第5話 阿僧祇
自己紹介が終わり、先生が明日からの授業表を配って今日の日程はすべて終わりとなった。
チャイムが鳴り、先生が解散を告げる。
皆が思い思いに立ち上がり、帰りの準備を始めた。
俺は持っていたジュウを取り敢えずカバンの中に押し込み、彼の下へと行く。
「阿僧祇くん!」
阿僧祇くんだ。
あの出来事が夢か真かは分からないが……俺が阿僧祇くんにとっても重要であろう入学初日の自己紹介を邪魔してしまったのは揺るがぬ事実だ。
こういう所はきちんと筋を通しておかないと気が済まない。
「ああ、君は……」
「
「いや……気にしなくていい。あまり迷惑だったわけでも無いし」
そう言って、阿僧祇くんはあっけらかんと言い切った。
「そう……なのか? ここに居る人は皆,
そういうの気にしているもんだと」
「そうか? ……まぁ、人によるんじゃないか。少なくとも、俺は別に無理に『魔法召喚師』と仲良くしようとは思っていない」
偏差値も高い上に志望者も多いこんな高校に来ていると言うのに、変な奴だ。
だが彼が気にしないと言うのならこれ以上追及してはそれこそ迷惑になるだろう。
「まぁ、ともかくごめん。取り敢えずこれだけは伝えておきたくてさ。なんか困った事が有ったら、俺で良ければ手を貸すよ」
「……」
じゃ、と阿僧祇くんに別れを告げて帰ろうとする。
しかし。
「……そうだな。じゃあお言葉に甘えるとして……今、いいか?」
早速手を貸す事になった。
「……え、まぁいいけど」
早速だな。こういうのって、テスト前とかにノート見せて、的な頼まれ方するものだと思ってたんだが。
はて、何を言いつけられるのだろうか。何て思っていると、彼は辺りを見渡したかと思うと、おもむろに俺に顔を近づけてきた。
「──付いて来てくれないか?」
「……?」
◇
ずんずんと人気のない所に進む阿僧祇くん。
流石に何も聞かされないままは少し君が悪い。
「なぁ、一体どこまで……」
と言いかけた所で、阿僧祇くんが振り返った。
「……ここまでくればいいかな」
俺の疑問に答えるように、彼はつぶやいた。
そして振り返り、真剣な表情を俺に向けてくる。
……なんか真剣な話する感じ?
何を話されるのだろうとどぎまぎしていると、彼は真剣な顔のまま俺に手を差し出してきた。
うん?
よく分からずに首を傾げていると、彼は真剣な表情から一転し、苦笑しながら言葉を続けた。
「──友達になってくれ。出来れば、家とか関係なしに」
家。
……家?
はて、どういう意味だ。阿僧祇くんのいう所の家というのは……。
「……教室だとさ、みんな俺の家名しか見ないからさ」
さらに首を傾げていると、彼が説明するように話を続ける。
と。そこまで言われてようやく俺は彼の名前……特に苗字がどういった意味を持つのかを思い出した。
「……まさか」
阿僧祇家。
この国どころか、世界でもトップクラスの魔力量を誇る家系。
それに連なる一家。
「『不可説天』の阿僧祇か……」
『
天の名を冠する尊き血筋。
異名に相応しく……神に最も近い完璧な人類の家系だ。
「……まぁ、その阿僧祇だね」
「へぇー有名人じゃん。凄いなぁ」
阿僧祇くんって、あの阿僧祇家の人だったんだ。
あまりにも俺の人生と無縁すぎて完全に想定の外にいたわ。
だが確かに国公立魔法高校なら彼らのような人だっているだろう。不可説天の家計に生まれた彼らは例外なく、類まれなる魔力量を保有している。保有魔力量が強さに直結する魔法召喚師にこれほど向いた人材はいないだろう。
とは言っても不可説天の人なんて初めて見たけど。
しかもそんな彼から何故か友達になろうとお誘いを受けている。
謎だ。というか友達って頼んでなるもんじゃないだろ。友達いなかった俺が言うのもあれだが。
「別に友達くらい幾らでもなるけどさ。友達って頼みこんでなるもんじゃ無くない?」
「……俺にとってはそうじゃないのさ」
はぁ、と。阿僧祇くんは本当に疲れたようにため息を吐くと、ぽつりぽつりと喋りだした。
「……俺じゃなくて、俺の家の事しか見ないんだ。声をかけてくれた奴はみんな、二言目には家に紹介してくれってさ。結局、俺とじゃなくて阿僧祇家と仲良くしたいんだよ皆は」
