8.勇者と魔王が出会う時
真実
カレンは気を失ったままのアムルに肩を貸し、黙々と上層へ続く階段を昇っていた。
カレンは勇者であり、戦士としての訓練を積んだ事もある。
一般的な同じ年齢の女性と比べても、力は相当にある方であった。
だが自分より身長も高く重心も安定しない、完全に脱力し気を失っている人と言うのは存外に重いものだ。
殆ど引き摺る様に階段を昇るカレンの足取りは、決して軽くは無かった。
「……カレン……」
カレンがその様な状態で四苦八苦していた最中、気絶していたアムルが意識を取り戻してカレンに声を掛けた。
しかしその声には勿論、体にも力が入っていない様であり、とても自力で行動出来る状態でない事は一目瞭然であった。
「あら、アムル? 気が付いたの?」
カレンは足を止める事無く、アムルにそう返事をした。
「……お前……何やってるんだ……?」
そしてアムルが口にした言葉は謝意や感謝ではなく、カレンの行動に対する疑問の言葉だった。
「何って……あんたを『魔王の玉座』で座らせる為に『魔王の間』まで運んでんのよ」
カレンの返答こそ、アムルが何を言っているのか分からないと言った様子の言葉であった。
彼女にしてみれば、アムルを助けるために骨を折るなど本当に今更の事であり、いちいち説明の必要が無い事だったのだ。
「い……いいのかよ……? 俺は……魔族なんだぜ……?」
だがアムルの方は、説明なく自身を助けるカレンの行動に疑問を感じずにはいられなかったのだ。
彼が口にしたようにアムルは魔族であり、カレンが助ける義理も道理も本来ならばないのだ。
「あのね……セヘルマギアにも聞かれたけど、仲間を助けるのに理由がいるとは思えないんだけど? 人族とか魔族とかなんて関係ないわよ」
カレンの言葉にはアムルも絶句するしかなく、妙な説得力からそれ以上は反論も出来なかった。
単純明快と言えばそれまでだが、いとも簡単にそう言ってのけるカレンの気持ちがアムルには嬉しかったのだ。
「それよりあんたの方こそあんな無茶をして。魔神を取り込むなんて、下手したらあんたが……」
だまりこんだアムルに、カレンの追撃が放たれた。
「……魔力転換の事か……。……誰に聞いたんだ?」
特に説明を受けなくともあの時アムルが変形した姿と戦闘後の状態を見れば、彼の使用した “魔力転換”と言う「技」がどれほど危険なのかは誰にでも窺い知る事が出来る。
しかしその身に魔神を降臨させた結果だと言う事は、説明を受けなければ気付く事は難しいだろう。
「セヘルマギアが教えてくれたわよ。“召喚魔法”だなんて初めて見たわ」
セヘルマギアの名前がカレンの口から出された事により、それでアムルには合点がいったのだった。
セヘルマギアとアムルに面識はないが、千数百年の時を生きる神に近しい存在と言えるセヘルマギアならば、アムルよりも多くの事を知っていておかしくないと思えたのだ。
「……そう……だな……。下手をすれば……あの場で俺が魔神化……してたかもしれないな……。そうなったらもう元へは……戻れないし……暴力と破壊の限りを尽くして……いただろうな……。魔界も人界も蹂躙……して……下手をすれば創世神話の……再来だな……」
自嘲気味にアムルはそう答えたが、そのスケールの大きさに今度はカレンが絶句する番であった。
だが神そのものが現世に降臨し破壊の限りを尽くせば、アムルの言っていた事も強ち間違いではない。
しかし魔神とも謳われる程の力を持つ者が、先程見せた程度の力である訳はない。
アムルがアムルのまま魔神をその身に降臨させ今もこうして正気を保って答えるのは、実はアムルが自分の中に顕現した魔神の力を何とか抑えきったからに他ならないのだ。
「……あきれた……。そんな危険な技をなんで……」
全身をボロボロにしながら戦ったアムルを思い出して、カレンはそう呟き尋ねた。
「お前と同じだよ……。目の前でカレンが戦ってる……。俺だけが何もせずに見てるだけ……なんて恰好が……付かないだろ……?」
疲労からか俯き加減で答えるアムルの表情をカレンから確認する事は出来ないが、その声音からどこか照れている様にカレンには感じられた。
照れ臭くなるような言葉を結果的とは言え耳元で話され、カレンは顔を赤く染めてそっぽを向くしか出来なかった。
「べ……別にあんたの為に戦った訳じゃないしっ! ……それにその……そんな事しなくても……」
尻すぼみに小さくなって行くカレンの言葉は、最後にはとても聞き取れる程の声量では無かったが、その顔は先程よりも更に赤くなっていた。
「へへへ……」
「ふふふ……」
だが互いを思いやった行動である事を言葉で確認した二人の顔には、徐々に笑みが零れていたのだった。
