17羽 天使の全力
まだ寒いこの時期に、熊が出るはずがない。そう考えていた私は甘かった。
私達が通り過ぎた直後に、木々の擦れる音が聞こえたので、慌てて振り向くと、背後に熊が現れていた。
「カ……レルド……」
「ん?」
「くくく……熊が……」
慌てすぎて上手く喋れない。
私の様子がおかしいと思ったのだろう、カレルドは僅かに体をひねり、後ろを見た。
「おぉぅ!」
カレルドは驚きの声を上げると、急いで馬の腹を蹴って手綱をしごく。馬はそれに応えて速度を上げるが、二人乗りの馬など、熊が本気で走れば追い付かれてしまうに違いない。
案の定、熊は私達を追って迫ってくる。
(どうにかしなきゃ!)
そう思いつつも、いい手立てなど考え付かない。
「カレルド、良い方法有る?」
「無い! 逃げるか、降りて戦うかだ。あとは弓だが、この状態じゃ無理だし、馬に慣れてない君じゃあ落馬してしまう」
うん、間違い無く落ちると思うけどね、そんなにハッキリ言わなくても良いんじゃない? 少し腹が立ったが、おかげで冷静になれた。
魔法を使おう。封印されているとは言え、全力で使えば、多少は役に立つかもしれない。
ちなみにこの世界では、魔法は一般的ではない。使用できる人は稀で、使えるだけで驚かれる事もある。もし私の魔法が封印されていなかったとしたら、きっと大魔法使い扱いされる事だろう。
「フォリアス・ディアラ・スティングル……大気を舞う風の力よ、大地の息吹よ、我が意志に従い、混ざり合いて土の嵐となれ!」
カレルドに聞こえぬよう小さな声で詠唱すると、私の精一杯の魔法が完成する。
馬が巻き起こす風と、蹄の巻き上げる土が私の魔法で一体となり、小さなつむじ風に変化する。その僅かな力で飛ぶ土が、熊の目潰しの役割を果たした。
「ウグァー!」
熊は悲鳴を上げて立ち上がると、頭を振って目の痛みに抗う。もう、熊には私達の姿は見えておらず、もがきながら立ち止まり追って来る様子は無かった。
「ふぅ……」
熊との距離が離れていくのを確認すると、私は安堵し、大きく息を吐いた。
「カレルド、もう大丈夫」
逃げることに集中していたカレルドだったが、私の声に反応すると、後ろを振り返る。
「熊はどうした?」
「うん、馬の蹴り上げた土が目に入ったみたい」
私は半分だけ嘘をつく。私が魔法を使った事は言わないでおく。
小さなつむじ風、それが今の私の全力の魔法。その現実に、私はため息をつきたくなった。
「良かった。自分ひとりなら何とかなったかもしれなけど、ファラーナに怪我させる訳にいかないからな……」
後ろに振り向く事なく、カレルドは言った。
「え? 心配して気遣ってくれたんですか?」
私は笑顔で聞き返す。
「いや、同行者が怪我したら困るだろ?」
振り返らずに答えるが、後ろから見ていても分かるくらい、照れて赤くなっているのが分かる。嘘をつくのが下手だな、と失笑しそうになる。だけど……。
(ありがとう……)
私は腰に回した腕を強く締め、抱きつくように体を寄せた。
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