第2話 あなたを知ること

唐突だけど、映画を見ることが好きな人ってたくさんいると思う。


けど、逆に撮ることが好きな人って、どれくらいいるんだろう?


僕はそれまでそんな人がいるなんて考えたこともなかったし、知る必要だってなかった。


だけど、僕はそんな人に出会ってしまった。


これは、そんなお話。

















ウチの学校には映画研究会が存在する。


この映画研究会、実に優秀な部活で結構いろんな賞を取ったという実績がある。自主制作映画で主演をしてた人なんかで芸能界に行った人だっている。


とはいえ、ネクラくん、で通っている僕には何の関係もないことだった。


はず、だったんだけどねぇ。


「君」


廊下を歩いてるときに声がかけられた。


もっとも、その相手が僕だ何て思ってもなかったからそのまま素通りしようとした。だって、ネクラくんで通ってる人間に声をかける奇特な人なんていると思う?


「ちょ、ちょっと待って」


今度は少し慌てた声とともに肩に手が添えられた。


「えっ」


ここで、漸く声をかけられたんだって自覚できた。


「…… うん。いいかな」


何がですか、とは言えなかった。


だって、声をかけてきた相手はカッコイイと評判の女子生徒月守 皐先輩だったから。こんな人が僕なんかに何の用だろうって。


校内でもストイックで、クールでさらにはスレンダーな三拍子そろってクールビューティーと称される人が、ネクラくんに声をかけてる。


何、この状況?


「先輩みたいな人が、僕なんかに声かけてもいいんですか? 変な噂が立ちますよ」


「それは誰の所為?」


ある意味、予想外の質問だった。そんなこと、聞くまでもないのに。


「僕の所為に決まってるじゃないですか。そんな決まりきったこと、何で訊くんですか?」


そう、わかりきってる。決まりきったことだ。僕といれば変な噂が立つ。僕は人の邪魔になる存在。


だから、目立たないようにしようって決めたのに。


「私、自分の目を信じてるから」


なのに、どうしてこの人はこんなに嬉しいことばかり言ってくれるんだろう。『自分の目を信じてる』その言葉は、僕にとってどれだけの意味を持つだろう。


だって、『自分の目を信じてる』っていうのは『他人が決めた評価なんて知らない。自分で見て決める』っていうこと。


「それで、用があるの」


漸く、本題に戻った。


や、話逸らしたのは僕なんだけどね。


「私たちの映画に、少しでいいんだけどね、出てほしいの」


「無理です。ごめんなさい」


即答した。


僕が役者? 無理に決まってる。そんなことができるんならもっと違う人生送ってるはず。


「無理、かぁ」


けど、先輩はとくに気にした様子もなく、ただ冷静に呟いた。


それで諦めてくれるんならよかった。


「でも、その無理って“やって確認した”無理じゃないよね?」


だけど、この人は僕の逃げ道を塞いでくる。


「どうしても、僕にやらせたいんですか?」


「うん」


先輩は億尾もなく言い切った。


どうして、こんなに迷いもなく言えるんだろう?


「だって、あんなに二面性がある人なんていないよ?だったら、外での君となら役者になれるよ」


外での、僕。


この人は、どこでソレを知ったんだ? 僕は誰かにばれるように振舞った記憶はない。


「言ったよね? 自分の目を信じてるって」


何を言いたいのか分からない。


「髪を整えずに、服も皺だらけにして、猫背に伊達の瓶底めがね。これだけしてれば人の注目は集めない。


 けど、外で変な風に絡まれるのが嫌だから、その時だけは髪も整えて、服もきちんとして、背も伸ばして眼鏡も外す。本当、役者だね」


「どうして、そんなことを知って……」


誰にも知られたくなかったのに、どうしてこの人は知ってるんだ。


「うん。外の君でいい。名前も出さないし、今の君は表に出さない。約束するから。


 最初に外で見かけて、今出会って、本当に強く思った。君と一緒に演りたいなって」


こんなにも、こんなにも、求められたのは初めてかもしれない。


それも、こんなにもきれいな人に。


だったら、僕は。


「わかりました。でも、唐突にふるって事はそんな大きな役じゃないですよね?」


「うん」


応えよう。


人に求められるのはいいことだから。だから、僕は応える。せめて、この人にだけは応えたいって思うから。

















あれから、映画を撮って、その映画が入賞して少しだけ、いや、初めからだけど、先輩がもっと遠くなった気がした。


おかしいな。映画を撮ってる間は同じラインに並べた気がしたんだけど。


「お疲れ様」


そんなことを悩んでいる場所がまずかったかな?


