8匹目・亥菜とのデート?、寅乃の××
辿り着いた先は隣町のショッピングモール、その一角に立ち並ぶのはブティックやアクセサリーショップだ。
私には一生縁が無い場所だと思っていたが、亥菜のせい――いや亥菜のお陰でこうして来る事になろうとは。
さて、その亥菜と言えば――
「あらあら!ここのブランド、夏の新作が出ていますの!
まあ!こちらには新色のリップが!」
あちらこちらの店に目移りしている。
もうこのまま亥菜の買いたいもの買うだけでいいんじゃないか?
私の服なんて買わずに。
うん、絶対その方がいい。
「亥菜、気になるんだったらそっちを優先しても――」
私がそう言うと亥菜は、はっ!と我に返り私に向き直る。
「申し訳ありませんですわ!
今日は綾芽さんの為に来たのですよね!
早速綾芽さんに似合う服を見に行きましょう!」
藪蛇だったようで亥菜は本来の目的を思い出し、私の腕を引いてブティックへと歩き出した。
辿り着いたその店は有名なブランド店。
私が知る限りではイイお値段の服からリーズナブルなお値段の服まで並ぶショップだそうで。
その店に二人で入り、亥菜が一直線に向かったのは――イイお値段の服が並ぶコーナー。
「……ゼロが多い」
どれもこれも眩暈を覚える程の値段である。
こんな金が有るならマンガの新刊とかアニメのディスクとか買っているだろうなぁ絶対。
それよりも気になるのは支払い。
私はそこまでの持ち合わせは無い。
――まさか亥菜が買ってくれる、とか?
いやいや流石にこんな金額のモノを買ってもらうのは気が引ける。
やっぱり自腹だよなぁ。
「あのさ亥菜、一つ聞いていい?」
私が話しかけるまで入念に私に合う服をチェックしている亥菜。
話しかけてもその手は止めずにいたが、返事は返してくれる。
「はい?なんでしょうか」
「私、ここら辺の服を買えるほどの持ち合わせが無いんだけど……」
「大丈夫ですわ。
私が買って差し上げますわよ」
マジか。
いやそれでもやっぱり駄目だと思う。
せめてもう少しお手頃な値段の服にしてほしい。
「いや、あの、私もう少し安い方でもいいかな~って。
亥菜的にも安い服で私に合うコーデを考えるのも、腕の見せ所じゃない?」
「――そうですわね。
私としたことがうっかりでしたわ。
ではそちらの方で考えてみましょう」
そう言って亥菜はまたもや私の腕を引き、いや腕を絡ませてきて引っ張っていく。
ふと先程のイイお値段の服でコーデを進めたとして、どのくらいの予算だったんだろうか?
「ねぇ亥菜、今日の予算はどのくらいのつもりだったの?」
「あらそれを聞いちゃうのですか?
しょうがないですわねぇ――ざっと百万程度ですわ」
「ひゃ――」
どんな金銭感覚しているんだこの子。
もしかして、実はいい所のお嬢様だったりするのだろうか?
