23羽 役立たずの天使と愛しい涙

 膝をつき子供のように泣きじゃくるカレルドを見ていられず、私は彼の頭を自らの胸元に抱き寄せていた。

「俺は、大事な人たちを……身近な人達を守ろうと思って騎士になった。けれど……何も……何も守れなかったのか……。何もできなかった。何も……」

 悲痛な叫びと嗚咽が、カレルドの口から漏れる。

 こうなる事は、私には分かっていたはず。けれど、今この時になるまでどうしたら良いのかという事を考えていなかった。どんな言葉をかけて良いのかさえも分からない。

 私は何と愚かなのだろう。情けなくて悔しくて涙が出てくる。自らにぶつけるしか無いやり場の無い怒りに、思わずカレルドを抱きしめる腕に力がこもる。

「震えているのか……?」

 カレルドが不意に漏らした言葉に、私は動揺する。私自身がその事に気付いていなかった。


 人が死んだから?

 自分が死ぬ事が怖いから?

 違う。

 それは怒り。苦しむカレルドに何もできぬ自分自身の不甲斐無さに対する呆れ。そしてそんな自分が見放されてしまうかもしれない、という恐れ。

 

 私は彼を受け止めるつもりで居たのに、何の役にも立っていない。何のために村に一緒に行くと言ったのか。

 彼はきっとこの後、村の惨状を見に行く、と言うだろう。

 蹂躙され焼き尽くされた村に価値があるわけではない。道中はともかく、何も無くなった村に危険があるとは思えない。だが、余りにも凄惨に過ぎる現状を見たとき、彼はどう思うだろう。

 きっと彼が思い描いた風景は何処にも無く、住んでいた当時を思い起こさせる手がかりすら残っていないに違いない。

 私が見たのは完全に焼かれ、崩れた家の残骸と、無残な死体。緑の植物など無い。畑も家畜も何も無い、ただ虐殺され、略奪され、全てが破壊され焼き払われた「村だった」痕跡があるだけ。

 それを見れば、今以上にカレルドは絶望の淵に立たされるに違いない。その時、私は彼を支える事が出来るのか。今でさえ、何の役にも立たない存在であるこの私が。


「ファラーナ……ありがとう……」

 カレルドの言葉に自らの耳を疑った。

「私は……私は貴方に何もしてあげられていない。お礼なんて言われること何もして無いよ……」

「いや、多分……一人だったら、話を聞いたときにどうなっていたか分からない。ファラーナが傍に居てくれたおかげで、俺は完全に自我を手放すところまでいかずに済んだし、抱き締めてくれたおかげで、少し落ち着くことができた」

 カレルドはゆっくりと立ち上がり、ふわりと私を抱き寄せた。

 少々驚いたが、涙でぐしゃぐしゃになった顔が愛おしくて、私も腕を回して抱きしめる。一緒に「大好き」という言葉が思わず口から出そうになり、慌てて飲み込んだ。

「ジェマさん、俺は村を見に行きます。何か生きている人たちの手がかりがあるかもしれませんし……」

 カレルドは自らの袖で涙を拭うと、意を決したように力強く言った。

 それは、私が予想していた言葉だった。

「ああ、そうしてくれるかい?」

 残った何かを見つける。そう約束し臨時の連絡先を聞くと、私達はジェマさんと別れた。

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