33匹目・寂しくないように

卯流はるなの授業参観も無事終わった翌日の午後。

私はいつも通り家事を終え、広間でゴロゴロ――してはいなかった。

というのも今はお客さんが来ているのだ。


そのお客さんとは――数日前、少しばかり文句を言ってしまった相手だ。


「……この前はいきなり怒鳴ってしまってすみません」


目の前の二人に対して深く頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ気を使わせて申し訳ありませんでした。

 あの子の気持ちを想って、僕たちに電話を掛けたのでしょう?

 本当、親失格ですよ……子供の気持ちも考えずに……」


男性は私と同じように深く頭を下げた後、柔らかい笑みを浮かべるもののどこか悲しそうだ。

それに呼応してか隣の女性も悲しみの表情を浮かべてはうつむいてしまう。


「――でも今日はとことんあの子と向き合い、腹を割って話し合ってみようと思います。

 どんなうらつらみの言葉も受け止めてみますよ、僕とママは」


そう言うと男性は隣の女性の肩を抱き、女性も顔を上げ頷く。

――いい親御さんじゃないか。

そう思っていると、


「たっだいま~♪☆」


玄関から明るい卯流の声が響いてきた。

と、同時にガタッ!と立ち上がる男性。

うん、ちょっとビックリした。


ドタドタと足音が近づき、足音の主たちが広間へ顔を覗かせる――


「綾ねーちゃん♪今日のおやつ――」


「卯流ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


卯流の言葉を遮り、大の男が自分の娘の名前を叫びながら娘に抱き着く。

しかもめっちゃ号泣してすげぇ顔がぐしゃぐしゃに。

絵面がヤバイ、ヤバすぎる。


「ぱ、パパ!?どうして、ってママも!?

 ――ってかパパ!鼻水!鼻水がっ!!」


「うおぉぉぉん!卯流ぁぁ!パパの事、嫌いにならないでおくれよぉ!!」


「ほら、パパ。シャンとしなさい。

 遠西さんも他の子たちもドン引きしてますよ」


見れば卯流の後ろに居た辰歌よしか未夜みやも『うわぁ……』って表情をしている。

私も流石さすがに引いていた――さっきまで普通な感じだったんだけどなぁ。




「スミマセン、取り乱してしまって……」


「いえ、私達も今のは見なかった事にしたいので忘れておきます」


涙と鼻水を拭きながら謝る卯流のパパ。

マジあの光景は忘れたい。


「……それでなーんでパパとママが日本にいるの?