言葉遣いもどことなくお嬢様っぽいし。
「さあそれでは早速綾芽さんを着飾りますわよー♪」
お嬢様かどうか聞く前に目的地に着いてしまった。
……案の定私は着せ替え人形のようになってしまっていた。
「はあ……疲れた」
人通りの少ない場所にあるベンチに座り込んだ私の両脇には、服の入った店の大き目な紙袋が4つ。
亥菜が選んでくれたインナーやトップス、ボトムスの数種類が入っている。
さらにその脇には小さ目の紙袋が置いてある。
――下着だ。
服の試着している時に私の下着を見た亥菜は、
「……これは下着もですわね」
絶句した後に真剣な
しかしここまでの支払いは結局、亥菜に任せてしまった。
一応私でも支払えるぐらいの金額であったものの亥菜は、
「いいんですのよ。
――私が綾芽さんにプレゼントしたいのですから」
と言って私が財布を出す間もなく支払いを終えてしまった。
申し訳なさと共にある考えが浮かぶ。
――どうしてそこまでしてくれるのだろうか、と。
そこに飲み物を二つ持って亥菜がやって来た。
「はい、綾芽さん」
「――ありがとう」
持っていた飲み物の一つを私に差し出し、隣に座ろうとする亥菜。
私は紙袋を片方の脇へまとめ、亥菜の座るスペースを作る。
「どうぞ」
私が座る様促すと亥菜は微笑んで隣に座る。
「ねえ亥菜ってどこかお金持ちのお嬢様なの?」
疑問の一つを聞いてみる。
あの金銭感覚は相当なものだ。
「そうですわよ――ちょっとした会社の創始者の家ですの。
かと言ってメイドとか執事が居るような大きな家ではないですわ。
我が家の家訓に『務めて普通の生活を』とありますので」
「それにしても予算が百万って……」
普通に生活していてもあの金銭感覚は普通じゃないだろう。
「……あれは、その、ちょっと張り切り過ぎましたわ。
貯蓄は大分ありますので問題無かったのですが……」
そういう問題でも無い。
「いや、どうして私の為にそこまでお金を使おうとしてたのか。
それに服の支払いとかもが疑問なんだけどさ」
「それは――」
俯いて言葉を詰まらせる亥菜。
少し沈黙してから決心したかのように私に向き直り、
「私、綾芽さんの事が、大好きなのです!
大好きになってしまったのですわ!
それで――色々して差し上げたくなって、その……」
亥菜の告白。
その告白に私の頭は理解が追い付いていない。
これは、友人として好きなのか?それとも――
「……それでも友人としてみればやっぱり――」
咄嗟に出た言葉。
しかし亥菜は、
「ゆ、友人としての好きではなく!
その、恋愛的な、好きでありまして!」
相当感情が昂ったのかその言葉を言い終えると同時に、ぽん!と干支化してしまう亥菜。
つまりは、私は亥菜の恋愛対象、になっている、そうだ。
「女性が、女性を好きになるなんて不気味に思われるかもしれません。
けれども私は綾芽さん好きになってしまいましたの」
亥菜の想いが言葉として紡がれる。
――ただ分からない。
まだあって数日の私にそこまで想えるのか。
「亥菜がそう言ってくれるのは凄く嬉しいよ。
けどなんで数日しか一緒に過ごしていない私を?」
「――私が干支化した時、唯一笑わずに接してくれたのが綾芽さん、貴女だけなのですわ。
周りの友人、家族にすらもこの姿を見て笑っていましたの。
けれども綾芽さんはこの姿を見ても笑わず、向き合い接してくる――それに可愛いと言ってくれましたし。
――今すぐに私への返事は返さなくて構いませんわ」
耳まで真っ赤にしてはにかむ亥菜。
その姿をいつまでも見ていたいが干支化は治さないと。
「う、うん。それじゃあ干支化を治すから頭を――」
「私、決めてましたの。
次に干支化して綾芽さんに治してもらう時は――」
亥菜は頭を出す代わりに、目を閉じ唇を突き出してきた。
……もうこれは、アレだな。
「キスでも治ると子音ちゃんが仰っていましたし、問題はありませんわよね?」
片目をうっすら開けて微笑む亥菜。
私は――周囲に人がいないことを確認し、
ちゅっ
途端、ぽん!と亥菜の干支化が治った。
