20羽 天使は口を滑らせる

 魔法による治癒後も、やや二日酔いの残る状態で朝食をとると、すぐにハイラ村を発つ事になった。

「顔色悪いけど大丈夫? 飲みすぎ?」

「大丈夫ですよ!」

 はい、二日酔いで、さらにその解消のために魔法を使ったので疲れています。とは言えない。朝食も、あまり喉を通らなかったが、無理をして押し込んだので、余計に具合が悪くなった気がする。

「次の街までは結構距離があるから、早めに出ないとな」

 私の具合を知ってか知らずか、カレルドは荷物を担いで宿屋のカウンターへと向かう。

「途中に村とか人家とかないの?」

「あるにはあるんだが……。あ、部屋、ありがとうございました」

 宿泊料金の後金にチップを加えて終えて宿の主人に礼を言う。

「何処へ行くんだい?」

 主人が問いかける。その表情は憂いを含んでおり、私を少し不安にさせた。

「東へ。ハラルの方です」

「そうかい。そっちは何かキナ臭い話を耳にするようになった。気をつけて行きな」

「……はい」

 素直にそう答えたカレルドだったが、やはりその顔には動揺が見えた。


 戦場があの後どうなったのか、私にも知る術はない。けれど、帝国に一矢報いたい連合軍が攻勢に出ていても不思議は無い。これから向かう先は死地なのだろうか。

 もしかすると戦場に行けば、魂を集めるヴィオランダーが居て、私の持つ魔将軍の魂を回収してくれるかもしれない。では、回収されたあと、私はどうなるのだろう。不浄な魂を天界に持ち込んだ罪を許され、元に戻る事ができるのか、それともこのまま変わらず人間として暮らしていくしかないのか。そうしたら……私はひとり? それとも……。

「……カレルドは、私が邪魔じゃないのかな……?」

「え?」

 思わず口にしてしまった言葉に、カレルドが反応する。

「いや、邪魔だなんて思っていないよ。もしかしたらこれから戦場かもしれない、という不安がある。一人だったら押しつぶされて、砦に戻るという選択をしていたかもしれない」

 意外な言葉だった。

「ごめんなさい、考え事をしていたらつい……」

「そんなに邪魔そうにしているように見えたか?」

「ううん、そうじゃないんだけど……」

 私はその言葉の先を続ける事ができない。

 カレルドは馬に鞍を載せると、すぐに跨り、私を引き上げる。

「確かに戦場だったら、君を守りきれる自信は無い。けれど、こんな状況だから一緒に居てくれる分、心強いよ。俺こそ、君が途中で居なくなるかもしれない、と思っているけど」

「なんで?」

「君は王都に帰るんだろう? だから俺と居るのが嫌になったら、どこかの村や街で別れればいい」

 カレルドの腰に回した腕が、強張る。

「貴方は、私に気を使ってくれているの? そんなのいらない……私は貴方しか頼る人の無い身。ちょっとやそっとじゃ逃げません」

「ああ、悪かった。じゃあ、これから距離のあるような話し方は止めて、今のように話してくれるか?」

 感情のまま口にし、言葉遣いも気にしていなかったことに、カレルドに言われるまで気付いていなかった。

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