9匹目・とらの本性

「――なんで二人がここにいるんですか!」


声を荒げるメイド姿の寅乃。

その声に店内の客とメイドさんたちがこちらに視線を向ける。


「あ、何でもないですよ~♪」


寅乃は愛想良く皆に手を振ると、視線を向けていた人たちはまた歓談を始める。

それを見てふぅ、と溜息を吐いてから寅乃はこちらに向き直り、持っていたトレイで顔を隠しながら小声で話しかけてくる。


「それでなんでこの店に来たんですか!」


「いや、偶々たまたま目の前のショッピングモールの駐車場から寅乃っぽいメイドさんが見えたからつい」


「……買い物ってまさかすぐそこのショッピングモールだなんて……!」


ぐぬぬ、と悔しいといった表情を浮かべる寅乃。

……なんか私の知っている寅乃と違うような?


「寅乃さん、なにかいつもと雰囲気違くありませんか?」


亥菜も違和を感じていた様で私の考えていた事と同じ質問を寅乃に投げかける。


「はぁ……そりゃ遠西さんやみんなの前じゃクールなキャラを演じていた訳ですし?

 この姿を二人に見られて今更あのキャラを演じても、ねぇ?」


寅乃は肩をすくめ、なんか暴露し始めた。

演じていた。

何故私達の前でキャラを作っていたのだろうか?


「演じてた、って別に普通にしていれば――」


「普通にしているとまずいんですよ、私は」


腕組みをしながらそっぽ向く寅乃。

まずい?

何がまずいんだろう?

私と亥菜が顔を見合わせ疑問符を頭に浮かべていると、視線だけをこちらに向けて寅乃が聞いてくる。


「――ところで二人は昨日以上に仲良さげに見えるけど、なにかあったの?」


「あら、分かりますの?

 ふふふ、色々とありましてね。

 ねぇ綾芽さん?」


寅乃の質問に答えながら私の腕に抱き着く亥菜。

嬉しいけど――私自身、まだ答えを返していないから何とも言えないなぁ。

亥菜の行動を見た寅乃は突然俯き、口元を手で覆う。


「ど、どうしたの寅乃?」


「……と」


様子がおかしい寅乃に私は声を掛けると寅乃は、


「――とうとい、マジ尊い、ヤッバ尊すぎるでしょコレ」


顔を真っ赤にして目をものすごく輝かせている。

……ああ、そう言う事。


「もしかして寅乃……百合、とかが好きなの?」


「そりゃモチのロンですよ!

 ただ亥菜×綾芽もいいけど、この前の子音×綾芽もなかなか!

 いや綾芽×子音もいいで――あ」


拳を握り熱く語っていた寅乃。

しかしすぐに我に返り、コホンと咳払いして落ち着く寅乃。


「これが……クールキャラを演じていた理由です。

 素の私だとこんな感じに、頭の中で百合ップルを作っては暴走しちゃうんですよ……。

 下手すればそれが言葉に出ちゃうし」


なるほど。

この前からちょくちょく様子がおかしかったのはコレが原因だったようで。

小刻みに震えていたのはそれを耐えていたのか。


「でも今の遠西さんは私には毒ですよ!

 あんなに女の子がいると百合ップルが作り放題じゃないですか!

 このままじゃいつ私の本性が――」


「まあその内バレるかもね――ついでにオタクの趣味も」


「ふぁっ!?」


そう言って私は紅茶を啜る。

そして私の一言で寅乃は赤面し、ぽん!と干支化してしまう。


「な、な、なんでその事を――」


「この前言ってたよね?『薄い本』とかなんとか。

 あとどの程度のオタクかは分からないけど少なくとも――コスプレが趣味だよね?

 ここに居て衣装も作っている、って言う事はさ」


私は再び紅茶を啜る。

亥菜には何のことかさっぱりで首を傾げている。

一般人にはその程度の認識だ。


しかし私は違う。

私も『薄い本』がなにか分かっている人間だ。

――アニメや漫画の情報をネットで見ていると大抵そこら辺に行きつくし。

内容は、健全なのから……まあ見せられないモノまでね。


「その、綾芽さん、コスプレは分かりますが『薄い本』とは――」


「まあその内教えてあげる」


「……ああ、終わった。

 どうせ遠西さんと猪林さんがこの事をみんなに言っちゃうんだぁ……。

 それであの家で私はみんなから奇異の目で見られて、

 昔みたいに遠巻きにヒソヒソ言われるんだぁ……」


私と亥菜のやり取りそっちのけで、項垂うなだれ落ち込んでいる寅乃。

随分とネガティブな発言だ。

……昔みたいに?


「昔、なんかあったの?

 ……まあ言いたくなければ別に言わなくてもいいけど」


大体は想像つくけど。


「……まあ百合ップルの妄想癖とコスプレ趣味が学校のみんなにバレて――私を見てヒソヒソ話してたり、友人、だった子たちも距離を置いてたりして。

 イジメ自体は無かったけどそれでもショックで、ほとんど学校には……。

 でもバレたのは高校3年の冬休み後だったし、出席日数諸々は大丈夫だったから何とか卒業は出来たけどさ」


項垂れたまま昔を語る寅乃。

いやぁ……ある程度想像通りだった上に、ここまで語られるとは思わなかったので本当反応に困る。


「さあ、こんな私を笑うだけ笑うがいいわ!

