小説未満

エリー.ファー

小説未満

 冷えて消えゆく鳴く鹿の楓泣く泣く皇帝を

 発破すれども夜道徒然


 塀に落書きがされていた。

 黒と赤を混ぜたような、かさぶたに近い色合いでそんな言葉が書かれていた。

 非常に迷惑である。

 白い塀なので、こういうものは非常に目立つのだ。

 私はすぐさま消してしまおうと、モップを持ってきてその毛先を当てると、強く擦った。

 文字は直ぐに消えた。

 そう。

 直ぐに消えてしまったのだが。

「なんで、消したの。」

 そんな言葉が飛んできて、私は動きを止めた。

 そこには少女がいた。

「なんで消したの。」

「いや、落書きだから。」

「落書きとかじゃなくて、消した理由を聞いてるの。」

「だから、落書きだから消したんだって。」

「いや、そういうことじゃなくてさ。」

「いやいや、そういうことなんだって。」

「でも、これは藝術だから。」

「は。」

「だから、これは藝術なの。」

「何が、どこが。」

「どこって、見れば分かるでしょ。」

「みるだけじゃなくて、読まないと分かんないけど。」

「うん、じゃあ、そこはあれよ。読んでよ。」

「見てって言ったじゃん。」

「言葉尻取んないでくんない。マジウザいわぁ。そういうとこマジウザいんだけど。」

「初対面で慣れ慣れしいんだよ、このクソ女。」

 私はさっさとモップでその落書き、もしくは藝術を消し去った。

 塀は元の通りである。

 ただの白い面がそこにあるのみである。

「なんで、この凄さが伝わらないかなぁ。」

「伝わらないに決まってるだろ。」

「決まってるってことはないでしょ。だって、ここにあたしの藝術が残ってたら、この塀は今頃、一億円とか二億円で売れてたかもしれないのに。」

「売れるわけないだろ。」

「売れるわよ。」

「そんなに、有名な藝術家なのか。」

「別に。」

「別にって。」

「まだ、有名じゃない。」

「じゃあ。」

「でもさ。有名になるかもしんないじゃん。」

「なるかも、だろ。」

「でも、この塀に何の落書きもなかったら、この塀が一億円になるかどうかの可能性もないんだよ。」

「まぁ、その。確かに。」

「塀に落書きされるだけで、一億円を取れるかもしれないチャンスが舞い込んだってなんで思えない訳。」

「いや、だからただの落書きだろ。」

「その、ただの落書きが一億円になるかもしれない、塀だったのに。なんで消すわけ。あんたって、もしかしたら、こうなるかもしれないとか、ああなるかもしれないとかって、考えて行動したことないわけ。」

「いや、まぁ、そりゃ長い人生で一回くらいは。」

「だったら、今それがあってもいいでしょ。違う。」

「ううん。いや、だとしたら。だとしたら、だぞ。」

「何よ。」

「さっきの落書きはさすがにクソ過ぎるから、もっとまともなのを描いてくれ。」

「合点承知の助よ。」

「古いし、だせぇなお前。」

「かっこいいじゃん。」

「かっこよくねぇよ、マジでバカなんじゃねぇの、早く黙って描け。」

「言われなくたって描くわよ、このバカ。」

 私は後ろに立つと、作品ができていくまでを見つめていた。

 この塀は、オルテリア、という。

 六億八千万円。

 私の作成したオブジェの中で最も高い評価額がついた作品である。

 この藝術家志望にそのことを伝えてもいいのだが。

 伝えずに描かせても悪くはない。

「見てなさいよ、この作品が後々、一億とか二億で売れるんだから。」

「せめて、六億八千万以上にはしてくれよ。」

「何が。」

「なんでもない。」

 まぁ、見ものだな。

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