第28話 温泉へ行こう
「まも君、まも君」
夢の中で、護に声をかける二次元嫁の紫音。勝利を祝福してくれるかの様な優しい笑顔でこちらを見つめている。
「紫音ちゃん、勝ったよ強敵倒したよ」
「うん。凄い凄い、まも君カッコよかったよ」
「おかげで、体が痛いけどね……」
「ところで………一緒に居た女・の・子・は誰?」
「誰って……と、友達だよ」
「ねぇ、誰なの? 誰なの?」
護の話を聞かずに、護の肩をゆさゆさと揺らす紫音。その瞳は悲しげな物であった。
「違うんだ……紫音ちゃん……あの子は……はっ! 夢か」
夢から覚めると、自分の部屋のベッドにいた。目の前には護の肩をがっしりと掴んだ莉央が。
「お兄ちゃーーん! 目が覚めたんだね。ヒック……ヒックうえぇーん! 良かった死んじゃったかと思ったじゃん!!」
「………莉央」
護の胸に顔を埋め、泣きじゃくる莉央。寝覚めの悪い夢は莉央の仕業か……。
莉央の話によれば、護と伊織は神魔町まで運ばれ、家に送り届けられた。その後は三日間寝込んでいたと言う。
恐らくコキュートスを撃退した後、マナタイト鉱石は無事にジブリールに戻り、いつもの日常に戻ったであろう。
「護、起きたか? 支度しろ出掛けるぞ」
「と、父さん!? 仕事は?」
「今日明日と連休を貰ったからな。家族水入らずの旅行と行こうじゃないか」
「あなたー、準備オッケーよ」
「凛子、護の支度が整ったら行こう」
今更ながら護の母親の名前は
家族水入らずの旅行かと思われたが………。
駅に着くと、目の前には伊織とその父親と母親らしき人が……。
「初めまして神里です。息子がお世話になっております」
「ご丁寧にどうも、宮本です。こちらこそ娘がお世話になっております」
何の冗談だ? これは。
「宮本さん……これは?」
「私にもわからないのだけれど……」
お互いの両親が挨拶を交わす中でヒソヒソ話をする二人。
「ヤッホー皆いるわね?」
後方からサングラスをかけ、セレブな格好をしたジールが参上。
「「なっ!」」
「二人共驚いた? 頑張ったご褒美に君達と家族を温泉旅行にご招待」
このババァ、何を考えている? と不信感を抱く護。対して伊織は
「細かい事は気にしないで、楽しむわよ」
ジールに上手くまとめられ、電車に乗り込む一行。
神魔町から離れ、電車に揺られて約二時間で目的地の温泉街へ到着。車内では、両家父親とジールが一杯やり始め、母親は護と伊織の幼少期を語り出す。莉央に至っては伊織にベッタリだった。
「荷物置いたら、一時間後夕食だからね」
男女別々の部屋に分かれ、一息つく護。まるでこれは、両家の結婚を前提とした旅行じゃねーか!? と突っ込みを入れるも……華麗にスルーされていた。
夕食まで時間があるから先に温泉に浸かるが……女湯から女子トークが男湯まで聞こえてくる。
「ジールさんは、プロポーション素敵ですね」
「何をおっしゃりますの? 神里君のお母様。お母様こそまだピッチピチじゃないですかぁ」
「最近ウチの伊織がお宅にお邪魔してお世話なっております。二人は付き合っているのかしら? 護君いい子そうだから婿に欲しいわね」
「あら? ウチの護は大事な家電……じゃなくて、息子だからそう簡単には渡さないですよ」
伊織のいる前で結婚話をする両家の母親、幸い本人には聞こえてない。伊織は莉央の世話をしていた。
「莉央ちゃん髪サラサラだねぇ」
「伊織さんこそ、胸大きいねー触らせて」
「きゃあ!! コラッ莉央ちゃん、いたずらしないの! 髪洗ってあげるからおいで」
そんな会話が壁を伝い護の耳に入り、赤面中。
……一体何をやっているんだ? と。
