと音を立てて、一つの細長いシルエットを露わにした。
長いひげを生やした老齢の男が湧き上がってきた、どこか神妙な顔つきをした男だった。そして老齢の男は語り始めた。
「我はこの泉に眠る、叡智を司る神格である、久しい来客であるそなたを歓迎しよう。」
「よくぞこの泉を見つけたものだ、この地は真の慧眼を持つ者にしかたどり着けぬ場所である。」
「知恵の者よ、我を見つけたそなたに褒美を与えよう、どのような願いもかなえて見せよう、望むものはなんだ。」
アトラは少し考えて、自分の願いとは何なのかを整理した、その後にはっきりと願いを提示した。
「私は自身の知性によって孤独となった、私の周りの人々がもっと賢いものであるならば、ここまでの孤独に苛むこともないであろう、神よ、私の周りのすべての人々に溢れる知性を与えたまえ。」
「なるほど、さすがに知恵あるもの違う、陳腐な欲望を満たす卑俗な輩とは思い描く願いもまた違うということか、我は嬉しいぞ。」
「願いを聞き入れよう、知恵の者よ、我は今、世界を書き換える。」
その時、泉を包んでいた青く淡い光は、より強く輝き、アトラの視界と洞窟の内部のすべてを染め上げた。
しばらくすると、光は引いた、そして、目の前の泉にいた老齢の神はすでに姿を消していた。アトラは誰もいなくなった泉を見ると、少し寂しさを覚え、また村へと帰ろうという気持ちが湧いた。アトラはこの泉から立ち去った。
アトラは村の近くまで戻ると、遠目から村の様子がおかしいことにすぐ気づいた。
日乾煉瓦が何層にも高く積み上げられた、巨大な建造物が見えた、アトラは不安にかきたてられ村へと急いだ。
帰った村は大きな変貌を遂げていた、川は整備されて運河となり、そして煉瓦を積み上げた建物は神殿のようなものだろうか、威厳と威圧感があった。観賞用の木々が整理されて生え茂り、以前の村とは天と地の差があった。
アトラは村をきょろきょろと見回すと、一人の若者と目が合った、それは幼少期からアトラとはなじみの深いものであった、若者は少し驚いた表情をした後、すぐにアトラへと走り寄ってきた。
「アトラか?アトラなのか?無事だったのか!!??」
それを聞いたアトラはかなり戸惑って言葉の意味を求めた。
「無事だったとはどういうことか、私はただ小さな暇を見つけて村の周辺を探索に出かけていただけだ、怪我もしていない、病に犯されることもない、見ての通り、全くの壮健であるぞ。」
なじみのものは言葉を返す。
「小さな暇とはなんだ、アトラよ、君はいきなり村を出て行方が知れず、半年もの間、姿を見せていなかった。皆の者は村の周辺を探したが、君の気配や痕跡すら、全くと言っていいほど見つかることはなかったのだぞ、神隠しにあったのかとみんな心配したのだ。いったいどこへ行っていたのだ。」
アトラは考えこんだ表情を浮かべた。
「…………。」
そして、アトラは少し困惑が紐解けたような表情をして、なにか心当たりを感じたことを話した。
「神隠し……、神隠しか……、本当にそうなのかもしれぬ、私は探索に出ていった先で、とある洞窟を見つけたのだ、その一番奥には泉があった……、あれはやはり幻ではなかったのだろうか、その泉からは叡智を司る神格を名乗る、老齢の男が湧き出てきた……、『我を見つけたそなたに褒美として、どんな願いも成就させよう』と、その男は語った。そして私は、『私の周りの人々に知性を授けたまえ』と願った。」
「それは誠か!!アトラよ!!」
「分からぬ、しかしあれが幻でないとするなら、きっと泉の神格を名乗る者は真実の神であり、そしてこの村の変貌は私の願いが成就した結果なのだろうか……。」
その言葉を聞いたなじみの者は感情を抑えられない声色で声を荒げしゃべり始めた。
「そうだ!!きっとそうに違いない!!その神格はアヌンナキの神々の一柱に違いないだろう!!」
興奮冷めやらぬ様子で言葉を続ける。
