14羽 天使は闇と語らう

 食事を終え部屋に戻ると、湯で濡らした布で体を拭き、買ってきたばかりの着替えに袖を通す。少し落ち着こうとベッドに座ると、突然昼間の疲れがやってきた。

 小さくため息をつき、頭の中が空っぽにする。すると、暖炉の炎がゆらめきながら眠りに誘い、窓の外に広がる夜の闇が私に語りかける。

 明日お前が向かう先は、人々の死体が転がる戦場だ。そしてお前は死に、この闇と同化するだろう、と。

「あの人はどうなるの?」

 私は問いかける。

「あの人とは誰だ?」

 闇が静かに問う。

「大切な人」

「大切な人とは誰だ?」

 私の答えに、闇は再び問う。

 虚ろになる私の世界。何が現実なのか、私は夢の中なのか、その境界は定かではない。思考も曖昧になっていく。

「あれ、誰の事だろう。一緒に居て何だか嬉しくて、触れたら心まで温かくて、その人が泣いたら私も悲しい……そうだ、それはね、カレルドという人なんだ」

「それはお前の大切な人か?」

「たぶん、そう。あの人が居なくなったら、私は悲しい……。そうか、私は……」


 パチン、と暖炉の薪が弾けた音で、私は現実に引き戻された。

 私が見ていたのは夢だったのだろうか。それとも誰かと話していたのだろうか。曖昧な感覚が眠気によるものだと自覚するのに時間は掛からなかった。

 けれど、私は今、大事なことに気付いたのではなかったか。

 そうだ、私は……。

 ようやく自分の気持ちに気付いた。

 有り得ないはずだった。そんな事はないと、心の中で否定してきた。けれど、もう自分に嘘はつけない。

「私は……、カレルドが好き……なんだね……」

 これが恋というもの?

 顔が好みだとかそうじゃないとか、口で理論的に説明出来るものではなく、こんなにも感情が揺り動かされるような、止められない衝動だったのか。

 けれど……、婚約者がいるあの人は、その人が生きていると信じる限り、私を恋愛対象として見ることは無いだろう。突き付けられる事実に胸が苦しくなる。

 その人が死んでいてくれれば、などと考えるのは、天使として許される事ではない。そう、私は堕天使で、あの人は人間。そもそも相容れない存在ではないか。

「あれ……?」

 手に滴が落ちた。

 それを見て初めて、自分が泣いている事に気付いた。

「なんでこんなに悲しいの?」

 とめどなく流れる涙に戸惑いながら、私は上を向く。

「なんでこんなに……」

 誰も答えてくれない。闇も炎もそこに在るだけ。静かな夜が私を包む。

 それでも……。それでも私はこの地上で生きて行かなければいけない。この気持ちを抱えたまま。ならばいっそ、死んでしまおうか。

 虚ろな目で、カレルドから渡された小剣を見詰める。

 ……違う!

 この剣はそんな事に使う物ではない。私は……この剣で戦うんだ。どうせ死ぬなら、彼を守って死ねばいいじゃないか。そうだ、私は彼を守るんだ。

 自分に言い聞かせた。

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