第13話 逢魔が時
「なぁ」
実習が終わり、教室に帰る道すがら。数弥から声をかけられた。
「なんだ?」
「いや……京垓と同じ班だっただろ? 大丈夫だったか?」
「……ああ」
数弥からしたら、揉めた後すぐに実習で同席だからな。気になるのだろう。
俺は先程の実習の授業を思い出すよう、彼女とつないでいた手に目を落とす。
「……」
まだ若干ふやけてる……。
「どうした?」
京垓さん。
短い付き合いであるが……色々とあった。決闘を挑まれたり、高圧的な態度で見下してきたり、『魂起こし』が出来なかったり等々。
まぁ色々とあった……。
「……」
そしてなんやかんやで彼女とのふれあいで思い出せるのは手汗だけになってしまった。
すげぇ手汗だった。全然集中できなかった。手を繋いでるだけで手がふやけるんだぞ? 有り得るのか? 俺は手をつないだ経験が少ないのでわからないんだが。
だが俺の人生の中でもトップクラスであったのは間違いない。
なのでまぁ、数弥の大丈夫? という問いに対して俺が言えることは、京垓さんの手汗が凄かったけど大丈夫だったよ、という事になる。
でもこんなことを数弥に言えるか? 京垓さんはわざわざC組まで来て数弥に会いに来ていた。
まぁ……『そういう事』と考えるのが自然というものだ。
『そういう事』……つまり、京垓さんは数弥の事が好きなのだ。
その好きな相手の数弥に……京垓さんの、その……手汗が凄いとか、言えるか?
いっちゃあダメだろ常識的に考えて。
「……」
「亜門?」
「や! 大丈夫だったよ!」
なので俺にできることは友達に嘘を吐くことだった。
「お、おう……ならいいんだけど」
「気にすんなって!」
「……というか、明日の決闘ってどうするんだ?」
「……ああ」
俺は数弥の言葉に頷く。俺も気になっていたことだ。
決闘。国々によってそれを扱う法律は違うが、このシガ国では公に公認されているものだ。
決闘法。基本的にラインハルト様に下克上をする為の法律なのだが……。
「というか、京垓さんってそもそも魔法使えないんだよな……? どう決闘するんだ?」
『決闘が宣言された場合。互いが持てるモノ全てを用いて、自身か相手が降参、または死亡するまで戦う』
決闘法の一文にはこんな感じの事が書かれている。
持てるモノ全て。これには当然のことながら魔法も含められる。
決闘を行う際は、必ずと言っていい程魔法が飛び交う戦いになる。これは魔法召喚師にとっての常識とかではなく……この国で広く知られることでもある。
「……素手?」
「いや……さすがにそれは……ないだろ」
もしそうだというのならあまりに非常識だ。魔法相手に素手だって?
思い返されるのは『八尺』から逃げた時の事。
あの時、初めて攻撃魔法を召喚した。俺はあまり魔法召喚師として優秀な訳ではないが……それでも人を容易に殺しうる威力の魔法を召喚できた。
それを京垓さんに使う……? 確かに見下された。しかしそれだけだ。いくら決闘だからって憎いわけでもないのにそんな事したくない。
「……」
俺はどうしたらいい。というか決闘云々以前に、不用意に魔法を人に向かって使いたくない。
「やっぱ、決闘はやりたくないな」
「明日の放課後だったっけ? 別に無視してもいいとは思うけどな。どうせ学生同士の決闘だろ?」
数弥はそう言ってはくれるが、どうしたものか。京垓さんにがっつり決闘を逃げようって話を聞かれた後だからな……。
「やっぱ学校終わったら謝りに行こう。悪いけどちょっと待っていてもらっていいか?」
まぁ結局この結論に至る。早いところ謝ってあの発言を撤回してもらおう。
「おう。っていうか俺もついてくよ。もともと俺が巻き込んだようなもんだしな」
と、数弥も付いて来てくれるそうだ。俺の不用意な煽りでこうなった以上付き合わせるのも申し訳ないが……ここは甘えておこう。
そんなことを話しているうちに教室についた。
よし。とにもかくにも京垓さんの機嫌取りだな。
そんな事を考えつつ、教室に入っていった。
◇
ホームルームまで時間が有るので、数弥と京垓さん対策について話し合っていた。
すると先生が教室に難しい顔で入ってきた。
皆が視線を向ける中、先生はすぐに教壇に立つとこんなことを言い出した。
「皆。放課後はすぐに家に帰れ。学校のすぐ近くにモンスターが出た」
それは突然の事だった。
モンスター。異形の存在。基本的な生息地はグンマ国であり、グンマ国軍と諸外国が主となって外に漏れ出ぬようにモンスターを抑え込んでいる。
そしてその守りは基本的に完璧だ。殆どモンスターが漏れ出る事はない。
とはいえ、たまにモンスターがその範囲網を逃れる事も有る。
「……」
だけど、その範囲網を逃れたってシガ国まで来ることなんて初めてだ。
なにせグンマ国とシガ国は結構離れていて、その間にも国はある。大抵こちらに来る前に全て駆逐されるはずなのだが。
「……」
そこまで考えて違和感を覚える。なんだろう。凄い既視感を覚える思考だ。
そんな違和感と同時に嫌な予感が湧いてくる。
夢界でのことだ。しかしな……まさか……。
「……」
そこで一つ思い出した。夢界で生まれた存在の特性を。
ほてぷの言葉を信じるならば、存在を確固たるものに出来た夢界の存在は現世と夢界を行き来できるとか何とか。
八尺は既に俺とがっつり接触している。条件自体は満たしているし……夢界で八尺の痕跡を見かけない。
「……」
そのモンスターって、『八尺』だったりしない?
