11 それぞれの夜

『あらすじ』

林間合宿は魔獣討伐

第9班を結成

対ゴーレム戦終了

*** 


 生徒会ハウスの2階は役員達の居住スペースになっており、寮の4人部屋と同じ広さの部屋を各人に与えられている。

 寮と同じように居室と寝室に別れていて、居室には私の私物はほとんどなく、大きな机にデスクトップパソコンを置いてあるが、まだまだスペースに余裕がある。

 他はせいぜい本棚くらいだ。

 この部屋は生徒会の役員を辞めたら、出て行く必要があるので、あまり物を増やしても邪魔なだけ。


 今回の林間合宿で、私は1年9班の引率を担当することになった。

 明日の朝は早いが、今日中に済ます仕事が残っているため、まだ寝るわけにはいかない。


 今は学校側に提出する資料作りの最中。

 本日の模擬戦も実習の一部として、評価対象になっている。

 パソコンに向かって後輩達の情報を打ち込んでいたら、ノックも無しにそーっと部屋の扉が開けられた。


「りんかちゃん、まだ寝ないですか〜?」


 顔を出したのは、同じ2年生で生徒会書記であり、和服姿の少女、草薙静流くさなぎしずる

 今は外向きの着物ではなく、寝巻き用の浴衣をふんわりと着こなしている。

 他人の前では無口な彼女だが、オフの状態になると顔が緩んで、のんびりとした口調で喋る。

 実は寂しがりやで、自分の部屋で眠ることができず、私か紫苑のベッドに入り込むことが多い。

 今晩も枕を抱きしめながら私の部屋にやってきた。


「悪いが先に寝ていてくれ、私は担当の子達の資料の整理が残っているから」


 そう言って断ると、彼女はむ〜っと膨れて出て行ってしまった。

 そしてドアの向こう側から甘えん坊の声が響いてくる。


「しおんちゃ〜ん」


 今度は紫苑がターゲットになったか。

 改めて、今回私は1年生の実習に付き合うことになった。

 私の担当の第9班のメンバーについて、事前レポートをまとめている。

 東高では、特殊な使い手達をひとつの班にまとめる傾向があるが、この班は紫苑が事前に手を回して、彼女の趣味で編成されているので、一癖も二癖もある連中が集まった。

 彼らは将来の生徒会候補であり、第5公社の勧誘対象でもある。

 そして有望な騎士が眠っているかもしれない。


 まずは、

 的場まとば 蓮司れんじ(後衛・アタッカー)

 火魔法を魔法銃で撃ち出すガンナースタイル。

 射撃センスは抜群だが、魔法戦は初心者。

 視野が広く、目標の動きを先読みすることもできる。

 さらに周りとの協調性があり、リーダーとしての資質に恵まれている。

 実戦経験が少ない分、今後の伸び代は1番だな。

 本人が望むのならば、スクリプトの組み方を教えてやってもいい。

 それにしても足を止めて命中精度を重視する戦い方は、ハンドガンというよりライフルを扱っているさまだった。

 それが本来の彼のスタイルかもしれない。


 次は、

 冴島さえじま 由樹よしき(遊撃)

 風魔法でスカイボードを操り、高い機動力を活かした戦闘スタイル。

 追詠唱で、移動の全てをマニュアルで制御したことには驚かされた。

 知識は豊富だが調子に乗りやすく、注意力不足は否めない。

 あれだけの器用さがあれば、より強力な魔法も使えそうなものだが、下級魔法しか使っていなかった。

 どうやら魔力総量に不安を抱えているようだ。


 ***


 夜が更ける中、俺は自室で机に向かっていた。

 寮の居室には他に誰もいない。

 由樹は1階の大浴場に行って大分経つし、芙蓉は先ほどスマホを片手に部屋を出て行った。


 俺は新品同然の魔法銃を磨きながら、手に馴染ませていた。

 デザートイーグルに近いモデルで、弾倉はなく、口径は大きめ。

 一般的に魔法銃は火薬式の拳銃よりも軽く作ることができる。

 しかし俺にとって、軽い銃だと狙いを定めにくいので、強度を上げて重量を増すようにチューンアップしてある。

 別に火薬式の銃のようにマメな手入れはいらないし、今日少し使っただけなので、本来ならば磨く必要もない。

 これはまだ扱いに慣れていない銃に対して行う俺なりの儀式みたいなものだ。


 いきなりの模擬戦だったが、どうにか引き金を引くことができた。

 思っていたよりも、体のりきみはなかった。


 また銃を握る日が来るとは、あの頃の俺には想像できなかった。

 幼い時分じぶん、魔法の素質があると知ったときは、まったく関心がなかったが、今では魔法にすがりつくことで俺は自分自身を保てている。

 いつかはまた、あの頃に戻れるのだろうか。

 今日の模擬戦は一歩目に過ぎないが、俺にとっては大きな一歩だったと強く願いたい。


 そんな風に物思いに更けて時間を過ごしていたが、ドアの開く音が俺1人の幕間に終わりを告げた。


「あれ、芙蓉は?」


 先に戻ってきたのは、由樹の方だった。

 風呂から戻ってきた湯上りの状態で、演習のときにワックスで固めていた髪はいつも通りに戻り、少し曇った眼鏡を掛けている。

 もちろんゴーグルとマフラーはしていない。


 今日の模擬戦で気絶した彼だが、怪我は魔法で癒える範囲だったので、明日からの合宿にも参加する予定だ。


「電話を掛けに、どこかへ行った」

「もしかして女か」


 たしかに女には違いないが、あの態度は由樹が邪推するような相手ではないだろう。

 当の本人がいないので、すぐに興味を失った彼は、机のPCを起動しながら、明日からの荷造りを始めた。


「合宿の夜には女子からの呼び出しとかあるかな? 小粋な曲を流せるように、音楽機器も持って行った方がいいよな」


 今回の合宿は霊峰での行軍に、魔獣討伐、野営の設置に自炊とやることが多く、彼が期待しているような展開はありえない。

 あえて可能性があるとすれば、委員長が彼に恋慕しているように見えるが、由樹自身がまったく意識していないようだ。

 こういうのは外野が口出しすることではないので、そっとしておこきたい。

 そうこうしているうちに、由樹がとあるニュースを見つけてきた。


「ネットで話題になっているけど、第1公社のニホン支部がざわついているみたいだね」


 こうして、俺たちの何気ない夜はさらに更けていった。


 ***


 次は、

 たちばな 由佳ゆか(前衛・ブロッカー)

 2枚の盾を駆使する独特な戦闘スタイルに、土魔法によるカウンターも使う。

 どちらかと言うと重火器で武装した相手の正面制圧に向いているタイプだ。

 模擬戦では使わなかったが、2枚の盾は第3の盾を扱うための布石に過ぎない。

 蓮司と同じく、人を引っ張っていく魅力がある。


 草薙くさなぎ 胡桃くるみ(遊撃)

 四元素魔法の適正はなく、陰陽道が主体。

 式神とその応用の変化へんげ、そして隠遁からの脇差による刀術と、多彩だが決定打に欠けている。

 基礎はしっかりできているので、実戦の中で足りないものを磨くしかない。


 野々村ののむら 芽衣めい(後衛・サポーター)

 四属性全てを使えるが、詠唱は苦手で、触れた物質への付与魔法がメイン。

 戦況に応じて、杖とローブや靴の属性を切り替えることができる。

 攻撃魔法が使えないので、個人での課題やランキング戦では苦戦すると思うが、チームの力を何倍にも高めてくれる。

 戦闘で眼鏡をそのまま装着するのは珍しいな。

 他にも不可解な魔力を感じた。


 リゼット・ガロ(前衛・アタッカー)