「ヒック………くぉらぁーきゃみさとくぅーん《神里君》誰のおかげで生きてると思ってるのぉー? ちゃんと尊敬の意を込めて、お酌をしなしゃーい!!」
夕食の時間、既に酔っ払い護に絡みだすジール。
………酒臭い……勘弁してくれ。
「お兄ちゃん、これおいしいよ。はいっあーん」
「莉央ちゃん………お兄ちゃん恥ずかしいから……やめて」
和気あいあいと会話と食事が進み。伊織はクスクスと笑っていた。もう……好きにしてくれと言わんばかりに護は諦めて、今を満喫する。
「護、ほらほらジールさんのご指名よ。きちんとお酌しなさいね」
「そうだぞ護! この人のおかげで今があるんだぞ」
息子を一億で売っておいて、この親は………。
父、悟も酔っ払いながら、母、凛子に便乗し、伊織の父、武三と語り合っていた。
「さてと……じゃあ神里君、付き合いなさい! 温泉と言ったら卓球よ!」
「先生! 約束があるから却下!」
………ドカッ! バキッ!
「どうせゲームでしょ? さっさと来なさい!」
ジールにどつかれながら、強引に連れていかれ、何故か伊織と莉央も便乗。
カコンカコンと、ピンポン玉を打つ音が木霊し無言のラリー状態が続く。
「二人共、本当コキュートス相手に良くやったわね」
「それは、どうも………」
両親の前だからか、あまり今回の事を話せなかったのか? 莉央は既に伊織の膝の上で寝ていた。それを見計らい、今回の事を話し出すジール。
「これ、返す……」
玉を打ち返しながら、ブレスレットをジールに投げる護。ついでに、伊織もブレスレットを手渡す。
「コラッ! 危ないじゃないの!」
再びジールが玉を打つが……護に向かっていった玉に魔力が込められている事に気付きだした。
「ちょっと待てーい!!」
激しく回転された玉が壁にめり込み、冷や汗が……。
「ただの卓球じゃつまらないでしょ?」
この野郎と言わんばかりに、護も反撃に転じる。伊織は好きにしろと言う顔で、莉央の面倒を見ていた。
「往生せいやーー!!」
護もラケットに魔力を込め、ラリーと言うか……ジールに殺意を込めて玉を打ち返す。
「ちょっと……ナメんなコラッ!」
ジールがすかさず玉を打ち返し、護の顔面にクリーンヒット。
「ぐふっ………」
その場に倒れ込み、動かなくなった。
「ふぅ、いい汗かいた。もう一回お風呂行こうかしら」
倒れた護を放置し、再びお風呂に行くジール。
「………ん?」
「目が覚めた?」
目が覚めると、ロビーのソファーに横たわっていた護。
付き添いで目が覚めるまで、護の側に伊織がいた。
「もしかして、ずっと居てくれたの?」
「このまま放置したら寝覚めが悪いから、莉央ちゃんを部屋に戻してから、またこっちに来たの。ちなみに君をここまで運んだのはジール様だけどね……」
月明かりが照らされたロビーにて、伊織の顔がにこやかに微笑んでいた。まるで、舞台に立っている演劇の役者の様にも思えた。
「今回は、神里君居なかったら危なかったよ。正直私一人じゃどうにもならなかった」
「……………」
黙り込む護、それでも伊織は今回の事を振り返り出す。
「色々あったけど、何だかんだで神里君には感謝しているよ」
「お、俺だって……宮本さん居なかったら逃げてたよ……だからって、女の子一人で戦わせるのは尺だったと言うか……俺のプライドが許さなかったと言うか……」
護も小声で言った。
………ありがとうと。
「えっ? なぁに? もう一回言って」
「聞こえてた癖に………ありがとうございます」
何だかんだで、それなりに楽しめた温泉旅行でもあったなと、護は思った。
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