22羽 悲しみと涙と天使
「カレルドじゃないか!」
不意に声をかけられた。
カレルド自身も、こんな場所で自分の名を呼ばれるとは思っていなかったようで、少々驚きながら声のする方へ振り向いた。
「ああ、ジェマさん!」
カレルドの表情が緩む。
私はその様子を横目で見ながら、半歩離れて様子を伺う。
「どうしたんですか、こんなところで」
「どうしたも何もないよ、あんたもよく無事で……って、あんたは騎士になったんだっけね」
「はあ……」
中年の女性は心なしか、ほっとしたような表情を浮かべたように見えた。その裏側にあるものは何だろうか、それはきっと考えるまでもない事。
「こちらは、ジェマさん、リンフォス村の実家のご近所さん」
私の懸念を知って知らずか、中年女性の事を紹介してくれた。
多分それどころじゃない。そう思いつつも私は頭を下げる。
「私はファラーナです。カレルドさんに助けて頂き、家族の下に送ってもらう途中です」
「そうかい、あんたも大変だったんだねえ」
「あ……いえ……」
嘘をつくのが心苦しい。きっとこの人は……。
「カレルド、落ち着いてよく聞きな」
ジェマさんは、カレルドの手を取り、瞳を見つめる。
「リンフォス村は帝国に襲われて壊滅した」
「え……」
カレルドの顔が色を失う。私の告げた事で少なからず覚悟はしていたのだろうが、それでも望みを捨てていなかったのだろう。
「私らは森の小川に魚を取りに行っていたので、難を逃れたんだが、火の手が上がるのを見て慌てて近くまで行ったら、逃げてきた人と会ってね。戻るな、って言われて森の中に潜んでた。夜になって戻ったら、そこはもう酷い有様で。残っていたものかき集めて、必死でここまで逃げてきたのさ」
「他の人達は……」
「村には死体がいくつも転がっていた。誰かも分からないものも有った。そこには生きている者は無く、地獄のようだったよ。運よく逃げることが出来た人がどれほど居るかね」
ジェマさんは大粒の涙を流して泣き崩れた。
彼女の家族や知人達もきっと、それに巻き込まれたのだろう。私が彼女にかける言葉など有るはずもない。見知らぬ娘に何を言われたところで、苛立ちと悲しみを募らせるだけだ。
それでも、この人は私に「大変だったね」と言ってくれた。その優しさが辛い。私に今できる事があるとすれば、この人と一緒に泣く事だけだった。
現実は幻想と希望に牙を向いた。カレルドは震える手のやり場に困りながら、拳を握り締める。
私はその拳に両の手を添え、悲しみを受け止めようと自分の胸にあてた。
「カレルド、貴方も泣いていいんだと思うよ」
カレルドの頬を大粒の涙が伝い、私の心を締め付けた。
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