No.2 私が不幸にならないバグがあってもいいけれど
「これでどうですか、王子様」
「ああ、いいけれど……」
「いいけれど??」
私とデニスは機械一杯のお気に入りの部屋にいた。
オイルの匂いが充満しているこの部屋は好きなのだけれど、デニスは入るなり鼻を押えて、「お前の鼻狂ってないか??」と言っていた。
私は「あなたの鼻が狂っているのよ」と言ってやったけれど。
私とデニスは木の丸椅子に座り、私は作業をし始めた。
いつも機械をいじるように私はデニスの要望に応えるため、直していく。
やたらと文句を言っていたから頭にきそうになったけれど、そこはぐっとこらえてクライアントの意見をしっかり聞いて細部まで見ていった。
そして、最終調整は終わったのだけれど……。
しかし、デニスの肘、膝部分の接続部分を完璧に調節したのにも関わらず、不満そうな顔をしていた。
音もだいぶ聞こえなくなったし、動かす時の違和感もなくなったはずだ。
でもなぜ、そんな顔するの?
と思っていると、デニスは口を開いた。
「これって俺の腕なんだもんな……これから」
「……」
彼は新品の腕を静かに見つめる。
そりゃあ、そうか。
突然、
違和感ありまくりだよね。
……。
バンっ!!!
私は彼の腕を勢いよく叩く。
「痛っ!! いきなりなにすんだよっ!?」
「痛いのね。じゃあ、それはあなたの腕ね」
私がそう言うと彼は黙る。
シエンナは椅子に座っていたが、立ち上がり仁王立ちをした。
「ナめてんじゃねーぞっ!!! このクソガキっ!!!!」
「!?」
汚い言葉を叫んだシエンナはデニスに指をさす。
「あなたは両腕と両足を失っただけだけど、他の兵士はどうよっ!? えぇっーーー!!!! いないでしょ、この世にいないでしょっ!?」
デニスの心を傷つけるかもしれないけれど、ここでヒヨって死なれるのは困る。
あんたは主人公と幸せになるのっ!!
「大切な家族、友人がいた。けれど、その人たちを残して戦場に向かい、亡くなった人がいっぱいいるの!! そんな中、あんたは生きてるのっ!! 言いたいこと分かるっ!?」
それにさぁ……。
「あんたには聖女さんが待っているんでしょっ!?」
「!?」
デニスは俯いていた顔をさっと上げる。
「なんでそのことを……」
知ってるわよ。
だって、聖女は主人公だもの。
彼女に何度敵対視されたのやら。
私は大好きだったのだけれど、なぜか嫌われる一方だったのよ……。
過去のことを思い出したシエンナは頬をプクーと膨らます。
「だから、あんたはちゃっちゃと戦争を終わらして、その聖女さんと結婚!! はい終わり!!」
「結婚!? 聖女ってことはハンナとか?! それとも……」
それとも……??
それとも……!?!?
へ?
「サナエとか??」
え?
まさか、聖女が2人?
ハンナだけじゃないの??
しかも、日本人っぽい名前??
予想外のバグにシエンナが混乱していても、デニスは気にすることなく話し続ける。
「ハンナもサナエも俺にとって大切な友人だ。彼女らは確かに俺の帰りを待っていたが、そういうのではない」
「なんでよっ!?」
椅子に座るデニスの両肩を勢いよくガシっと掴み、前後に体を揺らす。
「戦争に勝ち、国に戻ると、帰りを待ちわびていた恋仲の聖女と結婚するのが王道でしょっ!? なんでよっ!? ねぇっ!?」
「おい、落ち着け。てか、お前の王道なんぞ知らんわ」
「私が不幸にならないバグはあってもいいけれどこんなバグないわーーーー!!!」
シエンナは上を向き、思い通りにいかないことを嘆く。
「おい、さっきから何言ってんだ。バグって」
「気にしなくていいのよ、こっちの話」
あなたにバグの話をしたってしょうがない。
ゲームの話からしないといけないし。
私はデニスの肩に置いていた両手を離す。
デニスは情緒不安定のシエンナを訝し気な目を向けつつ、話し始めた。
「ともかく、俺には帰っても結婚する相手なんぞいないぞ」
「悲しいこと言わないでよ」
あんたは少なくとも王子なんだから地位を上げたい家の令嬢がわんさか寄ってくるはずでしょ??
弱小国とはいえ。
「あ、でも、戦争勃発前にコーラル国の令嬢と婚約する話が来ていたような」
「ふーん?? なんて名前よ?」
「シエンナとかいってたかな……??」
「へー」
ええ、私の名前ですよ。
前の名前。
今は違うけれどね。
「そういや、お前の名を聞いていなかったな」
「聞かなくてもいいですよ、お前呼びで大丈夫です」
「もったいぶらず教えろよ。もしかして、自分の名前を恥じているのか?? 親からもらった名を恥じるなよ」
「恥じてないわよ」
このまま、自分の名前を言ったら正体がバレるでしょ。
えーと。
いい名前はないかしら。
あ、そうだわ。
「私の名前はエナ、エナよ」
「へぇー、エナね」
私の名前を聞いたデニスは私をじっと見つめる。
そして、こう呟いた。
「似合わねーーーー」
「……」
ニコリと笑う私は彼の頬に両手を近づける。
「ん??」
そして、思いっきりつねってやった。
「
「ええ、そうね。でも、あんたの今の体は私がいないと不具合が起きたら誰も治すことができないのよ」
「
「この
そう言うと私はデニスの頬から手を離した。
彼は痛かったのか、スリスリと手で頬をさする。
「つまり、この私をバカにするとあんたの腕とか支障をきたした時直してもらえないこと分かっておくことね」
「はいはい、すみませんでした」
不満げな顔で王子は謝る。
許してね。
もし、王城の技師に敵が紛れ込んでいたら嫌なのよ。
そんな奴があなたの体をいじれば、
あなたが死ぬきっかけになるかもしれない。
でも、私がやれば、そんなことはない(はず!!)。
あなたを決して死なせはしないわ。
「『はい』は一回ね」
エナはそう言うとデニスに向かって微笑んだ。
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