「アヌンナキの神々のお恵みによって、君がいない半年の間、この地は著しい文化の発展を享受することができたのだ、君が村からいなくなった後、村では神からの神託めいた言葉が聞こえると言い始めるものが続出したのだ、我々はその神託に従って新しい知識や技術を積み重ねていった。」
「頭の良い君を喜ばせるすばらしい文化や技術が、今やこの地には溢れるばかりだ。さぁ、君もこの地に培われた高度な文明を思うままに堪能するがいい。」
そういうと、馴染みの者はアトラの手を引いて、とある建物へと案内した。
アトラはその建物の中で、粘土の板に何やら楔の模様のようなものが規則正しい列と間隔で刻まれた物を見せられた。そして村の馴染みの者はこう語った。
「それは文字というものだ、我々が培った歴史や技術や、過去に伝えるべき情報がこの粘土にすべて刻まれるのだ、アトラよ、君はこの文字という概念についてまず学んでみたまえ。」
「う、うむ……、分かった。」
馴染みの者はアトラに文字を教えた、アトラは頭の痛みになんとか耐えながら、数週間かけて文字という概念をぼんやりと覚えた。
「アトラよ、文字を覚えたなら、君はこの地に伝わっている歴史について学んでみたまえ。」
馴染みの者はアトラに対して、この村に過去で起こったあらゆる出来事、歴史の知識について教えた、しかし文字を読むので精いっぱいのアトラはこの知識体系を覚えることは困難を極めた。
「歴史は苦手なのか、アトラよ?ならば君は暦法の研究について学ばなければならない、これなら君も覚えることができるかもしれない。」
馴染みの者はアトラに対して、この村で培われた暦法の知識体系について教えた、しかしアトラは深淵なこの理論をよく理解することができなかった。
馴染みの者はこのほかにも、治水や灌漑の技術、製鉄や鋳造の技術、武器の錬成の技術などを教えたが、これらの技術は一朝一夕で人間が覚えられるものではなかった。周りの者は皆、自身が営む仕事に非常に熟達していた。
アトラは自分が、他の者と比べてやることなすことが稚拙だということを気に病んでいった。アトラの口数は日に日に少なくなっていったという。
かつて村で一番の知恵を誇ったアトラは、自身の知性に矜持を持っていた、しかし泉の神からの願いが成就したこの村ではもはや、アトラの知恵は平凡なものとして埋もれた、自身の矜持を折られたと感じたアトラは、やがて一つの住居に引きこもりがちになり、ついには全くと言っていいほど外に出なくなったという。
――数十年後――
アトラが息を引き取ってからしばらくの後、栄えたこの地に大変に頭がいいと評判で通った男がいた、名をカイルといった。
カイルは周りの人間がなぜここまで頭が悪いのか常々疑問に思っていた、その疑問は周りの人間には傲慢な態度と移り、次第に孤立していった。
ある時カイルは、自身の孤独感を紛らわせるために探索に出かけた、そこで奇妙な洞窟を見つける。
洞窟の内部は鍾乳石が淡く、青く光り、神秘的な雰囲気を醸し出していた、カイルは好奇心から洞窟の奥まで歩いた。
洞窟の最深部は泉があった、泉は鍾乳石より強く、青く光り、カイルの心を癒した、そして泉から何者かが湧き出てきた。
口ひげを蓄えた、老齢の男が現れた、老齢の男は語り始めた。
「よくぞこの泉を見つけたものだ、知恵の者よ、久しい来客であるそなたに褒美としてどんな願いも聞き入れよう。」
カイルは願いを言った。
「叡智の神格よ、私は自身の知性によって孤独となった、私の周りの者どもがあれほど愚鈍でなければ、私はここまでの孤独を感じることもないだろう、私の周りの人々にあふれる知性を授けたまえ。」
カイルの願いは、存分に成就されたという。
螺旋 @ontology
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます