26羽 天使は微笑み騎士を癒す

 周囲の客達にもう一曲歌え、と言われて私は渋々、王都で何度か聞いた歌を歌って見せた。魂の回収に行った際に周囲の誰かが歌っていたもので、何度か聞くうちに覚えてしまったもの。

 歌い終わると先程と同じように、硬貨が飛んできた。

 私としては報酬に投げ込まれる金が欲しかった訳ではない。もう一曲歌わないと解放してもらえない雰囲気だった事と、カレルドの笑顔が見たかったから、という二つの理由があったからだ。

 席に戻る私を、カレルドは拍手で迎えてくれた。

「上手いもんだね。その道でも食っていけそうだ」

「無理だよ……。本職はもっと上手いもの」

 笑って誤魔化す。

 竪琴の腕に自信はあるけれど、やはりこういう物は心に響くものでなくてはならない、と思う。私には人の心の機微は分からない。酒場では通用しても、耳の肥えた人々は、見向きもし無いだろう。

「ごめん、俺が落ち込んでたせいで……」

「ん? 私が気分を変えるのに、ちょっと竪琴を弾きたかっただけ……、だよ」

 私の答えに、カレルドは黙って微笑みを浮かべた。


 私達は気持ちを落ち着けて食事をとると、女将に礼を言って店を後にする。

「思わぬ臨時収入になったよ」

 私は苦笑いしながら、硬貨の入った袋をカレルドに差し出す。

「これは、ファラーナが稼いだ金だ。この先使うかもしれないから大事にとっておきなよ」

「ううん、今まで色々とお金を出してもらってたから、その分だと思って。って言っても、ここにいくら入ってるか全然分かんないんだけどね」

 袋の口を開けてもいない。女将さんが集めてくれたものを、そのまま袋に詰め込んだだけだ。

 客を楽しませてくれた、と女将さんには感謝された。袋の中には女将さんからの心付けも入れてくれた。

「それじゃ銅貨ばっかりで重いだけ、ってこともあるわけか?」

「さあ……。宿に帰ったら数えてみる?」

 私としては、お金を稼ごうと思ってやった訳では無い。少しでもカレルドの気持ちが晴れてくれれば、と思っただけのこと。

 店を出るときには、女将さんから無理矢理竪琴を渡されそうになったが、全力で断って逃げてきた。気持ちはありがたいが、荷物を増やされても困る。


「ファラーナ、ありがとう」

 横を歩いていたはずの、カレルドの声が後ろから聞こえた。

「ん。明日からは道中気をつけないとね。よろしくね、私の騎士様!」

 足を止めず、すぐに追いつけるようゆっくりと歩く。

「……あ、ああ、明日は国境近くの街か、王都寄りの街か。どちらかにするつもりなんだが……」

「国境付近なんて、危険しかないでしょ」

 私が堕天する前の状況では、国境付近の街が襲撃されたという事実は無い。

 帝国にも思惑があるのだろう、そこそこの規模の街を無傷で手に入れたいと思っているのか、制圧に回す余力が無いのか。だが、この数日で、いや、今後を含めて攻撃対象とならないとは言えない。

「安全な方がいいか」

 僅かに悩む様子を見せたものの、カレルドは決断した。

 リンフォス村まであと少し。カレルドの表情が強張るのを私は見逃さなかった。


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