008 水妖
骨は薄水色の
水面は穏やかに
このまま手を触れていると、自分にも伝染してくるのだろうなあと思う。
思うが、振り払うこともせずそのまま動かなかった。
骨になっても女の手は分かるものだと少し面白かった。
そもそも月の夜は呼吸が出来ないと君が言うから、こうしてまとわりつく海の水に浸かっているのである。
僕は本来乾いた所が好きなのだ、けれども君が苦しくて死んでしまうと言うから仕方がない。僕の方は空中だろうと海中だろうと息苦しくはないから君の手を取った。
けれども君、とちいさな気泡を吐きながら僕は言った。呼吸が出来る代わりに骨になるなんて、先に言ってくれなくちゃ
返事はない。薄水色の絽は感じ取れぬほどの海流に膨らんだり寄せられたりを反復している。
朝方地上に上がって、裸足で帰ったら君のお母さんは何て言うだろうか。
月がじりじりと斜めになって、水面で砕けては融け合う。
僕は少し息苦しい、それはとても意外なことだ。
魚も巡らぬ海中で、きれぎれに差し込む弱々しい月光の手が、並んで漂う君と僕を撫で続けた。
滑らかな骨。
肉を捨てた、海の中。
僕は少し息苦しい、明けの明星を探している。
明くる朝、海岸には付近の住民が人だかりを作った。
先月のはじめに手酷く捨てられた商家の娘が、骨に着物を着た姿で浜に揚がったからである。
たった一月海にいてこれはおかしいと誰かが言った。そうかも知れない。
僕の身体はまだ不完全だ。女の肉は弱く、落ちた分だけ僕のものになりはしない。薄水色の絽の娘も、掌の肉のほんの一欠けを僕の脇腹に
少しずつ息苦しくなる。
月が巡る度、娘達の肉で骨が覆われる度。
新月が来ると僕は潮に記憶を預け、そしてまた忘れてしまう。
なぜ海の中にいるのだろうか、なぜ娘は地上からやって来ては融けるのだろうか、なぜ僕と手を繋ぐのか。
僕は陸に上がりたい。
本来乾いた所が好きなのだ。
陸上に住んでいた。
帰しておくれ。
帰して。
身体を返して。
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