満天を君に

時津彼方

第一篇 満天を君に

日常

 朝、鳥のさえずりに急かされるように起きると、そこはあるベンチの上だった。起き上がろうとすると背中が痛んだ。それでも僕は起き上がって周りを見渡す。やはりそこはいつもの空き地だった。いつもの滑り台。いつもの隣のビルの壁。いつもの生い茂った雑草の匂い。そして。


「おはよ。今日もここで星を見てたんだね」


 夕海ゆうみがそう言って、いつも通りこちらに小さく手を振ってやってきた。僕はベンチの端に寄って、横に座るように手で促した。彼女はにこっと笑って隣に腰掛ける。


「今日はよく見えたでしょ。私の部屋からでもよく見えたから」


 昨日は丸一日よく晴れていた。だから日中の青空に負けないぐらい、夜空も澄んでいた。その深海のような黒に引き込まれるように、僕は何も考えずにぼんやりと世界の天井を見ていた。

 僕が近所の空き地で頻繁に星空を眺めるようになったのは、高校生になってから―――ちょうど僕の両親の一周忌の日からだ。僕の両親は事故で亡くなった。あまり思い出したくない。そして残された僕は母方の祖父母のもとに引き取られたが、高校生になると同時に一人暮らしを始めた。基本的な生活費こそ送ってもらえているものの、祖父母は僕とあまり顔を合わせようとはしない。僕の母は駆け落ちで父と結婚し、僕を産んだ。だから僕は祖父母にとっての忌み子のように扱われていたのだろう。

 夜空はいい。憂鬱な気分を晴らしてくれる。ただだだっ広く広がる星の世界はあたたかくこんな僕をも受け入れてくれる。だから僕は一通りの家事を終えると、部屋着のままこの公園に来てベンチに寝ころび、空を見上げるようになった。

 夕海は一年ほど前から、朝にジョギングをしているらしく、いつも通るルートにこの公園が含まれているらしい。およそ半年前に僕をこの公園のベンチで見つけ、晴れた日には決まってそこで寝ているのが気になったらしく、毎日少し話すようになった。


「じゃあ、また今度ね」


 彼女は立ち上がって、再び走り出した。僕はその姿を見届け、自分の家に戻った。

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