 土をメインに火、風の3属性、さらに騎士としての修練を積んだイタリーの留学生。

 強烈な突進攻撃で、私の十八番おはこに風穴を開けてくれた。

 新人ランキング暫定2位に相応しい実力を持つ。

 一方、周りとのコミュニケーションに問題を抱えている。


 ***


 夜が更ける中、私は自室の机の椅子に座ってルームメイトと談笑していた。


「芽衣、冴島とは少しでも話せたか?」


 2組の委員長こと野々村芽衣は、無口というほどではないが、想い人に対して、自己主張が足りない引っ込み思案な子だ。

 好きな異性が同じクラス、ましてや同じ班になったのに、話すことすらまともにできていない。

 パジャマに着替えて、三つ編みも解いているが、アイデンティティ(?)の眼鏡は相変わらず着けたまま。

 髪を下ろしただけなのに、昼間より大人っぽく見える魅力的な娘だ。


「まったくこんな可愛い幼馴染がいて、冴島の野郎」

「でも冴島君は、地味な私と違って、いつもみんなの輪の中心にいたから」


 私が冴島君を責めて芽衣が庇うのは、この2週間で何度もあったやりとり。

 それにしても芽衣の中にある冴島由樹の像があまりにも美化されていて、クラスメイトの彼と同一人物とは思えない。


「それにしたって、幼稚園から中学まで同じクラスで、高校まで追いかけてきてくれる女子を気にかけないなんて……」


 このことを初めて聞いたときは、遊び気分で東高に入学するなんてと苛立ちを覚えた。

 しかしそもそも東高は、世界有数の超エリート校。

 この子が冴島君を追いかけるために、並大抵でない努力と覚悟をしたと考えると、なんて健気な子だと思ってしまい、今では完全に背中を押す立場。


 とりあえず、芽衣は進展なしか。

 今日はもう1人、気になる人物がいた。

 私の標的は斜め横に座る、銀髪に白い肌の少女へ切り替わった。

 彼女は無口だが、無関心ではない。

 口数こそ少ないが、しっかりと私達の輪の中に参加している。


「リズは高宮君に興味あるのか?」


 一気に鎌をかけたつもりだったが、当の本人に動揺の気配はない。

 昼食の後に姿をくらました時は、高宮君に会いに行ったと私の直感が叫んでいる。

 さらに演習場に現れた順番からも、的場君と冴島君ではなく、高宮君の可能性が高いと推察している。

 表情こそ変わらないが、彼女の頭の中ではどう答えればいいのか、考えを巡らせているのであろう。

 そして彼女の背後から、小さな殺し屋が迫る。


「リズちゃんは、高宮君のこと気に入ったみたいなのです」


 最後のルームメイトである胡桃が、リズを背後から抱きしめた。

 2人とも小柄な体格なので、こうしていると同い年の高校生には見えない。

 それでもリズはイタリーの騎士だし、胡桃は名門陰陽師の末裔まつえい


「胡桃……絶交」


 リズが小さく呟いた。


「あわわわ、嘘なのです。冗談なのです」


 胡桃があたふたしながら、必死に弁明している。

 一気に形勢逆転かな。

 今度はリズが胡桃の頭を撫で始めた。

