46匹目・犬猿の仲直り

「はい、とーちゃーく♪」


その声と共に私の家の前に停車する一台のミニパト。


「ありがとうございます山嵐やまあらしさん。申樹しんじゅを病院に連れて行ってもらった上、家まで送ってもらっちゃって――」


「いいのいいの、それに署長の娘さんに対して変な扱いしたら給料に響くかもだし。署長ってば綾芽ちゃん大好き過ぎるしねぇ」


「いや、そんなことは……うん、有り得るか」


なんだかんだで私には甘いからな父さんは。そんなことを考えながら車を降り、私の後に続いて降車しようとしている申樹に手を差し伸べる。


「あ、ありがと、遠西さん♪」


少々顔を赤らめながら私の手を取り、礼を述べ車を降りる申樹。車のドアを閉めると同時に運転席の窓から婦警の山嵐さんが顔を出してくる。


「明日には蜴田えきだ君か誰かしらお嬢たちの話を聞きに来ると思うから、そん時はよろしくね~」


「はい、わかりました。署の皆さんによろしく伝えてください」


「了解~、じゃあね~」


そう言うと山嵐さんはミニパトを発進させ走り去っていった。門の前に残される私と申樹はそのミニパトが見えなくなるまで見送る。

そして見えなくなったのを確認し、


「それじゃ家、入ろうか申樹」


そううながすも申樹はまだミニパトが去った方向を眺めている。私もその方向を見やるも只々見慣れた街並みがあるだけで申樹が見入るようなものは無い。


「どうしたの申樹?ぼーっとしちゃって」


「……今日一日、イベント盛りだくさんだったなーって。そんな事を振り返っててさ」


申樹の視線が空へと移る。まだ空は明るいが時間的にはもう夕方。じきに日も落ちる時間だ。

私も今日一日を振り返ってみる。申樹にオフ会へ連れ出されて、蜥倉せきくらさんに久々に会って、大象寺だいぞうじに久々に会って、暴漢投げ飛ばして、メコウの悪事あばいて、蜴田さんに久々に会って、山嵐さんに久々に会って、申樹を病院に連れて行って……再会してばっかだな私。

でもまあ確かにイベント盛りだくさんだった。


「ま、家の前で振り返るのもなんだし中に入って――」


「……いや、ってゆーかこれからもう一つ、イベントあるし、それを考えると、さ」


そう言うと申樹が溜息をく。イベント?何の事かと一瞬考えたけど、すぐにある事柄に思い至る。

戌輪しゅわに謝る』

確かに申樹にとって一大イベントかもしれない。けれども何も帰ってイの一番で謝らなくてもいいとは思う。タイミングだってあるだろうし、そもそも戌輪が顔を合わせてくれないかもしれないし。――ま、それはあり得ないんだけどね。

しかしまあここで躊躇ためらって足踏みしていた所で何かが解決する訳でも無いのは確かだし。


「ま、きっと大丈夫だと思うよ?――勘、だけどね」


そう言って軽く申樹の肩をポンポンと叩く。


「……ううぅ、他人事だと思ってぇ……」


頬を膨らませ恨めしそうに申樹はこちらをにらんでくる。いや別に他人事とは思っていないけど、こればっかりは当人たちが解決しなくちゃいけないし。

そんな事を考えていると申樹はゆっくりと、重い足取りで玄関へと歩き出す。私もそれに続き歩き出すも、すぐに申樹を追い抜き玄関に辿り着いてしまった。……そこまで足取りが重いのか。