「軍が護衛に来てくれている。私たち教師も君たちを護衛するので……帰宅中の安全は保障する」
なんか凄い事になっている……。
いや……あくまでもそういう可能性があるというだけで……。
などと言い訳じみたことを考えてみるが、『八尺』以外は現実的ではない、
「……」
俺のせいで軍まで動かすようなことに?
やばいじゃん。どうしよう。
「なお護衛の関係上、クラスごとで帰宅となる。A組は既に学校を出発しているので、大体二十分ほど教室で待機だ」
そして最悪というのは重なるもので、もう京垓さんは学校に居ないという。
どうしよう。入学そうそう問題しか起こっていない。俺は呪われているのか?
もう本当に。俺の心は折れそうだった。
◇
「……おヤ?」
「……よう」
俺はまた、夢界に来ていた。こっちでは最初に来た時と同じように日が落ち始めている。赤い日差しが差し込む中急いで保健室に向かうと、ほてぷはベッドの上でだらけていた。
「なんだイ? 全ク、レディの部屋に入るのならノックくらいしたまエ」
「……」
数弥には眠りから寝させてと言ってある。
下校するまでは二十分の猶予がある。こちらの時間では大体一時間から二時間。時差があるらしいので確かなことは言えないが……ほてぷに話を聞くくらいなら十分だろう。
「……どうしたのかネ? また何カ──」
「学校の近くにモンスターが出た」
「……」
「何か知っているか?」
ほてぷは夢界の住人だ。俺よりよほど夢界の事情に詳しい。
問い詰めるような態度をとってしまうのは心苦しいが、しかし俺のせいで人に危害が加わる可能性があるのだ。せめて事情だけは把握しておきたい。
「知らなイ」
「……」
ほてぷは、何時になく冷たい態度で言い放った。
「……多分、八尺が夢界から出てきたと思うんだが……何か知らないか?」
「知らなイ」
そしてほてぷは、何時になく俺の目を見ずにそう言ってくる。
「……」
どうしたものか。怪しさが半端じゃない。
何故黙る? 何故喋らない? 本当に知らないのか? だとしては違和感がある態度──。
「……」
そうだ。今もずっと違和感を覚えている。ほてぷと会話をしていると時折感じる違和感だ。
ほてぷは……会話をしていると急に俺を突き放すことが有る。例えば前回ほてぷの事を聞こうとした時。そして今回の八尺のことを聞いた時。
普通に考えれば自身に都合が悪いから隠しているのだろう。
だが……ほてぷからは一切の悪意を感じない。
むしろ──。
「……」
ちらりちらりと、ほてぷは俺を盗み見ている。その表情はまるで、母親が危なっかしい子供に向けるようなものだった。
これは──心配している、のか?
「……じゃあ仮に八尺が夢界から出てきたとして……どう対処すればいい?」
ほてぷもこの様子では、これ以上八尺が現実に向かったかどうかを聞いても答えてはくれないだろう。
なので今度は質問を変えてみる。
答えてくれるかは分からないが……これも聞いてみたかったことだ。
前回八尺と遭遇した時、いくら魔法を使おうと奴は全く意にも介していなかった。
召喚される魔法の強さは基本的に一律だ。例え熟練の魔法召喚師の『ブレイズ』でも俺の『ブレイズ』でも威力は変わらない。
だというのにあの結果という事は……もしかしたら八尺に炎は効きづらいのかもしれない。
俺は『八尺』が何なのかを知らない。
少なくとも世間一般で知られるモンスターの類ではない。
もし『八尺』の情報を得られたら……きっと軍の人や先生たちの役に立つはずだ。
するとほてぷはようやく俺の方を向いて喋りだした。
「逃げロ」
「え?」
「すぐに逃げロ。対処しようなんて考えるナ」
以前はジュウを使って倒してみろとか言っていたのに、凄い変わりようだった。
「なんでだ?」
「……」
ほてぷは黙り込んでしまった。なぜそこで黙る?
「……なぁ」
「……逢魔が時」
「え?」
ほてぷは……また訳の分からない事言いだした。
逢魔が時。確か初めて会った時に言っていたことだ。
……ん? 待てよ? 初めて会った時ってことはつまり……。
「あっ!?」
身体が透けている!
マジかよ。結局何の情報も得られなかったぞ!?
「逢魔が時。それが終われバ──そこから先は邪が蔓延る時間。君という存在はここから先の時間には相応しくなイ」
またほてぷは訳の分からないことを言い始める。
その理屈で行くとあの『八尺』は邪の存在ではないという事か? それはないだろ、シームレスに俺の事襲いに来たぞアイツは。
そうだ。なんの容赦もなしに人を殺しに来るんだぞ……あの八尺は。俺は今でもアイツに殴られた感触を覚えている。その攻撃に情けも容赦もなかった。
そんな奴が、半ば俺のせいで現実に来てしまっただと? 到底見過ごせることではない。
「直ぐニ帰りナさイ……」
だと言うのに、ほてぷは取り付く島もない。思わず駆け出し、恥も外聞もなく彼女に詰め寄る。
「……ほてぷ! 頼むっ! ちゃんと説明をしてくれ! 何が起きているんだ!? 『八尺』は現世に来ているのか!? 俺のせいで人に危害が加わるかもしれないんだ! ほて──」
しかし。
「……アア、また君ヲ──」
足が止まる。以前のものとは比べ物にならないほどの威圧感。
なんだ、これは……!?
俺が足を止めたのと同時に……ほてぷがこちらに手を伸ばしてくる。
「──」
未だに顔を覚えられない。
お前……お前は……一体……。
「オ前ヲ……殺セナカッタ」
紡がれる声。ほてぷの顔。憤怒の表情。
それら全てが世界から外れていて。不気味で。いびつで。おどろおどろしくて。
──しかしそれでも……綺麗だった。
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