第12話 憩いの広場
見知らぬ人の前に出ていって、突然歌って度胸試し。ジャンケンをした結果、私は三番手となった。
ルールは単純明快。面識もないプレイヤー達の前に何の前触れもなく姿を見せて、恥ずかしがらずに一曲歌えるかどうか。その度胸があるのかどうか試す勝負。
それから、どれだけの見物人を足止めできるか、歌唱力も勝敗の対象とすることに決定した。
「人前で歌う事なんて、最近は飲み会の二次会ぐらいでしか機会が無かったしなぁ。まぁやってみるか」
そう言って一番手のレッドが勝負に出た。彼が歌うと決めたというの場所は、現状最高難度と言われているダンジョンの前にある広場。つまり、そこを通るような人達は攻略組と呼ばれているトッププレイヤーだ。
歌うときは一人で出ていって、見物人の注目を集めて歌い終わったら合流して皆で結果を採点する、という流れ。
「お、スゲェ! 歌ってるよ」
ブルーが手を叩いて嬉しそうに声を上げて笑いながら、一人で歌っているレッドの度胸を称賛している。
「ここまでハッキリと歌声が聞こえてくるわ。次は、私がアレをやらないといけないのね……」
かなり離れた場所に立っているが、レッドらしい力強い歌声がハッキリと聞こえてくる。その様子を緊張した面持ちで見守っているのは、二番手のティティアナ。
「素通りされてるな」
「いや、何人か立ち止まってるみたいよ。いや、笑われてるのかな?」
ヴェルとエリノルが、遠くから見える状況を説明してくれる。確かに、レッドの目の前に三人ほど立ち止まったプレイヤー達が居る。怒っている感じは無いし、笑って楽しそうにしている。
「懐かしい曲だなぁ」
「フォルトゥナちゃん、知ってる曲?」
レッドの歌っている曲は、昔のロボットアニメソングだ。聞き覚えがあった私は、思わず懐かしいと呟いた。その声に反応したエリノル。
「昔やっていた有名なロボットアニメの曲ですよ」
「お、よく知ってるな。もう何十年も前のマイナーなアニメなのに」
マイナー? そんな筈はないのに、と思った瞬間に理解した。
「あ!」
ブルーの指摘に、ヤバいと思った。それは前世の記憶で、今の私が知るはずのない知識だったから。よくよく考えたら、確かに何十年も前の曲だ。
「い、いえ。父親に教えてもらったので、知ってました!」
「へぇー、フォルトゥナの親父さんは熱心なアニメファンだなぁ。あんな、昔の作品を娘さんに布教するとは」
「そ、それよりもレッドさんが歌い終わりそうですよ」
私は慌てながら、話題を変えようと思って皆に言う。丁度、曲の終わりに差し掛かっていたので、皆の興味をレッドさんに向けることによって、なんとか誤魔化す事に成功した。
いやー、まずい、まずい。別にまずい事では無いのかな。変に焦ってしまったが、深呼吸をして私は落ち着きを取り戻す。
「ホントだ、歌い終わったかな」
「行こうぜ」
レッドの度胸試しチャレンジが終わった事を確認してから、五人で結果を確かめに向かう。彼に近寄っていくと、見物人と楽しそうに会話をしていた。
「またお前は馬鹿なことをやってんのね」
「まぁね。案外、楽しいぜ」
見物人が、レッドと友人のような感じの親しげな口調で会話をしている。
「今度また、一緒にダンジョン潜ろう」
「いいね、予定空けとくよ」
「この前のダンジョンに潜った結果、まとめ終わったから報告書はメールで送っとくね。確認お願い」
「了解」
歌い終わったレッドは、足止めした三人の見物人と話し込んでいた。どうやら彼らは知り合いのようだった。私達が近づいていくのに気付いた彼は、それじゃあな、と言って3人パーティーと別れる。
「なんだ、顔見知りだったのか」
「たまたま、偶然通りかかっただけだって。俺が呼んだわけじゃないぞ」
ブルーの追求にレッドが弁明する。確かに、今回は何人足止めできたかという結果で勝敗を判定するルールがあるのに、知り合いは含めないなんて事前に取り決めていなかった。
攻略組に混ざって活動していた事もあるレッド。当然、トッププレイヤー達の中にも知り合いが居て、この場所を通りかかる可能性も高いのを見越していたのだろう。
ルールの穴を突いた、レッドの作戦勝ちだ。
「そもそも、こんな場所で歌ってたら注目の的になるか笑いものになるか。なのに、恐れず歌いきった俺を褒めてほしいよ」
「確かに、ちゃんと一曲歌いきったな」
