16羽 馬と空と天使
私の慌てふためく様を見た後、笑いが止まらないままカレルドは私を連れて隊長の部屋へと向かう。とりあえず、私の別れの挨拶も兼ねていたのだろう。
手短に報告と挨拶を済ませると、荷物を背負い、厩へ急ぐ。
「今度は、本当に出発だ」
私をからかうように言うと、カレルドは笑った。
その顔は心の底からの笑顔ではなく、何かに怯える心を隠すためのものだという事が私には分かる。これから向かう先への恐怖か、それとも迫り来る戦争の影か。
手を伸ばせばそこに居るのに、触れたら壊れてしまいそうな二人の距離では、その心を支える事はできない。もっと近くへ、もっと深くへ。「あなたが好きです」と言える距離まで。
馬の背に乗ると、カレルドの腰に手を回し、ぎゅっとしがみつく。
彼の背中は大きく、防寒具の上からでも暖かさが伝わってくる気がする。叶わない想いでもいい、今はこうしていたい。昨日漠然と思っていた事が、自分の気持ちに気付いた今、抑え難い衝動になって私の心を揺らす。
「さあ、行こうか」
私の心など知る由も無く、カレルドは短く告げると馬の腹を軽く蹴る。その合図を受けて馬はゆっくりと歩き出し、砦が少しずつ遠ざかる。
「はい、よろしくお願いします……」
ここから先は二人だけの旅だ。
嬉しい? もどかしい? 恥ずかしい?
自分の心に問いかける。どれもが正しい。けれど結局、最後の応えは「怖い」だ。そう、カレルドが戦争に巻き込まれ死んでしまう事が怖い。私から離れていく事が怖い。別れが待っているかもしれない事が怖い。
二人で居る事が嬉しいし楽しいはずなのに、良い結末を迎えるという未来が見えない。
「何でそんなに震えているんだ?」
「え?」
自分の思考の中に埋没していたのだろうか。出発したばかりで、何を後ろ向きな事ばかりを考えていたかと、少し反省する。
「ん、なんでもないです。ちょっと寒かっただけ。上着の紐を締めれば大丈夫」
嘘で誤魔化す。
「うん、ならいい。今日は途中の村で一泊する予定だけど、到着が夕方になると思うから、覚悟しておいてくれ」
「はい」
戦争の影に心を乱すカレルドを支えなければならないのに、私は何を自分の中で迷って恐れているんだろうか。私は腰に回した手を片方離し、上着の紐を締めるふりをして自らの頬を強くつねった。
「この街道は森に面しているから、道中は狼の群れや、熊が多く出る。極力逃げるつもりでいるけど、戦わなくてはならないこともあるから、覚悟しておいてくれ」
今更な言葉に、私は空笑いするしかない。私が森に落下した時に、良く襲われなかったものだと呆れるばかりだ。
襲われていたら死んでいただろうか。いや、そもそも天使である私は死ぬのだろうか。怪我をして血を流した事実はあるとは言え、人間との境界線はどのあたりなのだろか。今後の事を思うと、生死はともかく、その他の事は早いうちにはっきりさせておいた方がいいのかもしれない。
先を思うと憂鬱で頭が痛くなり、私は空を見上げた。
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