傘下
佐竹六花
傘下
教室の中で雨が降っているようなので、傘をさしている。雨は私が高校生になったすこしあとからずっと降り続いている様だった。傘は透明だった。風が吹いたら飛ばされるくらいの浅はかな傘だった。
傘の前に立つ子がいた。爪先が傘下にすこしだけ入っていた。その子は、はじめまして。と言ったので私もはじめましてと返した。この雑誌が面白いのというので、私は微笑んでみたけど、言葉が見つからなくてそのままいたら、その子は足を引っ込めて、どこかへいってしまった。傘がすこしだけ灰色になった気がした。
今日も傘をさしていた。昨日の子とは違うけど、今日は三人来て、三人去った。その代わりに、傘は濃い灰色になった。帰りに、校舎の階段を下りながら、誰とも話したくないなと思った。階段の終わりに今日話しかけてきた子がいて、傘がずっしり重くなった。でも、私がうつむく程に思い傘は昇降口に近づく程に軽く、透明になって、周りに誰もいなくなった頃には、骨と柄だけになって私の頭に突き刺さった。そのまま、ズブズブ入っていった。痛くはなかった。
最近は誰も話しかけてこなくなって、傘は重く黒くなっていた。雨もたくさん降って、そのあげく、鋭かった。教室がそれで見えなくなるほどに。みんなの足元しか見えなかった。でも、今日一人だけ話しかけてきた子がいた。その子と話せるはずもないなと思った。そのはずだったのに、不思議だった。話す内に、楽しくて、傘はいつのまにか透明で軽くなっていた。雨もすこし弱くなったと思う。随分、楽な気がしていた。
次の日はその子の手に鋏が握られていた。そして、一思いに私の傘に突き刺した。怖かった。鋏は怖くなかった。傘が壊れるのが怖かった。私も突き刺される気がした。そのままジョキジョキ切られていって、遂に傘は帰り道のときみたいな骨と柄だけになった。ただそれは、私の頭に突き刺さらなかったし、入ることもなく、消えた。瞬間、雨がやみ、真っ正面から風が吹いた。私が黒板から後ろのロッカーまで吹っ飛ばされる疾風だった。一刹那のことだった。風はその子が微笑んだからで、雨と、それと傘はその子が私の手をとったからだと思った。
それからは飛んで学校に行った。その子がいるからだった。最近はよく見える。みんながみんな、"傘"をもっているらしかった。それは鞄で、モアイ像で、頭のラフレシアでもあった。教室にはいると微風が吹く、雨上がりの淡い太陽の光が差している。その子がやって来た。でも、そのずっとずっとその向こう側の、窓際の、一番後ろの、あの子は床に太くて頑丈な木の根を張っていた。あの子に誰かが話しかける度に、根が音をたててめきめきと伸びて広くなった。私の前に来ていた子はスコップを私に見せた。私も手の鉈を見せてみた。
これからは私が、床を掘って、根っこを切り落とすつもりだ。
傘下 佐竹六花 @hotaru0106
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