ということで一番手を務めたレッドの結果。度胸試しという点だけで採点すれば、トップバッターだったのにしっかりと歌い上げたのは非常に評価できる。ただ歌唱力に関して言えば疑惑は残りつつも、三人は足止めできたという結果だ。
***
二番目に挑戦するのは、ティティアナだ。
「こう見えて、歌うのは得意な方なんです。合唱コンクールで大会に出場した経験も有るんですから。見てなさいよ」
彼女が自信満々で向かった先は、王都の図書館だった。まさか、こんな場所で大胆にも歌おうとするなんて度胸が凄まじい、と思ったのだけど……。
「あ、怒られてる?」
「え? あ、ホント。司書のNPCキャラに怒られてる」
少し歌声を出した瞬間、司書らしいNPCキャラが飛んできてティティアナは怒られていた。彼女は、何度もペコペコと頭を下げて謝っている。
「凄いな。こんな場面も想定してプログラムされているのか」
「ティティアナが涙目になって、戻ってきますね」
「駄目でした……。大人なのに、本気で怒られました。しかもNPCに。怖かったです……」
トボトボと戻ってきたティティアナは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
「そりゃ、図書館だもんね。ゲームの世界とはいえ静かにしないとマナー違反だよ。騒いだら怒られるに決まってる」
ということで、ティティアナは図書館のスタッフから注意を受けて歌えずに終了。今回の挑戦は失格となった。
***
そして私の番が回ってきた。遊びとはいえ勝負、勝つために思い切って仕掛ける。
「なるほど、ここで歌えたら度胸があるな」
「なんだか今日は、いつもより人が多くない?」
「確かに、多いかも」
私が選んだ場所というのは、イニティアナの街にある憩いの広場だった。この街は、多くのプレイヤーが最初のイベントで訪れる街。リフゼロ初心者が集まっている場所である。
「じゃあ、行ってきます」
「頑張って」
エリノルからの声援を背に受けながら、広場にある噴水の近くにまで歩いていく。立ち止まって振り返ると、人が行き交って賑やかな様子がよく見えた。人が多い分、恥ずかしさはあるけれど見物人になってくれる見込みも高い。
目標は、レッドを超える四人以上の見物人を足止めすること。勝負に勝つ為なら、このキャラの容姿も駆使して捕まえてやる。
一度大きく息を吸って深呼吸、それから歌い始める。声を出して集中していると、すぐに周りの様子は気にならなくなった。
これならば歌唱力はともかく、度胸試しの勝負に関してはレッドよりも上になっただろうと勝ちを確信する。威風堂々と歌えていることを自覚したから。
歌い終わった瞬間、周りの雰囲気が少し違っていると感じた。ようやく気がつく、ザワザワと周りに人が集まってきている事に。
何だこの見物人の多さは! 私は見物人達に周りを囲まれて、移動できない状況に陥ってしまった。その場から逃げようと思っても、前後左右を囲まれていて逃げられない。
「ご、ごめんなさい。い、以上で~す」
集まってしまった見物人に、その場から離れてもらうよう言ってみたが、私を取り囲んでいる人達が動いてくれない。
皆は何処だろう。近くにいるのか、さっきの場所にいるのか。しかし、人だかりで向こう側が見えない。助けを求めようと考えても、皆が何処に居るのか分からない。
「アンコール!」
「もっと聞きたーい」
「もう一曲、お願い」
「ご、ごめんなさい。今日はもう帰らないと」
声を掛けても、見物人が離してくれそうにない。どうやって、移動すれば。なんとか離してもらえるように様子をうかがう。
「じゃあ、次は何時聞ける?」
「え、えーっと、それじゃあ……、どうしようかな。明日、とか」
とにかくこの場から急いで離れようと、見物人から投げかけられた質問に思いついたまま答えていく。
そうだ、ログアウトして逃げれば良いんだ! 取り囲まれている状況に混乱して、頭の中からすっぽりと抜けていた対処方法を思い付いて、慌てて実行する。
「いいね!」「絶対に来るよ!」「待ってる!」
「わ、分かりました……。それじゃあ、明日の同じ時間に来ます……」
こんな事態になるとは想像もしていなかった。内心は冷や汗ダラダラで話も適当に合わせて、私は慌ててゲームからログアウトして、その場から逃げた。
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