第6話 寝坊

 下校中。数弥との間に若干のいざこざは発生しつつも、特に問題はなく家に帰ってくることが出来た。


「ただいまー……」


 形式的に言ってはみるも、返事が返ってくることはない。

 

「……」


 俺は無言のまま、がらんどうの自宅に入っていった。



 別に、家族が居ないわけではない。

 ただまぁ、色々あってこのマンションに1人暮らししているというだけ。

 もっとも、俺をここに無理やり叩きこんだ親父には恨みしかないが……。

 とはいえ一人暮らしは結構楽しい。

 一人は気楽でいい。誰の目も気にしなくていいというのが特にいい。

 その分やらなくてはいけないことも若干増えたが、十分許容範囲内だ。

 

「さて」


 軽くシャワーを浴び、制服から楽な格好に着替える。

 そしてバックから例のあれを取り出す。

 

「……」


 夢の中で見たジュウそのままだ。

 ずっしりと感じる重さは、が幻覚では無いという事も伝えてくる。

 

「やっぱり、あれは夢じゃないのか……?」


 だとすると、あのポポポ女と神レベルの美女も実際に存在するという事なのだろうか。


「『夢界』……」


 彼女が最後に言っていた言葉だ。しかしその単語に全くの覚えがない。

 単語的には夢の世界という事なのだろうか。

 それが一番有り得そうだ。何せ夢界に行っていた時、俺は寝ていたからな。


「一応ググるか……」


 ノートパソコンを立ち上げ、夢界なる単語を検索してみる。

 

 だが結果は芳しくない。彼女が言う所の夢界らしき情報は見つからなかった。

 まぁ、もっと詳しく調べるのは夢界に行けなかった時でいいか。


「……よし。寝よう!」


 まだまだ寝るには早いが、善は急げという奴だ。

 もしうまい事夢界に行けたのならまたあの美女と会える。そして彼女はどうも、色々と訳を知ってそうだからな。


 俺はもっとあの現象について把握しておきたい。

 寝たら夢の世界に強制的につれてかれて殺されかけるとか、普通に怖いからな。

 彼女には是非色々と質問をしたいものだ。

 

 ジュウを持ちながらベッドに入り込み、そのまま目を閉じる。

 こいつジュウを向こうに持っていく方法は分からないが、持っているだけで向こう夢界からこっち現実に持ってこれたのだ。持ってるだけで持ってけるはず。多分。

 他にも、こっちでは魔力は全快の状態だけど向こうだとどうなのとか、ちょっと気になることはあるが……それこそ向こうに行ってみないと分からない。


「……すぅ」


 そして俺はまどろみに身を任せ……。


「……」


 気が付くと次の日の朝になっていた。


 めっちゃぐっすり寝てしまった。

 しかも特に夢を見た覚えもない。夢界にいった覚えもない。


「……」


 もしかして、場所も関係有るのか? 夢界に行けた時、俺が寝た場所は教室だ。俺の部屋と教室ではアクセスのしやすさが違うのかもしれない。夢界へのアクセスって何だよって感じだが。


 まだ夢界に言った事が有るのは一回だけ。行き方は何度も試行錯誤して、地道に方法を探っていこう。

 

「……ねみ」


 しかしなんだろう。猛烈に眠い。

 相当眠っていた筈なんだが。

 ちらりと時計を見る。短針は7を指し示していた。


 時間的にも半日以上寝ていた筈なのだが。


 だがここでまた寝る訳にはいかない。

 学校に行かなくちゃ……。


「……あ?」


 ふらりとたたらを踏み、そのまま踏ん張り切れずに倒れ込む。そしてそのまま、猛烈な眠気に押しつぶされるように、意識が──。



「……はっ!」


 意識を失っていた。

 ヤバい。これは確実にやらかした。

 時計に目を向けてみる。先ほどは7を示していた筈の数字が11を示していた。


「……マジかよ」


 完全に眠気が消し飛んだ俺は急いで着替え、そのまま家を飛び出した。

 ヤバいじゃん。授業開始日速攻で遅刻じゃん。不良かよ。


「うおおおおっ!!」 


 俺は昨日の荷物そのままのバックに、手に持っていたジュウを取り敢えず叩き込み、全力で着替えた。

 

 そして俺は走った。昨日のポポポ女に追われた時よりも走った。


 

 さて。

 俺の家から学校への幾つかのルートについてを語るとしよう。


 まず家を出て大体五分ほど歩くとバス停が有るので、そこでバスに乗り、学校まで行くルート。

 そしてバスのタイミングが合わなかった時に使う電車を使ったルート。家から駅まで大体十分ほど歩くうえ、学校近くの駅からも十分ほど歩かなければならない関係上、このルートを使う事は殆ど無いだろう。

 そして最後であり……最終手段でもあるルート。


 それは。


「ああっ! ああああああっ!?」


 学校までの十キロの距離を走る事である。

 これはもう、本当の本当に最終手段だ。交通機関が一切動いていない状況であったり、または定期を更新し忘れて、かつ金欠の時などの手段になるであろう。

 俺は自転車を持っていない。バイクの免許も原付の免許もない。そんな俺の持つ最大最速の移動手段は……マラソンという事になるのだ。


「なんっで!? バスも! 電車もッ! 止まってるんだよぉっ!?」


 携帯で幾ら調べても運行情報は出てこないし、そもそも駅に至ってはシャッターが閉まっていた。


「ああああっ! つ、着いたッ!!」

 

 愚痴を漏らしつつも、俺はかなりの速さで学校にたどり着くことが出来た。

 大体一時間くらいかかったぞクソ。


「ぜぇっ、はっあああ……」


 肩で息をしつつ、大きく息を吐く。

 めっちゃ頑張った。春の日差しが優しく照らす中、滝のように汗を流す俺は膝に手をついて校舎を睨み付けていた。


「ま、まずは職員室……!」


 あの美人で性格がキツそうな担任の先生に遅刻を伝えなければ。

 既に校門の門は閉められている。俺は体力を消費した体でどうにか門を上り切り、中に入り込む。


 まだ授業をしているのか、校舎はとても静かだった。

 皆真面目だな。偉いよ。尊敬する。それに比べて俺は何だ。寝坊って。普通に精神的にキツイ。

 精神力って体力が減ると伴って損なわれるよね。下駄箱に駆け込み、そんな事を考えていた。

 その時だった。


「おヤ。おやおやァ?」


「……え?」


 靴を履き替え階段に足を掛ける俺に、声を掛けてきた存在が居た。


「おひさだナ。元気だったカ?」


 ヨッ、と。

 凄いフランクに、足なんか組みながら、昨日の彼女が階段に腰を掛けながら挨拶してきた。

 瞬間、あらゆる思考が脳裏をよぎる。何故彼女がだとか。まさかここは夢界だとか。なんで階段に座ってるのだとか。


 しかし俺には、そのどれよりも、何よりも気になる事実が有った。


「……」


 彼女のスカートの奥がその……丸見えだった事だ。

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