【未完】仮想世界のVRアイドル

キョウキョウ

第一巻

デビュー前

第1話 プロローグ

 その日、その場所には視界いっぱいを埋め尽くす人たちが集まって、ひしめき合い溢れていた。


 集まった彼ら彼女らは、たった一人の少女に対して視線を向けている。視線だけではなく声援も飛んでいた。会場全体を覆い尽くすような大歓声。その声が一人の少女に注がれている。


 視線を向けられている少女の名前はフォルトゥナ。歌って踊れるアイドルだった。


 紺色のジャケットと少年らしさもある半ズボンの衣装、ショートブーツという軍服風に見えるコスチュームに身を包み、背中にはマントを靡かせながらマイクを片手に持っている。


 そんな格好をしながら、舞台の上に立って声で音を作り出している。その音楽は、集まった人達を魅了して会場を大興奮の渦に巻き込んでいた。


 そして、見ている観客達も普通とは違っていて特徴的な格好をしていた。全身鎧を着込んで両手を高く振り上げている大男や、質素な服を着ているが背中に大きな剣を背負っている少年、三角帽子に片手には箒を持って膝下のワンピースにブーツを組み合わせて着る活発そうな少女、更にはお姫様を思わせるようなリボンのドレスを着た美女も居る。



 ここはバーチャルな世界を自由に冒険できる、現実とは違うゲームの中に存在する場所である。



 「リミット・ファンタジー・ゼロ」というのが、この世界のゲームタイトル。

 完全ダイブ型VRMMOという、仮想世界にプレイヤーが入り込んでプレイする事の出来るタイプのゲームである。



 今でこそVRMMO系のゲームは珍しくなくなったし、リミットファンタジーゼロも他の作品と似たような、キャラクターを作って世界を旅してモンスターとの戦いを楽しみレベル上げて装備を収集する、というシステムにも革新的な新しさは感じないゲームであった。


 本タイトルが発売されてから半年。世界観の作り込みは丁寧で、ゲームシステムもユーザーが楽しみやすいように随所まで丹念に作られている。そのおかげで一定数のファンは付いたものの、それ以上の新規ユーザーが増加していく事はなかった。


 今までに消えていった数多くのVRMMOゲームと同じ様な運命を辿り、リミットファンタジーゼロも同様に、ゲームの人気が失速してプレイヤー人口が徐々に減少。もしかしたら、一年後にはサービスが終了しているかもしれない、と当初は噂されている程だった。


 そんな感じでユーザーからは、早々にサービス終了が予想されていたのだが、その流れは大きく変わった。公認ユーザーという、運営から指名された特別なユーザーが登場したことによって。


 その公認ユーザーの一人というのが、フォルトゥナという名の少女である。



 始まりは、憩いの広場からだった。



 最初の頃、フォルトゥナはリミットファンタジーゼロというゲームを他のユーザーと同じ様に楽しむ、何の変哲もない一般ユーザーだった。


 しかしある時になってゲーム内の仲間と共に、他のユーザーとは少し違った遊びを始めた。他のユーザーも皆が利用できる憩いの広場という場所で突然、歌ってみて皆に歌を聴かせたのである。


 下手をすれば迷惑行為と思われて、運営に通報されるような事。なのだが誰も運営に連絡報告したり、文句やクレームを言う人は居なかった。その歌声が、あまりにも巧すぎて、歌声を耳にした皆が聞き惚れてしまったからだ。


「なになに? 突然」「突発イベント?」

「歌うめぇ」「あの女の子、ヤバくない?」

「しかもキャラ、可愛いし」


 彼女の歌声を聞いて続々と人が集まってきた。フォルトゥナが一曲歌い終わる頃に数十人のプレイヤー達が広場の中で足を止めて耳を澄ませている、誰もが夢中になり喧騒も消えて歌だけが聞こえる、一人の少女を囲む空間が出来上がっていた。


「わ!?」


 歌い終わった瞬間、フォルトゥナが驚いた声を上げた。歌うのに集中していて目の前の状況に気付いていなかったから。そして一曲を歌い終わってから、ようやく気がついた。


「ご、ごめんなさい。い、以上で~す」


 まさか、そんな事になっているなんて予想していなかったから対処に困っている。堂々と歌っていた様子から一変して、自信なさげな様子に変わったフォルトゥナが、なんとか集まってきた人たちに向けて一言を告げると、その場にいた人達からは彼女を讃える拍手が自然と巻き起こっていた。そして称賛の声。


「アンコール!」

「もっと聞きたーい」

「もう一曲、お願い」


 観客からもう一曲歌ってとお願いされるが、フォルトゥナは困った表情を浮かべている。


「ご、ごめんなさい。今日はもう帰らないと」


 フォルトゥナがそう言った瞬間、えー? と不満を表す声が観客から次々と聞こえてきた。その反応の多さに、焦ってしまう彼女。


「じゃあ、次は何時聞けるの?」

「え、えーっと、それじゃあ……、どうしようかな。明日、とか」


 観客の人達から投げかけられた、なんとなくの質問に答えるフォルトゥナ。


「いいね!」「絶対に来るよ!」「待ってる!」

「わ、分かりました……。それじゃあ、明日の同じ時間に来ます……」


 何も考えず適当に、約束してしまった。再び起こった称賛の声を背中に受けながらあたふたとした様子で急いで、その憩いの広場からログアウトしてゲームの世界から居なくなったフォルトゥナ。その後しばらくの間は、広場に集まった人が居なくなる事はなかった。


 彼女の歌声を聞いていた観客達は、フォルトゥナが居なくなった後も解散せず突然現れた歌姫についての感想を言い合っていたからだ。


「すごく澄んだ歌声だったな」

「リズム感も素晴らしかったね」


「もしかしてプロの歌手とか?」

「プロの歌手が、こんな時間にゲームする?」


「というか今確認したけど、運営からは何の告知も無いし。商売でも無いのに、歌うかね」

「テレビとかでは聞いたこと無い、初めての声だったよ」


「素人? あんなに上手いのに?」

「とにかく凄い人だって事は分かった。明日も絶対に聞きに来よう」


 フォルトゥナの歌声についての感想会は、本人が居なくなった後に1時間ほど続いて、ようやく解散となった。



***



「え? こんなに人が……」


 そして翌日、フォルトゥナがやって来たその場には100人を超える人数の観客が集まっていた。予想していた以上の人数が集まってきて、圧倒されるフォルトゥナ。


 昨日の今日で、なんで人がこんなに集まったんだろうと疑問に思いつつも、すぐに歌を始める。


「じゃ、じゃあ、歌います」


 だが圧倒されていたフォルトゥナは、歌う時になると昨日と同じ様に聞く人を一瞬で夢中にさせる。


 直前の光景と逆、観客を圧倒する側に変わっていた。楽器の伴奏もないのに、彼女は歌声だけで観客を魅了していく。



 それから、フォルトゥナのコンサートは定期的に開かれるようになって仮想世界であるゲームの中で、ファンの数を続々と増やしていった。


 そんな状況が運営の目に留まって、彼女は運営の公認プレイヤーに選ばれることになる。


 しかしそれは、フォルトゥナというキャラクターを操ってゲームを楽しんでいた小野間志穗おのましほの想定していた状況ではなかった。


 なぜ彼女はこんな事になったのかを、まずは語ろう。

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