そんな申樹の様子を見て、肩をすくめ呆れつつも玄関の戸を開ける。


「ただいま~」


そう声を上げると家の奥から続々と居候達が現れ、


「おかえりなさい~綾芽ちゃん~」


「綾芽おねーさん、おかえりなさい!」


そう言いながら皆で私と申樹を出迎えてくれる。


「電話でも言ってたけど、も~大変だったでしょう~。申樹ちゃんもお疲れ様~」


「――ええ、まあ、うん」


丑瑚ひろこが申樹に声を掛けるけど、申樹は誰かを探すのに集中しているのか生返事で返している。……ま、誰を探しているのかは分かり切っている。


「ところで丑瑚――」


私が丑瑚の名前を呼ぶと丑瑚は何かを察して頷き、居候達の後ろに隠れていた――戌輪の手を引いて私と申樹の前に連れてくる。

戌輪の表情は相変わらず長い前髪のせいで分かりにくい。その上、うつむいてるのでますます分かりにくい。

そんな戌輪が前に出てくると途端、申樹は挙動不審になってしまう。


「あ――や、やっほ戌輪。あの、さぁ……後で、話がある――」


「――――わぅ」


視線を泳がせながらもなんとか言葉を出そうとしている申樹を制する様、戌輪が駆け寄りぎゅっ、と申樹を抱きしめる。


「――え、ちょ、ちょっと戌輪!?急にどう――」


「…………ぅわぁーーーーん!!申樹ちゃん、無事でよかったよぉーーーーー!!!わぅぅーー!!!」


申樹の声に呼応してか『ぽん!』と干支化すると同時にせきを切った様に戌輪が大泣きを始めてしまった。申樹も私も、戌輪以外の居候たちも突然の事に困惑を隠せないでいる。


「……あ、しゅ、戌輪、落ち着こ?一体どうしたん?珍しいじゃん?戌輪がこんなに泣くなんてさ」


いち早く我に返った申樹が、戌輪の頭をあやすよう撫でながら優しい声色で声を掛ける。しばらくは泣いていた戌輪だけど、徐々に落ち着きを取り戻して行くのが見て取れる。


「――わぅ……遠西さん、からの、電話で、申樹ちゃんが、事件に巻き込まれて、人質になったって……。それに、申樹ちゃんが、病院に、運ばれたって……」


途切れ途切れに言葉を重ねる戌輪。確かに家に電話して最初に出た戌輪に病院までの経緯いきさつは話した。

ただ、ちゃんと事細ことこまやかに『事件に巻き込まれたけど無事、だけど念の為病院でてもらう事になった』と言ったはず。……だけど、まあ申樹が巻き込まれたと聞いた時点でもう話半分だったんだろうね。次に聞こえてきた声が丑瑚だった事を考えると。


「それで……申樹ちゃん、大怪我したんじゃ、そう考えると、怖くて……怖くて……。それに……もし、もしも、申樹ちゃんに、何かあって、二度と――」


「――馬ー鹿♪」


戌輪の言葉を遮る様に、申樹は戌輪の額にデコピンを『ぺちん!』と軽く当てる。


「わぅ!?」


驚いて身を竦ませる戌輪を再び申樹は引き寄せ抱擁ほうようする。


「全く……私が戌輪の思ってるような大怪我するような事する訳無いじゃん」


いやもう少しで大怪我だったじゃん、と言うツッコミはこの雰囲気に水を差しそうだし私の内にとどめておこう。


「それに、幼馴染のマジトモに、ちゃんと謝らずにどっか行けないっしょ?……だから、その、本当にごめん、戌輪。この前、怒鳴ったりしてさ、あと、心配かけてごめん。だからさ、もう泣くのはお終いにしよ?ね?」


戌輪を抱きしめる申樹の腕に少し力が入っているように見える。きっとまだ拒絶されるかもしれないと思ったのかもしれない。


「……わぅ、私も……色々と、ごめん、申樹ちゃん。だから、これからも、私と……ずっと、マジトモで、いてくれる?」


申樹に応えるよう泣き止んだ戌輪も抱きしめる腕に力をめる。その光景に居候達もほっと胸を撫で下ろす。私は――まあこうなるとは思ってた。だって二人とも嫌いあっている訳じゃないんだしさ。


「よーし!それじゃあ申樹と戌輪が仲直りしたし、今晩は仲直り記念パーティーって事で豪勢にしちゃおうか!」


私の意見に申樹・戌輪を除く全員が『賛成♪』と声を揃え盛り上がる。


「ふへ!?ちょちょちょ!そんな記念パーティー名目は恥ずかしすぎるんですけど!?」


「……わ、わぅ」


「なーに言ってんの。ここ数日間の皆は二人の事で気を揉んでたんだから、その位は罰として受け入れなさい♪」


その言葉に申樹と戌輪は顔を見合わせ、苦笑していた。






そしてどんちゃん騒ぎの翌日――の午後。

私は、申樹の部屋に招かれゲームをしている。


午前中に蜥倉さんと蜴田さんが事情聴取にやって来て、私と申樹が応対した。他の皆は外に出ているか部屋に居るようにお願いしておいて。

まあほとんど世間話で終わったんだけどね。


まずはあの暴漢、薬物常習者でクスリの金欲しさの犯行だったそうで。私が投げ飛ばしたお陰か知らないけど、すっかり大人しくなっているみたい。

それとメコウ。アイツはあの後に蜴田さん他数名の警察官に捕らえられた。その際付近に潜んでいたメコウの手下も見つかり、共々連行されていたみたい。メコウは最初余裕ぶっていたみたいだけど、今まで黙らせていた女性たちから被害届を出されたことを知ると途端項垂うなだれていたみたい、ざまぁ。


他はギルメン達には被害も無く無事に家に帰ったとの事。

最後に蜴田さんから一枚の封筒を貰った。なんでも謝礼とかなんとか、別にいいんだけどなぁそーゆーの。


そんなこんなで今はまったりと申樹の部屋でゲームをしている――んだけどなんか妙に申樹が緊張してる気がする。いつもだったらゲーム中はよく喋りながら楽しそうにしてるんだけど、今日は何と言うか心此処に在らずみたいな?


それによくよく見れば申樹の耳が大きい。……申樹の干支化は他の娘達みたいにぱっと見、気付きにくい。両手両足が毛むくじゃらになるけど長手袋とニーハイソックスで隠されているし、尻尾は腰とかに巻き付けておけば見えない。

残る判別方法は耳の大きさ――よくよく見ないと私でも判りにくいんだけど。


つまり申樹は今現在干支化している。ただ蜥倉さん達が来た時は干支化してなかった気がする。……何かあったのかな?


「あー……そろそろ別のゲームしよっか?」


不意に申樹が口を開きコントローラーをテーブルに置く。


「いいよ、そんで次は何する?」


「…………」


急に黙り込む申樹、やりたいゲームが多いのかな?とか思ってると、


「ね、ねぇ綾芽っち、れ、恋愛シミュレーションゲームとか、な、無い?」


申樹が緊張した面持ちで思いにもよらないジャンルを告げてくる。

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