 お仕事が忙しいんじゃなかったの?」


頬を少し膨らませた卯流はにらむようなに二人を見る。

だけどパパさんはそんな卯流の視線にひるむ事無く、


「仕事は追加分も含め片づけてきて、何日か休みにするって連絡しておいた。

 ……結局授業参観には間に合わなかったけどさ。

 その代わりといっちゃなんだけども、今から卯流の行きたい所へ行くぞ!国内限定だけど!」


そう言いながら笑顔で自分の旅行鞄をポンポン叩く。


「………………え?」


突拍子とっぴょうしもないパパさんの言動に理解が追い付いていない卯流。


「……え、えっと」


困惑している卯流は助けを求めるような視線を隣の私に投げてくる。

――まあ私が出来る事は一つしかないんだけどね。


「行ってきな卯流」


卯流の肩にぽん、と手を乗せて笑顔で答える。


「で、でも――」


「明日明後日は休みなんだし久々の親子水入らず、めっちゃ甘えてきな。

 ――それに今まで出来なかった分の我儘わがまま、パパさんママさんが困るぐらい言いまくっちゃえ♪」


その言葉に卯流は最初は戸惑っていたけどすぐに、にしし!と笑顔を浮かべ、


「うん♪」


大きく頷いた――目尻に少し、水の粒を浮かべて。





「それじゃあ綾ねーちゃん、行ってくるねー♪

 お土産一杯、パパに頼んで買ってもらうからー☆」


手をブンブンと振りながら家を出る卯流。

その向こうでは卯流のパパさんママさんが軽く頭を下げていた。


私と辰歌、それに未夜も手を振り返し見送る。

卯流はそれを見てから先に歩いていた両親の間に入り、二人の腕に自分の腕を絡ませ歩く。

――なんだかんだで丸く収まってよかったよかった。


「……のぅ綾芽姉様」


不意に辰歌が話しかけてくる。


「どうしたの辰歌」


「……儂の父様と母様が生きておったら、あの様に儂を愛していてくれていたかのぅ」


辰歌は悲しみが入り混じった羨望せんぼう眼差まなざしで卯流たちを見ている。

私はそっと、辰歌を後ろから包み込むよう優しく抱きしめる。


「――寂しくなった?」


「少し、な」


抱きしめている私の手に辰歌は自分の手を重ねる。

柔らかく暖かい、けれども少し震えている小さな手。


――辰歌がどんなに望んでも、この小さな手をどれだけ伸ばそうとも、掴む事が出来ない『ったはずの未来当たり前』。

やっぱり心の何処どこかでは両親を求めているのだろうか。


「……辰歌、今日明日私にどーんと甘えていいよ」


「は?急に何を――いや、うむ……そうじゃのぅ。

 綾芽姉様のお言葉に文字通り、甘えるとしようかの」


私が気を使ってることに辰歌は察したみたいで、そう言うと私に寄りかかってきた。

同時にふわっ、と辰歌の香りと髪の毛が鼻をくすぐる。


「それじゃあ夕餉ゆうげは竜田揚げが良いのぅ。もちろん――」


「甘い味付けの、でしょ?」


後ろ向きで私の顔を見上げそう言う辰歌に私は笑顔で答える。


「それと他にも――」


「……甘えん坊」


私と辰歌のやり取りを横で見ていた未夜がポツリ。

あ、と声を上げ恥ずかしそうに少し俯いた辰歌。

未夜の前ではしゃいでいたのが少々恥ずかしかったのか急に大人しくなってしまう。


「……未夜殿も、綾芽姉様に甘えればよかろうに」


チラリと横目で未夜を見やる辰歌。

けれども未夜は、


「……今日は辰歌に譲る。

 たっぷり綾芽姉ぇに……甘えちゃえ」


そう言うと辰歌の頭を優しく撫でる。

普段何を考えているのか分からない事もあるけど、こういう所もあるんだなぁと――


「……未夜は後で綾芽姉ぇに、たーっぷりと、可愛がってもらうから」


ふふ、と不敵な笑みで私に視線を送る未夜。

そしてきびすを返すと家の中に戻っていった。

……いや、マジで何を考えているんだろう。


まあひとまず未夜は置いといて。


「それじゃあ辰歌、夕食の材料を買いにいこっか」


「うむ!」


幸いこれから買い物に行くつもりだったので財布は手元にあり、このまま商店街に繰り出せる。

私は、辰歌の手を取り歩き出す。

辰歌もはにかみながら私の手をきゅっと握り、私と同じように歩き出す――





「……辰歌、布団が一つしか敷いてないんだけど」


買い物から帰ってからも夕食の時も私にべったりの辰歌。

周りの皆も少々の驚きと温かい目で私と辰歌を見ていた。

その後も辰歌の甘えん坊モードは続き、お風呂も一緒に入る事に。


それから、辰歌から一緒に寝ようと言われ今に至る、のだけども。


「一緒に寝るのじゃから当然じゃろ?」


不思議そうに首を傾げる辰歌。

うん、まあそうなんだけども。

自分的には布団を二つ敷いて一緒に寝る、と思っていたんだけど。


「――おばあ様の家の時以来じゃのぅ」


先に布団に潜りこんだ辰歌が懐かしむ様に言う。


「そうだね、電気消すよ」


灯りを消して私も横になる。

途端に辰歌が私にすり寄ってきた。


「どうしたの辰歌」


「……その、あの時みたいに……儂を……」


なにやらもごもご口篭もる辰歌。

あの時何かしたっけ、とか考えながら私はあの時の行動を振り返って思い出した。

――私は、辰歌を優しく抱きしめる。


「……これでいい?」


「――うん。やっぱり落ち着くのぅ。

 ありがとう綾芽姉様……しかし……」


何か言いかけると同時に、ぽん!と龍の角と尻尾が顕現――干支化した。


「え、急にどうしたの辰歌」


「その、なんじゃ、綾芽姉様にここまで甘えられて、嬉しくてのぅ。

 それに……妙に胸がドキドキしてるのじゃ」


私の胸にうずめていた顔をこちらの顔に向ける辰歌。

ただ薄暗い上に眼鏡を外してるのでなんとなくそうしている、としか分からない。

それは辰歌も同じだろう。


しかし不意に、


ちゅ。


辰歌の柔らかい唇の感触が私の――顎に当たる。

一瞬何が触れたのか分からなかったけど。


「…………えーと?」


「眠りにつく時にはおやすみの接吻じゃと子音しおん殿が」


後で子音には辰歌に余計な事を教えない様しかっておくか。


「……綾芽姉様はして、くれぬのか?」


辰歌の甘えに少々、いや結構理性が吹っ飛びそうだったけど何とかこらえる。

――私は辰歌の前髪を上げて、


ちゅ。


おでこに軽く口づけた。

それと同時に辰歌の干支化も治る。


「おやすみ辰歌、これでいい?」


「えへへ、お休みなのじゃ……」


再び私の胸に顔を埋める辰歌。

しばらくすると可愛らしい寝息が聞こえてくる。

私もつられてか次第にまぶたが落ちてきていた。


辰歌の柔らかな感触と温もりあたたかさを感じながら私は眠りにつく――明日はどう辰歌を甘やかそうか楽しみにしながら。

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