現世をもう少しで滅ぼせそうだった私が異世界に召喚されてしまったが、必ず現世に戻って世界を滅ぼす話
小川真里「フェンシング少女」スタンプ
第1話 異世界に召還される場面
一話
「……」
「あなたが、私の召喚に応じてくれた女神様……なのですか?」
「……は?」
そこは、光源のない部屋だった。
私の空間把握では、なんというか「小ホール」というサイズ感で、私はその中心にして天井付近に浮遊していた。足元には私の言語野にない文字と、記号で表された円の模様――一言で云ってしまうと「魔法陣」が敷かれていた――それだけが、この部屋の中で光を放っていた。
ふーん、……。
「あの……」
と、魔法陣の前に立つ、銀髪にしてわりかしスタイルとルックスのいい少女――私より少し歳下、十六七歳に見える彼女が、不安げにこちらを見上げる。声も透き通って可愛らしい。
……というか文字は読めないのに口頭で話すと言語が理解できるのか。
「なぜあなたと私の言葉が通じ合っているのか?」
「あっ……たぶんですけど、私の言語の、魔法陣を通して召喚したから、ではないかと……」
声の震えから不安が伝わってくる。
「その文字は読めないけど?」
「えっ? あっ、陣の文字、ですか? 古い文字だからかもしれません。し、もしかしたら、慣れてくると、読めるように、認識が変わってくるかもしれません」
一つ少女は息を呑む。彼女の心臓の鼓動が、この部屋の空気中を揺らしているのではないかというくらい、手に取るように私に伝わる。
手に取るように――
「召喚の目的は?」
「あ、あの、このご存知かもしれませんが――」
「知らないから訊いている」
「す、すみません」と彼女は額から汗を流して頭を下げる、楽しい、「もう、方法がなくて」
「なんの?」
「はい……何から話せばいいか」
「端的に」
「はい……一年ほど前から、突然魔獣たちの数が増えて」
「魔獣?」
「はい、魔獣、です。あの、ずっと私たちと共存してきた、四本足の生物です。私たち人間ほどの知能はなく、食べること、より強い子孫を残すこと、を目的として生きていますが、私たちが食事を与えることや、天敵から守ることとの引き換え的に私たちの生活を助けたりしていました」
「突然饒舌になるね」
「はっ、いえ、ずっと、小さい頃からずっと、魔獣たちと一緒に暮らしてきたので」
「……魔獣を悪く言う奴もいて、あなたはそれが許せなかったと」
「……」
「一応言うと、私に隠し事はできないからね」
その鼓動を――手に取るように。
「……」
「私を私が元いた世界に戻す方法は? この召喚陣をもう一度くぐればいい?」
「……もうこの魔法陣に、そしてこの私にそこまでできる魔力はありません。今はただこの部屋の灯りになっているだけです」
「唐突にボケても誰もツッコまないよ?」
「……きっと魔獣を全て倒して! その魔力を溜めれば! だから」
「だから何?」
――その心臓を、手に取って。
あー、うん。
はいはい、なるほどねー。うんうん。
やっと肉体に、私の魂が馴染んできた。
両手をグーパーグーパーして、両肩をグリグリして、何度か屈伸運動をして、背の翼をばさばさと羽ばたかせる。……。元の世界ではもう使うことのない飾りだったけれど、この世界では私の〝能力〟では飛行できないかもしれないからなあ。
大気を満たしている物質が、私が知る地球とは異なることで、私の空間制御が物理的な翼なしではできない可能性があるのだ。
……はあ。面倒なことになった。
いや、そもそもここに来る前から面倒なことになっていたのだけれど。
私は
うん、自己認識を確認していく。
私はどうやら、クソカス
最終術式〝
……魂と肉体を分けて〝封印〟するとは。そんなことが、まさか可能だったとは。可能だったとして、それだけの地球戦力を協力させられるとは。
ふむ……。
私の能力は〝改変〟――〝救済〟。世界を救済する能力。
まあ、元いた世界を救済し終える前に、〝封印〟されてしまったわけなのだが。
殆ど終わっていたから、まあいいか。戻ったらやろう。
なんか「家帰ったらやろう」からの「家帰った瞬間にやる気なくなる人」みたいな発言になってしまったが。
さて……。
……やはり、違う。
私がいた地球とは、ただ時代が過去や未来に移動しただけとは思えない差異が、幾つも存在しているように観測できる。全世界を観測する私の能力で。地球っぽい惑星ではあるが、惑星そのもののサイズや、もちろん海や大陸の形状、人口、生態系、環境が僅かだが似ても似つかない程度には異なっている。
この、どうやら私がいた世界とは別の世界――長いので単に「異世界」ということにしよう――で、この私の能力がどの程度行使できるかは、都度確認しなければならないか。
私を召喚したらしい――「らしい」と言っておこう。彼女はたまたまそこにいた召喚者のヘルプだった可能性もゼロではないし。まあ十中八九