それを見てから私は唇を離す。
亥菜は名残惜しそうに唇が触れた部分を指で軽くなぞっていた。
「――これは、病みつきになりそうですわね。
普通の時も綾芽さんにお願いしてもよろしいかしら?」
「いや、流石に干支化以外でキスを求めないでほしいけど……」
と言ってから一人いや二人、しょっちゅうチュウを求めてくる人物が頭に浮かび、
「――時と場合による」
頭を抱えてそう答える。
多分その二人と一緒になって亥菜も求めてくるだろうし。
「ところで綾芽さん、一つ気になっていたのですが」
「何?」
「……メガネはそれ一つしかありませんの?」
亥菜は私の掛けている瓶底メガネを指差す。
「うん。とりあえずこれだけで十分――」
「次は眼鏡屋に行きましょうか♪」
私の言葉を遮り笑顔で私の腕を引っ張る亥菜。
もう少しだけ亥菜とのショッピングデートを楽しむ事となった。
「はぁー今のメガネもおしゃれで、あっという間に作れる物なんだねぇ」
今の眼鏡屋の技術に驚く私。
私が最後に行ったのは小学生ぐらいの時で、今よりも結構時間が掛かっていた気がする。
「今日買った服のコーデと合うフレームを選びましたので、帰ったら試してみましょうか。
ふふふ楽しみですわ♪」
ウキウキと歩く亥菜と並んで車まで歩く。
荷物を車に積み込んでいると、ふと駐車場の隣の道路、その向こう側に目が行く。
そこら辺はビル群が並んでいて様々な店が並んでいた。
その前を行き交う人々、その中でひときわ目立つ格好の人物がいた。
「本日はコスプレカフェ、メイドデーですよー♪
色んなメイド服が見られるチャンス♪
オプションで猫耳とかもつけられますよー♪」
凄く目立つメイド服の女性。
周りはスーツ姿や私服なのでさらに際立つ。
しかしそれはどうでもいい。
私がその人物に目が行ったのは――
「ねえ亥菜、あのメイド服の女の子。
――寅乃じゃない?」
私の言葉に亥菜もその人物に目を向ける。
「……確かにそのようですわね」
何とも言えない表情で寅乃を見る亥菜。
……もしかして寅乃が言えなかった仕事って。
「ちょっと、行ってみる?」
「綾芽さんが気になるのでしたら、お供しますわ」
私達は荷物を積み終えて先程寅乃と
すでに寅乃らしき人物の姿はなく、別のメイドさんが居た。
「あのー先程居たメイドさんは――」
「はい?とらのちゃんですか?
今は店内で接客中です~」
とらのちゃん。
いやまあ確かにそのまま読めばそうなるよね。
「それでその、とらのちゃん?はここで働いているの?」
「はい~しかもウチの店の衣装なんか大体とらのちゃんが制作しているんですよ~」
なんとなく寅乃がどんな人物か分かってきた気がする。
「それでお嬢様方はお入りになりますか?」
「いいよね亥菜」
もちろんと頷く亥菜と共に、私たちはビルの中のコスプレカフェへと足を踏み入れる。
「お嬢様二人、お帰りになりました~」
「お嬢様方、お帰りなさいませ~」
案内をしてくれたメイドさんの掛け声で店内の他のメイドさんが出迎えてくれる。
……ちょっとこっぱずかしい。
よくアニメとかマンガではこういうのは見た事あるが、実際に見ると……。
店内には10人程度の客と数人のメイドさんが居るが当の寅乃は見当たらない。
「あの、寅乃――とらのちゃんはいますか?」
案内された席に座り、注文を取りに来たメイドさんに聞いてみる。
「とらのちゃんをご指名ですか?
でしたらお食事をお届けの際はとらのちゃんにいたしますので~」
それならと、昼食もまだだったのでサンドイッチと紅茶を注文。
それを控えてメイドさんが奥へと戻っていった。
少ししてトレイを片手に別のメイドさんがやって来た。
「お嬢様お待たせしました~。
とらのがサンドイッチと紅茶――」
トレイを私たちの目の前に置くと同時に固まる――メイド姿の寅乃。
やっぱり寅乃のようだ。
そして品物を手早く置いて、笑顔のままつかつかと素早く器用に後ろの向きで戻っていく寅乃であった。
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