 意外と可愛い者好きのリズと、人懐っこい胡桃は相性がいい。

 見ているこっちが癒される。

 むしろ尊い。


「よっし。明日のお弁当は男子達の分も作ろう」


 私の唐突な提案に、みんなはキョトンとしていた。

 明日からの林間合宿だが、初日の昼だけは各人で準備になっている。

 私達は早起きして、4人で一緒にお弁当を作る予定だった。

 幸い、寮の厨房と食材を使えるようにお願いしていたので、材料に困ることはない。


「芽衣、どうせ1人だと冴島にお弁当を渡す勇気なんてないでしょ。みんなからって言えば手渡しやすいでしょ」


 芽衣は顔を赤くしながら、考えている。

 彼にお弁当を手渡すシチュエーションでも想像しているのか。

 彼女が堕ちるのは時間の問題だ。

 そして次の標的に私はリズを選ぼうとしたが、思わぬ先制攻撃を受けた。


「由佳。的場狙い」

「的場さんはかっこいいので、仕方がないのです」


 そうよ。

 私が1人でお弁当を渡したら、クラスの女子から反感を買うけど、4人から男子達に渡せば問題ないでしょ。

 それにあわよくば、一緒に行動する凛花お姉様にも食べていただけるかも……


 クラス1のイケメンで、性格も紳士的な的場君。

 女子でありながら、運動神経抜群で誰にも屈しない凛花お姉様、私の憧れの人。

 あ〜もう、的場君と同じ班で、しかも凛花お姉様が引率だなんて夢みたい。

 待って待って、2人のどちらかを選ぶだなんて私にはできないわ。

 2人とずっと一緒にいたい。

 むしろ2人がくっついてしまえばいいのに。

 そうよ、2人がくっつけば丸く収まるわ。

 2人がくっついた上で、私が……

 あぁでもでも、最近は的場×高宮のカップリングも捨てがたい。

 ちょっとワイルドな的場君が、周りに対して1歩引いた高宮君を強引にリードするなんて最高じゃない。

 最高じゃない。

 私が妄想トリップしていると、


「分かっているのです。協力するのです」


 えっ、的場君にお弁当を渡すことだよね。

 この子は、幼い見た目と話し方だが、かなり頭が回る。

 ときどき私の妄想が見えているのじゃないかと、感じることすらある。


 結局、この3人には隠し事はできないかもしれない。

 そしたらリズが重大な問題を呟いた。


「誰が男子に、知らせる?」


 それもそうだ。

 出発は明日。

 男子の分のお弁当を準備するならば、その旨を今すぐにでも伝えておかないと、迷惑になってしまうかもしれない。


「言い出しっぺの由佳ね」

「由佳ちゃんなのですね」

「……由佳」


 なんでこういう時だけ一致団結して、私に押し付けるの。

 仲がいいのも考えものよね。


 結局、スマホのメッセージアプリで男子2人にまとめて送信した。

 そして夜がさらに更けていく。


 あれっ、9班全員と連絡先を交換したはずなのに、どうして冴島君のだけ入ってないのかしら。


 ***


 最後に、


 高宮たかみや 芙蓉ふよう(前衛・ブロッカー)