そう言ってニヒルに笑ってみせる阿僧祇くん。
まぁ……阿僧祇くんが言いたいことも、彼に話しかけてきた人の理屈も分かる。
何故ならば。皆ここに入学している時点で大なり小なり野望を抱えている。そしてここを卒業して魔法召喚師としての道を行くことになると、大抵の野望は成就する。
魔法召喚師としての道とは何よりも輝かしく、栄誉に溢れたものだ。
百年前、世界で初の魔法召喚師となったラインハルトが数々の成功を収め、王にまで至る童歌はシガの人間ならば誰だって知っているだろう。
故にこの高校に入る者は何時だって野望に胸を焦がし、本気で夢を追っているのだ。
もっとも、中には家庭の事情などで望む望まないに関わらずここに来なくてはならない人もいるだろう。
「……」
というか阿僧祇くんの口ぶりからして……彼個人の意思というよりは阿僧祇家の考えによってここに来ざるを得なかったという感じだ。
そりゃ、魔法召喚師に興味がない阿僧祇くんにとってはこの学校は馴染めないだろうし、普通の友達が出来ない環境は地獄だろう。
しかも彼の場合、不登校とかの逃げも出来なさそうだ。
「……」
その環境は素直に可哀想だと思う。
しかし一つ疑問が残る。
「聞きたいんだけど、何でその話をわざわざ俺に? 他にも家とか気にしない奴くらいいるんじゃ?」
「ああ、それは簡単だ」
彼はそこで一拍置いて、話を続ける。
「クラスの皆が僕の下に来る中……君だけが、興味無さそうに寝ていたからだよ。本当にクラスの中で一人だけ、ね。だから君に興味が湧いた」
「……」
「理由としてはそんなもんかな」
俺は彼の話を無言で聞いてる中、思った。
めっちゃ勘違いされてる。
「……
急に黙り込んだ俺を心配してくれたのか、
「……阿僧祇くん。君は一つ思い違いをしている」
「え?」
「俺はね。君に興味がないから寝ていたのではなく……誰も取り合ってくれなかったから、仕方なく寝たふりをしていただけなんだ……」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
しかし。
「……くっ、はははっ! と、取り合ってくれなかったから仕方なくって! それで先生が来るまでずっと寝てたってのか!? は、ははははっ!」
「お、おいっ!? 笑う事ないだろ! こっちも割と深刻に悩んでいたんだぞ! 夢見も悪かったしな!」
「い、いやっ! ごめん! 馬鹿にするつもりはないっぶふぉっ!!」
「こ、このやろう……!」
「はははっ、はは……」
阿僧祇くんはひとしきり笑った後、自分を落ち着かせるように深く深呼吸をすると、どこか憑き物が落ちたような顔になっていた。
ま、あれだけ笑えばそりゃな。
「なんか、全く逆の事で悩んでたな。俺達」
「そうだな。もっともそっちの方が贅沢な悩みに近いがな」
「ははっ。確かに言えてるな」
そう言ってはにかむ阿僧祇くんをジッと見つめながら考える。
初めて喋った時は堅い奴かなと思ったが……なんだ。思ったよりも喋れるし話が分かる奴じゃないか。
魔法召喚師と友達になるつもりは無い、なんて聞いた時は相当気難しい奴なのかなと思ったが、杞憂のようだ。
となると、これはもう断る理由もない。
「よし。じゃあなるか。友達に」
「……え、いいのか?」
「そもそも断る理由が無いしな。それに、俺にしてみても友達一号だ。よろしく阿僧祇」
今までよりも砕けた感じに話しかけ、今度はこちらから手を指し伸ばす。
「……俺の事は数弥でいいよ」
「じゃあ数弥な。俺の事も亜門って呼んでくれ」
そうして、出来ないと思われていた友達は意外と早く作ることが出来た。
なお。
「へぇー。数弥ってあのA組に美人な許嫁がいるのか。そうかそうか。残念だがこれで俺たちの友情は終わりだな」
「ええ!?」
帰り道で数弥の身の上話を聞き、早々に友情が崩壊しかけたのはご愛嬌というものだ。
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