第13話 恋のライバル出現
己を狙ってやって来た暗殺者が、自宅の庭で嫁に殺されかけている事など露知らず。
グリアムはウルに押し付けられた買い物を済ませるべく村の市場へと向かい、駆け回る子供や世間話に花を咲かせる婦人を横目に見ながら頼まれた物をバスケットに詰め込んでいた。
(えーと、
一つずつ脳内で確認し、小さく息をつく。
バスケットの中には、先程花売りの少女から多めに束ねて貰った
マーテル山の
農場や雑貨店で野菜や果物、日用品などを売っている他、鍛冶屋、病院、酒場、教会などの施設もある。月に数回は王都・ブランジオから物資が支給され、村での暮らしに必要な物は最低限揃うのだとリザが言っていた。
この村の市場で買い物をするのはもう何度目かになるが、いずれもリザかウルが一緒に居たため、グリアム一人で村の市場を歩くというのは初めての経験である。
リザの顔が広いおかげで顔見知りの住人も少しずつ増えて来た昨今だが、いかんせん口下手なグリアムは何か声をかけられたとしても気の利いた答えを返す事すら出来ないわけで。
結局、大した会話もなく必要物だけを購入し、黙って店を出る……というような事を繰り返していたのであった。
(……人と仲良くなるって……どうすればいいんだ……?)
グリアムは嘆息し、低すぎる己の対人スキルを憂う。
つまり、人との関わり方が全く分からない。
(リザさんは優しくて世話焼きな性格だったから、打ち解けるのも早かったが……流石に他人といきなり会話するのは、難しいな……)
そう考えれば──例え偽りとは言えど──ウルの人当たりの良さは、多少見習うべきなのではないかとも思う。いや間違ってもあんな性格にはなりたくないわけだが、銃さえ持ち出さなければ、彼女はそれなりに外面は良いのである。そう、銃さえ持ち出さなければ。
(あいつにも、もう少し他人を思いやる心があればなあ……)
はあ、とつい深い溜息が漏れた。
するとその時、不意に「お! グリアムじゃねえか!」と彼を呼ぶ声が耳に届く。反射的に顔を上げて振り向けば、先日リザの家で野菜を分け与えてくれた男──ロバートが、よく日に焼けた手を振って微笑んでいた。
「あ……ど、どうも……」
「よーォ! ちゃんと食ってるか? 相変わらずヒョロヒョロじゃねえかい!」
「あ……は、はい……」
気さくに話しかけてくるロバートに、グリアムはやはり辿々しい相槌を打つばかり。……いや! もっと! なんか言えよ俺!! と己を叱咤する彼だが、その後も
しかしロバートは彼の態度など気に留めていないのか、白い歯を覗かせてへらへらと笑っていた。
「珍しいな、今日は一人で買い物か?」
「……まあ……はい」
「あー、なるほど! 大方、あの美人な嫁さんにお遣い頼まれて来たんだろう。はは、尻に敷かれて大変だな!」
「……そ、そう、です」
田舎というのは、噂の回るスピードがとにかく早い。
ウルと仮夫婦となってから三日も経たぬ間に、「グリアムに嫁がいる」という噂は村中に広まってしまったのであった。それ以来、村の住人はグリアムの事を「ウルの旦那」として認識し、ウルの事を「グリアムの嫁」として扱うようになったのだが──彼女の事を“嫁”と称される度、どうにもむず痒さを感じてしまう。
「……」
「──それはそうと、今日はうちに何買いに来たんだ? グリアム」
ふと、俯きかけた所で声が掛かり、彼は慌てて顔を上げた。
「あ、えと……アプロルと、レモネンを二つ……」
「あー、果物買いに来たんだな! よしよし、じゃあ特別にタダで持ってっていいぞ」
「……え!? い、いや、そういう訳には……!」
「いいんだよ、結婚祝いだ。ついでにコレもやるよ、ほらほら」
ロバートはそう言って、アプロルとレモネンの他にポテ芋の入った袋をグリアムに押し付ける。
辿々しく受け取ったグリアムは「あ、ありがとうございます……」と頭を下げた。
「良いって事よ! 嫁さんによろしくな!」
「は、はい。嫁に、伝え、ます……!」
ニカッ、と破顔するロバートにグリアムはぎこちなく頷き、何度かペコペコと頭を下げながらその場を後にする。
満たされたバスケットを抱え、更にポテ芋まで貰ってしまった彼は、市場を歩きながら謎の感動を覚えていた。
(……か、会話……ちょっと出来た……!)