 基本は徒手空拳で、触れた相手の魔力を奪うことができる。

 固有魔法の性質上スロースターターだが、格闘スキルと身体強化はかなりのレベルだ。

 常に全力ではなく、実戦での駆け引きも心得ている。

 奥の手を隠していて、このメンバーの中で最も底が知れない。


 余談だが、紫苑自身が彼のことを気になりだしている。

 騎士の枠は残り2つ。

 もしかしたら将来、騎士として私達と肩を並べるかもしれない。


 ***


 夜が更ける中、俺は寮のバルコニーに出ていた。

 俺達の部屋がある2階の廊下から出、屋外スペースは、屋根が無くちょっとした庭園になっている。

 ニホンの4月の夜はまだ冷える。

 しかし周りに他に誰もいないので、電話を掛けるのに都合が良かった。

 夜空を眺めなら、スマホを耳に当てると、4か5回目のコールで繋がった。


「そっちは夜でしょ。寂しくてお姉さんにラブコールかしら。芙蓉君」


 電話の相手は、ステイツでの俺の上司にあたるフレイさん。

 多くのエージェントを束ねる組織のエリート幹部なのだが、俺に対してはいつもふざけた言動を口にしている。


「イタリーの騎士、リゼット・ガロについて調べてほしい」


 リズとは同盟を結んだとはいえ、完全に信用したわけではない。

 むしろ油断させておいて、真の目的が『俺の排除や、会長の暗殺でした』では済まされない。


「相変わらず冷たい反応なのね。お姉さんは寂しいわ。それでイタリーのリゼットちゃんだっけ、もう紫苑ちゃんから他の女の子に乗り換えるつもり?」


 相変わらず嫌な冗談だが、そんなやりとりから始まり、俺は今日の出来事を簡潔に報告した。

 リゼット・ガロからの情報によると、副会長の工藤凛花が土の精霊王に選ばれたが、契約せず生徒会役員の3人で撃退した。

 そしてイタリーの騎士団内部では生徒会役員を排除する派閥が主流で、リズの派閥はそれに対抗して3人を守るために俺に協力を申し出た。


「目をつけられていたのが、工藤凛花だったとは……」


 さすがのフレイさんもこれ以上、遊ぶことはなかった。

 ステイツの方でも土の精霊王がニホンに現れて、会長達が追い返したことは、把握していたらしいが、工藤先輩についての情報は無かった。


「その事件の後、すぐに第3公社の幹部が土の精霊王に選ばれているわ。精霊王も節操がないわね。目をつけていた愛娘に嫌われたから、すぐに次の相手を決めるだなんて」


 フレイさんの感想は別として、すでに第3公社は契約者を手にしていたのか。

 任務中に土の精霊王の再来の可能性を危惧していたが、当面は心配なさそうだ。


「とりあえずリゼット・ガロとの同盟に関しては、現場の判断に任せるわ。芙蓉君のことだから、簡単には信用しないのでしょうけど」


 当たり前だ。

 もしリズの目的が会長の暗殺だとしたら、俺が彼女に任せた隙に事を起こされる可能性だってある。

 いくら会長が最強であっても、無敵ではないはずだ。

 無敵じゃないよね……

 もしかして無敵かもしれない?

 いやいや、会長は何かに怯えているようだった。

 あの強さには、何かカラクリがあるはずだ。


「そうそう数日前、第1公社のニホン支部に侵入者が現れて、幹部クラスが1人やられたそうよ。東高も第1公社の管轄だし、何か不穏な動きを感じたら、警戒するようにね」


 公社の幹部クラスといえば、契約者候補や、公社傘下の魔法結社の頭主といった実力者。

 相性にもよるが、俺よりも格上で、フレイさんと同格といったところ。

 その幹部クラスを倒すということは、かなりの手練れがこの国で暗躍していることになる。

 まったく別件ならば構わないが、もし会長と関わっているならば、俺もうかうかしてられない。

 いろんな考えを張り巡らせていたが、フレイさんは勝手に会話を終わらせた。


「そう言えば、明日から林間合宿でしょ。イタリーの子にうつつを抜かす余裕はないと思うわ。それじゃあ紫苑ちゃんによろしくね」


 ちょっと待て。

 彼女は何か最後に不穏なことを言い残して通話を切った。

 こうしてフレイさんとの情報交換を終えた。


 予定よりも話し込んでしまい、すっかり身体が冷えてしまった。

 部屋に戻るとするか。


 スマホをポケットに入れようとすると、メッセージアプリの通知が出ていることに気がついた。

 明日から同じ班で行動を共にする橘からだ。

 内容を要約すると、女子4人がお弁当を作るので、明日のお昼の準備はしないようにだそうだ。

 そういえば女性の手料理というのは久しぶりな気がする。


 母さんはなんでもできたけど、味に関しては、ずさんだった。

 料理ができないわけではないが、栄養バランスがしっかりしていれば、味は気にしない人だった。

 今にして思えば、そもそも吸血鬼の味覚は人間と違ったのかもしれない。

 フレイさんは酒のつまみがあれば十分という典型的な駄目な大人だし。


 俺に好き嫌いはないが、素材の味を損なう調理法は許せない。

 結果として、物心ついたときから自分の食い扶持ぶちは、自分で確保していた。

 そのおかげで料理も人並み程度にはできるつもりだ。

 あれっ、なんだか泣きたくなってきた。


 本来、エージェントとしては他人の手料理を口にするのはご法度だが、合宿中に咎める人間は誰もいない。

 そうだ、これも任務の一環だ。

 由樹ではないが、俺も女子の手料理に、意味もなく期待してしまっていた。


 こうして夜がさらに更けていく。


 ***


 資料の整理が終わった頃に、私の部屋に枕を持った闖入者ちんにゅうしゃが再び訪れた。


「りんかちゃ〜ん。しおんちゃんが、明日の林間学校が楽しみで眠れないって、うるさいです」

「よしよし。もう寝るからな」


 結局、今晩は私が静流の担当のようだ。

 明日から2泊3日、私と紫苑はいないが、この子はこんな調子で大丈夫だろうか

 こうして夜が更けていく。

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