第24話 突如豹変する剣聖乙女

 ……多少想定外のことは起こったけれど、遠征の支度は恙なく進んだ。服を買い、旅の道具も買い、後は呪われし相棒を手元においておけばいい。根無し草とは気楽なものだ。


 明日の出発日には、基地長のフェリと作戦司令のチリンによる説明があるとのこと。フェリはともかくとして、チリン……昨日偶然出会ったあの少女。ほとんど俺と同い年くらいに見えた彼女が、戦争の中心にいるというのは何となく現実感がなかった。どことなく気弱そうな雰囲気の彼女に、そんな大役が務まるのだろうかと、余計なお世話かもしれないが心配してしまう。とはいえ、俺が悩んだところで何ができるわけではないのだけれど。


 ベッドに横たわってウトウトとしていると、あっという間に夜が明けて、集合時間がもうすぐそこに迫っていた。俺は新しく買ったトラベルケースに必要最低限の物品を詰め込んで、例の中庭へと急いだ。


「あっ、来てるね」


 オスローは既にその場にやって来ており、俺の姿を見つけると二ヘラと笑って手を振ってきた。彼女の立っている近くに人はいなかったけれど、数メートル離れたところで警備部の隊員たちが輪を作るように取り囲んでいて、奇妙な光景である。輪の中にはモラートの姿もあった。彼の表情の歪みっぷりを見るに、"十二剣聖"を前にして凄まじく興奮しているのは遠方からでも分かった。


「毎回こうなんだよね。怖がられているのかなあ……」


 オスローは少し呆れたような表情で、彼女を包囲している人々を眺めまわす。


「お前はエントリアで一番偉い人達なんだろう? そりゃあ、畏れ多くて近づけない奴だって中にはいるんだろう」


「でも、君は気にしないで近寄ってきたじゃない」


「そりゃあ、まあ……俺はエントリアの文化なんて知らないし」


 そういうと、オスローはハハハと軽やかに笑って、「まあそうだよね。だけど、その方が楽でいいな」


「……しかしなぜ、君がこの作戦に同行を? リースさんが言っていたが、こんな小規模作戦に"十二剣聖"が二人も参加するなんて異例のことだって」


「うん、確かに珍しいね」オスローは目を閉じて頷く。「……実のところ、私にも理由はよく分からないんだ。アメリア様が、どうしても君のことをサポートしろって聞かないんだ」


「アメリア……様が?」確かに、リースの読み上げた指令所の差出人はアメリアであった。


「そうなんだ。……君に関して、何か思うことでもあるのかな? それとも今回の作戦、単なる小競り合いで片付くような話ではないとか? うーん……」


 俺に対して、過保護なまでの戦力を派遣する。俺は若干の違和感を心の奥底で感じてはいたのだけれども、それよりなにより、オスローが一緒についてきてくれるという安心感の方が遥かに勝っていた。呑気に旅支度など整えていたけれど、俺はこれから戦争に赴くのだ。負傷や死が当たり前の現実として存在する空間。ややもすれば、俺がこの警備部の白い建物を目にするのも、これが最後かもしれないのだ──まあ、まだそれほど愛着があったわけではないけれど。


 俺の心には、拭いきれない不安感が巣くっていた。けれども、オスローが付いてきてくれるのなら、これほど頼もしいことはない──俺は業火の前で真っすぐに前を見つめている彼女の勇姿を思い出していた。"三大悪"とやらがどれ程の相手なのかは分からないが、あれほど絶大な力を示した彼女が後れを取るとは思えない。俺は全くの無根拠ながら、奇妙な安心感を覚えていた。


「まあ、どう展開するにしても、きっと今回は大丈夫でしょう。今回はチリンちゃんも一緒だしね」


「チリン・ベルコート……」俺は確認するように名前を呟く。


「ええ、そう。彼女、とっても強いから大丈夫だって」


「そうなのか? 本当に?」


「ええ、そうよ。確かに"十二剣聖"の中では一番新入りだけど、それ相応の力は持ってるから……あっ、噂をすれば、彼女が壇上に上がったみたい」


 ふと視線を向ければ、いつの間にか壇上にチリン・ベルコートが立っていた。俺とオスローは他の隊員たちと同様、駆け足で壇の傍に近寄って、彼女を見上げた。壇上の彼女は堂々とした顔つきであり、公園で見た気弱そうな雰囲気はどこかに霧散している。


「えー、大体集まったか? これからチリン様に、我々への叱咤激励の言葉をお願いしている。心して拝聴するように」


 気難しそうな表情のフェリがそう説明を加えて、拡声器のマイクをチリンへと手渡した。チリンはマイクを受け取ると、大きく息を吸って、吐いた。それから……、


「……おはよう、警備部諸君!!! 気合入ってるか? ああん?」


……耳が痛くなるほどの大声での大絶叫である。


「……返事はどうした? ああ!! 気合入ってんのか?」


「おおおおおー!」隊員たちも負けじと絶叫。


「なんだあ? それが全力か? 気合が足りてねえんじゃねんのか? もう一度!!! 」


「おおおおおおおおおお!!!」今度は俺も全力絶叫。


「……ごほん、よろしい。これから貴様らは、東部基地での敵襲に備えることになる。敵はリーベルン、しかも今回は、あのうっとおしい"三大悪"の連中もおまけつきだ。危険な戦いになるだろう。……しかし! 私はお前たちのことを信じている。普段の修練と研鑽、十二分に生かして、エントリアを守り抜くことだ。撤退は絶対に許さん! 全力で連中を叩きのめせ! 分かったか!!! 返事!!!!!」


「了解!!!!!」全員が一斉に敬礼の姿勢を取る。チリンは俺たちの様子を眺めまわすと、満足げな表情で壇上を降りた。


 ……誰だあれ。本当に彼女は、俺が公園で話した人と同一人物なのか? 本当に? 俺は自分自身の記憶が俄かに信じられなくなったのだけれども、オスローは能天気な顔で、


「ね、強そうでしょ?」


と俺に耳打ちをするのであった。

 

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