心の中で拳を握り込み、よっしゃ、と密やかにガッツポーズをする。
(今夜は芋で祝杯しよう……)
暖かく満たされた胸の内でそう考え、グリアムは顔を上げて上機嫌に歩いて行く。──しかし、そんな心の平穏は長くは続かなかった。
「……おい、そこの男」
「!」
不意に声を掛けられ、グリアムは足を止める。すると、壁際に凭れかかってこちらを睨む一人の少年と目が合った。
不機嫌そうなその顔には、どこか見覚えがあるが──。
「……えと……、……誰?」
そう素直に問いかければ、少年は眉間に深く皺を刻んだ。即座に壁から背を離し、彼は声を荒らげる。
「ハアー!? この無礼者! 僕の事を忘れるとはいい度胸だな! よそ者の分際で!」
「え……? わ、悪い……全く思い出せん」
「むきぃーー!!」
悔しげに地団駄を踏む少年に、グリアムは大いに困惑した。「むきぃー! って口に出す奴、本当に居るんだな……」とぼんやり考えていると、不服気な少年は腕を組んでグリアムを睨む。
「あのなあ! 僕はこの村の村長の息子だぞ! つまり偉いんだ! デカい口を叩くんじゃない!」
「……村長の、息子……?」
「そうだ! 僕はこの村で一番偉い村長の息子、セルバ=ローレンス様さ! つまり、僕はこの村で二番目に偉い! 分かったか!」
ふふん、と得意げに言い切った彼から目を逸らし、グリアムは
よくよく思い返せば、確かにリザに拾われたばかりの頃、村長宅へと挨拶に向かった際にこんな感じの少年が居たような、居なかったような……?
と、そこまで考えた彼が黙ったまま視線を戻すと、セルバはやはり敵意に満ちた瞳をこちらに向けていて。
グリアムは思わずたじろぎ、困惑した。どうやらあまり快く思われていないらしい……と彼がようやく察した頃、セルバは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん! 気に入らないな、この芋男め!」
(……“芋男”って何?)
「いいか、よく聞け! お父様やリザ婆様にちょっと気に入られているからって調子に乗るんじゃないぞ! お前なんか全っ然偉くないんだからな! このお芋野郎!」
(……“お芋野郎”って何?)
「それから──」
セルバは声を低め、更に目付きを鋭く吊り上げてグリアムを睨む。その眼光にグリアムが戸惑いを浮かべた頃、セルバは続けた。
「──お前みたいなお芋野郎が……っ、あの
「…………」
突如大声を張り上げ、セルバは涙目で訴える。グリアムは暫し硬直し、ぽかんと彼の顔を見つめた。
「……、へ?」
ややあって、思わず素っ頓狂な声を返せば、セルバは更に激昂する。
「へ? じゃないだろ、このお芋野郎がッ! 何でお前みたいなのがウルティナさんの旦那なんだよ! ありえねーっ!」
「……」
「あーー! 悔しい! 何でこんなヒョロヒョロと、あの美しくて可憐で儚げなウルティナさんが夫婦なんだ!? むきィィ!!」
「美しくて可憐で儚げ……?」
どこが? とつい言いかけて、何とかそれを飲み込む。
どうやら彼は完全にウルの外面に騙されて、尚且つ憧れまで抱いてしまっているようだ。あの女の本性は悪魔よりも非道だというのに……、と若干哀れみすら感じてしまう。
グリアムは嘆息し、明らかな敵意を向けて来るセルバをどうにか落ち着かせようと口を開いた。
「……あー、えーと、セルバ。安心しろ」
「……は?」
「確かに俺とウルは夫婦という事になっているが、俺達の間に愛なんて物は一切ないんだ。そう目くじらを立てないでくれ」
「……愛が……ない?」
復唱するセルバに、グリアムはこくりと頷く。すると途端に彼は静かになり、「納得してくれたか……」とグリアムは安堵した。
が、それも束の間。
ややあって何らかの答えに行き着いたセルバは、血走らせた眼球をひん剥いてグリアムを睨み付ける。
「愛がないって、つまり──体目的って事だなああ!? このお芋野郎ォォ!!」
(違ええええよ!!!)
とんでもない解釈に至ったセルバに頭を抱えるが、彼はグリアムが弁明する暇も与えず目の前に立ちはだかった。そのままビシィッ! と彼を指差し、セルバは堂々と宣戦布告する。
「よく聞け、この変態お芋魔人!!」
(“変態お芋魔人”!?)
「僕はお前がウルティナさんの旦那だなんて認めない! 僕のコネと全お小遣いを駆使して、お前とウルティナさんの家庭を必ず崩壊させてやるッ!!」
(なんか凄い事言ってるんだけど!?)
むん、と胸を張り、おそらくまだ十二~三歳前後であろう少年は、強い意志を秘めた瞳で真っ直ぐとグリアムを貫いた。
「つまり、今日から僕は──」
ひくり。嫌な予感を感じて頬が引き攣る。
頼むからこれ以上面倒事を増やさないでくれ、と願うグリアムの思いも虚しく、少年は彼に言い放った。
「──お前の、恋のライバルだああ!!」
(うっわ~~、やっぱ面倒臭い事になった~~)
世界最強の受難は、まだまだ続くようである。
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