11羽 悩める天使

 私は冷静になろうと、買った品物を受け取ると、急いで店を出る。

 大きく呼吸をすれば、落ち着くはず。そう思って、吸って吐いてと繰り返す。何度目かでようやく落ち着いた頃に、カレルドが店から出てきた。

「さあ、次行こうか」

 カレルドの存在に全く気付いておらず、後ろから声をかけられた事で飛び上がるほど驚いた。恨めしげに顔を見たが、その瞬間にまた変な感覚が襲ってくる。この気持ちは何だろう。

 私は慌てて目を瞑り、首を振った。

「なにしてんだい?」

 言葉の後に笑い声が聞こえた。少し腹が立ったので、足を踏んでやりたかったが、我慢をする。

 しかし、視察という割にはただの買い物でしかない気がする。これで大丈夫なのだろうかとカレルドの方を見る。

「買い物だって立派な視察だよ」

 私の心を見透かしたようにカレルドは言う。言っていることが信用できないとばかりに、眉をしかめる私を見て、カレルドはため息をついた。

「言い訳でも何でもない、買い物ってのは物価を知ることになる。物価が上がっているということは?」

「生産や仕入れ、輸送に問題が有るということ?」

「良くできました」

 笑顔で私の頭を撫でる。嬉しいような嬉しくないような。むむむむむ……。


「こういう村はね、外部からの人が来ない限り、犯罪もほとんど無い。賊の類も、近くに砦があって守備兵が居るのが分かってるから、この辺をねぐらにはしないし、村を襲う事も無い」

 なるほどね。よく分かってらっしゃる。どうせ馬鹿にされるのだ。私は横でうんうん、と頷くだけにしておこう。そもそも天使である私に、人間社会の常識など分かるはずも無いではないか。だが、そういえば……。

「戦争の影は迫ってきていない?」

 私が思わず口にした言葉で、カレルドは動きを止めた。

「供給が滞っている物があるらしい……」

 小さい声でそう呟くと、カレルドの拳が震えた。

「君の言葉が嘘であって欲しいと思っていた。この国が戦火に晒されているなんて信じたくは無かった。けれど、東の方からの品が届かないと言う。東に有るものといえば……ハラル平野だ」

 怒りだろうか、それとも恐れだろうか。カレルドが普段見せる優しい顔が、そこには無い。その顔を見ていられず、私は思わず彼の拳に手を添えた。

「……ああ、すまない……取り乱してしまった。砦に戻るまでは冷静でいようと思っていたんだ。……でも、君がいてくれたおかげで、心の内側を村の人たちに見せずに済んだ」

 結果的に私が彼を助ける事ができた?

 彼を支えたい?

 思い上がるな。今の私は何の役にも立たない存在だ。


 カレルドは気持ちを入れ替えるためか、両の頬を自分で叩くと、私に向き直った。

「さあ、もう少し回ったら帰ろうか。せっかく服も買ったんだし、いつまでもその格好でいるのもなんだろう? その……服のサイズが合ってないみたいだし」

 どこのサイズだ。そんなの着替えたときから知ってるよ。気にしてるんだから放っておいておくれ。

「カレルドさんは豊満な方がお好きなんですか?」

「な、何を言い出すんだ、急に!」

 赤くなって慌てている。豊満じゃない私からの仕返し成功だ。

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