私の認識だと――私に救済を与えた超越者に付加された、超越的認識によると――並行世界は存在しないはずだったのだが、もしかしたらこれは並行宇宙、なのかもしれない。そうなってくると私の役割はなんだ。この世界のジアースになることなのだろうか。
……召喚者を拷問もせずに、結局真っ先に殺してしまったのはやはり間違いだったか。
当然、肉体の持ち主の魂はもうこの肉体にはいない。この世界の宗教はどのようなのかわからないが、天に登ったか無に帰ったか、有り体に言えば死んだ。そんなわけで、私の目的はともかく彼女の目的が不明だ。
いや――
まあ、さっきの質問でだいたいわかったけれど。
私を召喚してまで――彼女は「女神様」と言っていたが――その「女神様」に「結果」の後始末をさせようというのは、なんというか傲慢なことだ。
ああ、あと、これが聖杯戦争でなかったのは行幸だったと言わざるを得ない。マスターを抹殺してしまっては、……なんかそんなサーヴァントがいたような気がするが、まあいいか。ついでに彼女の精霊らしきもふもふした小動物も内側から破裂させてしまったし――能力の試用の意味もあってその方法になったわけだが。
まあ、リスクヘッジだ。と私は合理化することにした――防衛機制のほうね。
召喚者と仲良しのフリをして目的を探るよりも、さっさと抹殺したほうが行動がしやすい。やはりふよふよした魂だけでは――魂こそが「私」だとしても、地に足ついた肉体はやはり欲しかったし。魂状態だと私、裸な見た目だったし。
――そしていかにも私っぽいじゃないか。
目の前の鏡を見るに、この肉体への改変は成功したようだった。
私が封印される前の肢体に綺麗に戻せた。身長百七十センチメートル、体重六十六キログラム、九十四・六十二・九十のFカップ、完璧だ――自身の肉体美に対する評価ではなく、私の能力に対する評価。眼鏡がないので非常にバランスが悪いが。
「目の前の鏡」と言っているけれど――「眼の前の鏡」で「眼鏡」という意味でもない――ようやくこの「魔法陣しか灯りがない小ホールくらいの部屋」の暗さに目が慣れてきて、周囲の壁面であるべきものが全て鏡だということが判明したのだ――いや。
きっと、ここは所謂「物身の部屋」なのだ。恐らく。
……今ふと、なぜ「たぶん」という意味の言葉に「恐い」という字を使うのだろうという疑問が浮かんでしまったが、正直今はどうでもいい。
さておき。鏡を使って、まるで水晶玉を覗くように、この世界の様子や、或いは未来さえも見る部屋。どのような魔術形式で、何を生贄――材料にして行うのかは不明だが。
『魔獣を捕まえて魔力を溜めれば』というようなことをあの少女は言っていたから、材料も無限ではないのだろうけれど。……まだ(?)魔法陣の文字も解読できないので、術式も解明できないし。
眼鏡……部屋には鏡の他には物が一切なく、仕方なく先ほど破裂させた精霊の骨で眼鏡を造ってみたが、生臭さがどうしても取れなかった。……どうやら私の能力は万全ではなさそうだ。
はあ……眼鏡がないと落ち着かないんだよなあ。
まあ、仕方がない、この漆黒の部屋からいよいよ出るか。眼鏡そのものはなくとも、それっぽいものはあるだろう。例の少女も、私たち人間と同じ形態をもっていたし。
あ、先に言っておくと、私も例の少女も、例えば「ラフム」のような『「人間」という呼称であるが一般的な『人間』ではない」というものではない。
ああ、その前に、折角だからこの鏡を使っておこう。「使っておこう」というか、「使えるのかどうか試してみよう」という感じだけれど。私の〝能力〟も試しておきたいし。
〝
――呪い、だ。
私は劣化コピーだから、〝能力〟が極端に弱体化する代わりに使用するタイミングを好き勝手選べるのだけれど、本家は強力すぎて発言に二つの意味があるものが存在した瞬間に能力として発現するのだ。こわ。
さっきした単純な観測では正直詳細な観測はできなかったので、こうして利用できる
「〝
〝
脛の中盤まであった、何で作られているか全くわからないが手触りのとてもいいスカートを膝丈まで引きちぎって「御簾」――要するに「すだれ」だ――へと〝改変〟し、それを通して「
きっと本家なら、この世界の結末までも〝
「……」
あちゃー。これは思った以上だなあ。
壁四面の鏡の二枚に過去、一枚半に現状、そして残りの半分になんとなくな未来が描かれていた――まあ、よかった。私はどうやら、少なくとも現状普通に行けば、元いた世界に帰られるようだから。
……それ以外は、大概酷かった。
普通に、と云っても、……はあ、魔力集めは、大変そうだなあと、私はこきこきと首を鳴らした。
次回に続く
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