更に階段を昇ったカレンは、その上方に漸く部屋の扉らしきものを目にする事が出来た。
セヘルマギアの話が本当ならば、そこが魔王の間の扉に間違いない筈であった。
「アムルッ! 見えたわっ! 魔王の間への扉よっ!」
歓喜の声を上げアムルへと呼び掛けたカレンだったが、彼から返答が返って来る事は無かった。
毒の進行が更に進み、アムルは先程から意識を失っていたのだった。
反応がないアムルに、危機感と焦燥感を覚えたカレンの足は早まった。
扉へと辿り着いたカレンは、警戒心を高くしてユックリと把手を押し開いた。
彼女は今、扉の向こうが魔王の間だと言う事を疑っている訳ではなく、そこに待ち受けているであろう「人物」に対して緊張感を漲らせている。
ここが「魔王の間」であればそこに座すはこの部屋の、そして魔王城の主である魔界の魔王に他ならない。
カレンはその魔王を討伐に赴いた侵入者であり、魔王にとっては招かれざる客に他ならず、対面したなら一戦する事は避けられないのだ。
だが彼女としてはそんな事よりも、早くアムルを「魔王の玉座」へと座らせてあげたい思いで一杯であった。
カレンは魔王に直訴するつもりでいるのだが、彼女にしても魔王が話の通じる相手なのかどうか分からない。
同じ魔界の住人が瀕死の重体なのだからこちらを優先させてくれると思いたいが、問答無用で襲って来る可能性も捨てきれないでいた。
故に扉を開く彼女の手にも力がこもろうというものだった。
開いた扉の向こうは、今までと別世界の如く眩しい空間であった。
床と言わず壁は勿論、柱に至るまで全て最高級の大理石で出来ており、そこから醸し出される荘厳な雰囲気は神殿か寺院を思わせる程であった。
城の大広間ほどもある部屋の中央には一直線に赤い絨毯が引かれ、その先には仰々しい程豪華だと分かる玉座が鎮座していた。
僅かな物音一つでも反響する程静寂な空間だったが、不思議な事に誰一人として姿を現さなかった。
紅い絨毯は精緻な意匠が施された物であり、カレンはそれがまるで玉座へと導いているかの様に感じる程であった。
しかし彼女はその感覚に逆らう事無く、そして迷う事無く真っ直ぐに玉座を目指して歩き進めた。
本来ならば玉座に座している筈の魔王も居らず訝しむところだが、今の彼女にとってその事は幸運だったと素直に考えていた。
今ならば何の問題も無く、アムルを玉座へと座らせる事が出来るのだから。
「さぁっ! アムルっ! ここに座ってっ!」
玉座の直前まで辿り着いたカレンは、ぐったりとして動かないアムルに声を掛けて無理矢理にその座席へと彼を座らせた。
アムルが玉座へと腰掛けると同時に、その玉座が眩い光を発した。
「……ちょっ! ……な……何っ!?」
カレンはその余りの光量に、思わず目を
そして、変化は即座に訪れる事となる。
今までピクリとも動かなかったアムルが眼を開き、その脱力していた体を真っ直ぐに伸ばしたのだ。
顔にも精気が甦り、とても先程まで瀕死だったとは思えない表情となった。
その急激な変化に声も出せないでいたカレンへアムルは無言で、そしてユックリと掌を翳した。
玉座同様眩く光る彼の掌がカレンの顔を照らすと、彼女が負っていた傷や疲労、更には失った魔力や精霊力まで回復したのだった。
「え……何? ……これ?」
何が起こったのか分からないカレンは、呆然とそう呟きアムルの方を見やった。
だがアムルが彼女の言葉に返事を返す事は無く、ただ無言のままカレンの瞳を見返すと確りとした足取りで玉座より立ち上がった。
その様子から見ても、彼の状態は完全に回復している事がカレンにも窺い知れた。
ただ、今のカレンはその事に安堵するよりも、アムルから発せられる得体の知れない雰囲気を感じ取って困惑し数歩後退っていた。
「勇者カレン……。ここまで俺を運んでくれた事、本当に感謝する」
そう言い放つアムルの言葉は、カレンの良く知る声であり全く知らない別人の様でもあった。
彼の発する声音も、そして纏っている雰囲気ですら威厳に満ちており、場所が場所だけにまるで彼が王族か貴族の様にカレンには映ったのだった。
「……ちょっと……あんた、どうしちゃったの……? それじゃあまるで……」
彼女は、そこまで言葉を発して次の言葉を呑み込んだ。
今までの経緯と目の前の現状を考えれば、カレンが考えている事が正鵠を射ている事に間違いはない。
だがそれは、カレンにとって信じたくない事実であった。
しかしその答えは、アムル自ら語られる事となった。
「俺はこの城の主であり魔界の支配者。第二十八代魔王、アムモルターリス=ウルチモ=ズローバ=サタナスⅡ世であるっ!」
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