3羽 堕天使だと隠すこと

 途方に暮れていた私を保護したのは、カレルドという名の青年だった。

 青年は騎士で、私の見た砦に駐在していると語った。

 人間の年齢で18歳くらいだろうか。茶色い髪と、爽やかな顔。優男に見えるが、騎士らしく筋肉もしっかりとついている。一般的に言う好青年の部類に入る。


「なんであんな場所にいた?」

 カレルドは強い口調で言った。

 彼は恐らく、何かが木に落下したのを見て、調査にやってきたに違いない。

 こんな森の中で傷だらけ。どう言えば誤魔化せるだろう。

 軽装で荷物らしい荷物も無い。武器も無い。近くに民家はあったが、例えそれが村だったとしても、そこの人間だとは言えない。砦の位置からすると、そこの住人とも面識があるだろう。

 何の手も無いことはすぐに分かる。できるだけ、見破られないような言い訳にしよう。


「旅をしておりましたが、怪物に追われて仲間とはぐれ、荷物を無くしました。方角を失って、高い木に登り周囲を見渡しておりましたが、誤って足を滑らせ……」

 そこまで答えたところで、自分の置かれた惨めな境遇に、涙が出てきた。

 カレルドは私の涙を見たのだろう、私から目を逸らした。

「砦に連れ帰るが、出て行くまでの間、少し不自由になるぞ」

 突然現れた怪しい娘だ。このまま独房にでも入れられるのだろうか。

 翼が有っても使えない。魔法もまともに使えない。

 今の私は人間と大差の無い存在。まともに生きる術も無い分、それ以下かもしれない。


「そんなに傷だらけなのに、歩かせてすまんな」

 その気遣いが、今の私には突き刺さる。

「大丈夫…」

 涙で滲んだ声が、余計に自分を惨めにする。

 この先どうしようかと考えるよりもまず、今日どうなるのか、それさえも見えない。

 森を抜け、街道を少し歩くと、砦に到着した。

「カレルド戻りました」

 小さな門は開かれ、私達は薄暗い砦の内部へ。

 石造りの砦は、外の光を遮り、ランタンでそれを補っている。階段は思わず足を踏み外してしまいそうな程だ。


「隊長、確認して来ました。特に異常はありませんでした」

 カレルドが敬礼した相手、隊長と呼ばれた初老の男は私に視線を移した。

「この娘さんは?」

「あの木の近くで怪我をしていたので保護して参りました」

「名前は?」

 どう名乗ろうか。一瞬迷った。

「ファラーナです」

 天界での名と同じであっても困る事はないだろう。偽名を使い、その名を呼ばれて気付かない事があったら、怪しまれる。

「何故そんなところに?」

 カレルドは私の嘘をそのまま隊長さんに伝えた。

 天使のくせに嘘をつき、何もできない、どこへも行けない悔しさに、涙が溢れて止まらない。

 その涙が、途方に暮れていた旅の娘のものに見えたのだろうか。

「カレルド、お前に一時預ける。空き部屋を与えて世話をしてやれ。怪我が治れば、また旅もできるだろう」

「はあ、私が、ですか?」

「年の頃も近いから気兼ねしなくていいだろう? 私には娘がいるが、折り合いが悪くてな」

 隊長さんは頭を掻きながら、苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る