「折角の打ち上げなんだから、楽しもう? あの賞は、全部柴田君にあげるから」


そう、今はあの映画が入賞したことを記念しての関係者だけの打ち上げ。だから、今はここにいる。


最初は行かないって言ったけど、皆、僕が行かないなら中止するとまで言ったから参加することにした。


「楽しんでますよ? 賞は皆さんのものです。大切にしてくださいよ。


 僕は、皆さんが楽しそうにしてるのを見てるだけでいいですから」


これは僕の本音だった。


だって、僕は本質的に部外者だから。だから、僕は賞なんてもらえないし、皆と同じ輪に入ることもできなかったんだ。


「ふう。じゃ、質問しよう」


僕を呼びに来た月守さんが指を立てて笑顔で言った。


「どうして、柴田君が来ないと中止にするとまで言ったと思う?」


そんなこと、わかるわけがない。


僕は、あなたじゃない。


「皆さ、柴田君のこと仲間だって思ってるんだよね。それで、誰一人として欠けることなくここに来てほしかったんだ。


 だから、君の性格を考えて来ないと中止にするって言えば来ると思ったんだ」


先輩だって、僕じゃない。


なのに、どうしてこんなに僕を理解してるんだろう。


「仲間って言ったよね? だから、ここで1人でいるのを見過ごしたりできなかったんだ」


あぁ、この人は僕のことが“心配”なんだ。


「やっぱり、あの輪の中に入るのは、引け目を感じるかな?」


「どうして、そんなに僕のこと理解してるんですか?」


聞いておきたかった。


どうして、僕をこんなに見てくれているのか。


「私が、ずっと見てたから」


見てた?


どうして、僕のことを見てた?


「大体、2回見ただけで誘うわけないでしょ」


「え?」


2回見ただけで誘うわけないって…


「言ったでしょ、“ずっと”見てたって」


ずっとっていうのは、いつから?


「最後まで、言わなきゃわからない?」


何を言うっていうんだろう。僕は、これでいいんだ。


人に求められたってだけで、十分なんだ。


「私は、君を知りたいって思ったから近くに居られるように行動した。そして、君を好きになった。


 それは、君の人生には邪魔かなぁ?」


卑怯だ。


この人は卑怯だ。


そんなこと言われたら、僕の逃げ道はなくなってしまう。


無理矢理記憶の奥底に押し込めた感情が、こみ上げてきてしまう。駄目だ。一日、休みの日に制御しきれない感情を泣きながら押し込めたのに。


やめてくれ。僕を今以上に求めないでくれ。


そんなことをされたら、僕は自分を止められなくなる。僕を壊さないで。


僕は、僕は……


「ごめん」


先輩が、謝った。


「泣かせちゃったね。だから、ごめん」


僕は、泣いてるの?


だけど、この人に心配してもらいたくなんてない。これ以上、余計な心配はさせたくない。


「ごめんなさい。僕は、その感情に…… 応えるわけにはいかないんです。そんな感情、ずいぶん前に捨てました」


だから、終わってしまえばいい。それで、いい。


「捨てた、かぁ」


なのに、何か言いたそうにしてる。


僕はそんな人の前にいたくなかった。


「捨てたんです。僕は、誰かを好きになっていいわけないって思ってたんです。


 そんな人間が、ここにいるんです。だから、そんなこと、言わないでください。迷惑なんです」


だったら、拒絶してしまえばいい。だって、それはこんなにも簡単で、言ってしまえば終わるから。


「それって、自分の本音を置き去りにして出した結論だよね? そんな結論で、誰か納得すると思った?