 不気味だとなんだと私をののしるがいいわ!

 遠西さん家のみんなに言いふらせばいいわ!」


そうやけくそ気味に言い放ちながら顔を上げる寅乃。

――赤面し笑った顔だけれど、目からは大粒の涙が流れ落ちている。

幸い、私と亥菜以外には寅乃の状態は気付かれていない。


「――別にどうもしないし、他のみんなには言わないし」


「ええ」


私はサンドイッチを手にしながら言う。

亥菜も紅茶を啜りながら頷く。


「……ふぇ?」


「むしろ私は寅乃の本性が分かって嬉しいよ?

 なんか家での寅乃は話しかけづらかったし、寅乃からも話しかけてくれなかったからさ。

 それに、私もちょっとオタク入っているからね」


寅乃がオタク系なのは本当に嬉しい。

私もまだ皆にオタク趣味そう言う事は言ってないからね。


「私は、オタクの方は分かりませんが、百合ップルでしたか?

 そちらの方は十分に理解できますので。

 ……ふふ私と綾芽さんと、ですか」


亥菜は亥菜で寅乃を理解している様だ。

……最後の意味深な一言はなんだろうねぇ。


私と亥菜の言葉を聞いた寅乃は最初呆けていたが、


「……二人とも変わってますよ。

 でも――ありがとう、ございます……」


涙を拭きながら礼の言葉を述べる寅乃。

そしてちょっと恥じらいながらの――寅乃の笑顔。

いつもの寅乃の格好ではないせいか、すごく可愛い。


そんな寅乃に見蕩みとれていると亥菜が肘で私の脇腹をつつく。


「寅乃さんに見蕩れすぎですわ綾芽さん。

 確かにいい笑顔ですけど――」


頬を膨らませる亥菜。

どうやら焼きもちを焼いているようで。

はいはい、と亥菜の頭を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細め微笑む亥菜。

ああ、こっちも可愛いなぁ。


「ふぐっ!?これは綾芽×亥菜!?

 これも中々――あ、そうだ」


目をキラキラ輝かせたかと思えば、何かを思いついたように声を上げる寅乃。


「良かったら私も一緒に帰っていい?

 そろそろ上がる時間だからさ――ちょーっと二人の話も聞きたいし」


まあ私は構わないから車の持ち主に視線を送る。


「ええ、構いませんわ」


快く頷く亥菜。


「じゃあそれまで……上の衣裳部屋兼事務所で少し待っててくれる?

 オーナーにも言っておかないと」


小声でそう言って奥に引っ込む寅乃。

私と亥菜は会計を済ませようとレジへ向かう。


「――とらのちゃんが『私が払っておく』って言ってたので♪

 そのまま階段を昇れば事務所です、ごゆっくりどうぞ♪」


レジにいたメイドさんが小声でそう言ってウインクする。

私と亥菜は顔を見合わせてから、メイドさんに笑顔で一礼してから外に出て階段を上る。




「――おじゃましまーす」


事務所と書かれていた扉を開き中に入る私、そしてその後ろをついてくる亥菜。

そこは――なんともピンク色でファンシーな空間だった。


「あら、あらあら貴女達がとらのちゃん――寅乃ちゃんが言っていた二人ねぇ?」


私達を出迎えてくれたのは猫耳フード付きのパジャマを身に纏った女性。

これも……コスプレかな?


「私がコスプレカフェのオーナー、単衣ひとえ 布重きぬえです♪」


「どうも、私は――」


「眼鏡の貴女が遠西ちゃんで、そちらの貴女が猪林ちゃんよね?

 ちゃんと寅乃ちゃんから聞いているわよ~。

 さあさ、そこに座って座って」


促されるまま私と亥菜は勧められたソファに腰を掛ける。

続いて布重も対面のソファに腰掛ける。


「けどびっくりしたわ~。

 寅乃ちゃんから『友人たちを少し預かっててください』なんて言われるなんて」


布重は心底驚いた、と言った表情をする。


「そんなに驚く事、だったんですか?」


「そりゃあね。

 ほらあの子、ここ以外じゃ友達がいないって言ってたし……。

 それにあんな嬉しそうな顔するなんて初めて見たわ」


そう布重は言いつつもどこか安心した笑顔を浮かべる。


「遠西さん、猪林さん、どうかあの子とずっと仲良くしてあげてくださいね?」


「もちろんですよ。ね、亥菜」


「ええ、当然ですわ」


布重の言葉に力強く頷く私と亥菜。

それを見た布重はふふ、と笑みをこぼす。


「それじゃあ寅乃ちゃんを待つ間に、寅乃ちゃんお手製のコスプレ衣装をお披露目――」


プルルルルル!


布重が立ち上がり衣裳部屋へ向かおうとすると、デスクの上の電話が鳴り響く。


「んもぅ!折角せっかく寅乃ちゃんの成果を見せようとしてたのに……。

 どうしたの?何か問題――」


どうやら店からの内線みたい。

スピーカーをオンにして応対する布重の声を遮り、声が響く。


「お、オーナー!

 とらのちゃんが、とらのちゃんが――例の客に!」

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