 するわけないでしょ。私は、そんな理性で無理矢理押し込めて無かったことにしましたってことを聞きたかったわけじゃない。素直な気持ちを知りたいの」


だけど、何でこの人はこんなに終わりを拒むんだ。何で…僕は、忘れてしまえたらよかったのにって、後悔してるのに。


「だって、僕なんかといたら、先輩に変な噂が立ちます。迷惑、かけます」


そうだ。これが、僕が感情を押し込めるのはこれが理由。


この人と、僕じゃ住む世界が違いすぎる。


影を往く者と陽の当たる世界を往く者。


僕じゃ、繋ぎとめることもできない。


「私は、噂なんて気にしないよ。それでも、気になるんだったら、学校ではあまり近付かないようにすればいいよね?


 放課後とか、休みの日とかなら好きなだけ一緒にいられるし」


なのに、何で、何でこの人は僕を陽の当たる場所に繋ぎとめようとするんだ。


僕は、そんなところにはいられない人間なのに。


「それに、自分の想いまで、否定したら駄目だよ。それは、何かを愛するっていう、本当に大切な感情まで否定してしまってるんだよ?


 態々、目立たないように影を選んで歩き続ける必要もないよ。君は、光になれるから。


 部長も言ってたからね。君がいるから、私は輝きを増したって。私だって、自信はないよ? 君を好きだって言ったけど、自信なんてなかった。だけど、その涙は…自分を否定することの悲しさに無意識で気付いてる、心の叫びだよ。早く、気付いてよ。勇気なんて、いらないんだから」


そこで、僕は1つだけ、気付いた。僕は本当にこの人が好きで、それを消したくなんてないってことに。


「そう、ですね。だけど、僕は誰かを好きになれた気持ちを肯定するだけで精一杯です。


 こんな、幸せになんかなったら駄目なんて思ってた人間が誰かを好きになれた。それだけで、十分すぎます。だから、僕のこと忘れてしまってください。僕は、貴方に会わないようにして、幸せだった日々のことを思い出しながら生きていきますから」


だけど、決別しなきゃいけない。


僕はこの人を縛るわけにはいかない。


これから、この人はいろんな人たちに必要とされて生きていく。そこに僕が存在するわけにはいかないんだ。


「…… ふざけないでよ」


先輩が、僕の胸倉を掴んで壁に叩き尽きた。


「ふざけないでよっ」


普段はとても物静かな人なのに、そんな人が激昂した。


映研の人たちが何事かと思ってこちらに目を向ける。


「私が何を思って君を好きだって言ったと思ってるのよ。私が何を思ってこんな話をしてると思ってるのよ。


 忘れてください? 忘れられそうにないから、こんな告白したんじゃない。傍にいたいから、こんなこと言ってるのに、忘れてくださいって何なのよっ」


何度も何度も、僕を壁に叩きつけて、泣きながら僕に言葉をぶつけてくる。


物理的にも、精神的にも、痛い。何もかもが痛い。


「勝手に上限を作ってしまったら終わりだよ。だから十分だとか言わないで。お願いだから、言わないで」


それきり、何も言わず、僕を壁に叩きつけることなく、僕の胸に顔を押し当てて泣き出してしまった。


僕は、間違ったんだろうな。


人を求めなきゃいけないのに、拒んでしまった。


だから、受け容れよう。


「言わなきゃいけないことが、あるんです」


自分の感情、自分の本音。


「条件を呑んでくれるなら、応えます」


大切なこと、大切な人。それを守る為に、僕にできること。


「だから、もう泣かないでください。僕はもう絶対に忘れたりなんかしないから」


それは、本当に大切で、失っちゃいけないもの。


心の底から手放したくないって思えるもの。


「もっと、貴方のことを知りたい。貴方だけ、僕のことよく知ってるのは、卑怯だ」


絶対に、離したりしない。


そう、決めたから。

















約束をした。


絶対に離したりしないこと。


学校ではあまり近付かないこと。


休みのうち一回は必ず会うこと。


約束をした。


僕は、限界を飛び越えて先へ行く。


心の底から、大切に思う人のために。


僕は往く。


あなたを知ることが、僕を知ってもらうことが、絆になる。


だから、僕はもっとあなたのことが知りたい。






* * * * * * * * * * *




以下後書


12年前の文章を改めて発掘。一哉は中二病を軽く拗らせてます。まぁ、小学生の頃に整った容姿の所為で酷い目にあったことがある、と認識していただければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る