第5話 提案(5)

「加瀬さん自身は、どう思うの?」


萌香は彼女に訊いてみた。



「え・・」


夏希は顔を上げた。



「もし、なんのしらがみもないとしたら。 どうしたい?」


萌香は優しくそう訊いた。


「どうって・・」



戸惑いの様子がありありとわかった。


「隆ちゃんのことは・・好きだけど。 いっつも忙しくてなかなか二人でいられないし。 もっと一緒にいたいなって思ったりもするけど。 でも・・一緒に暮らすって、そーゆーもんでもないってゆーか、」




それに



夏希は萌香に自分の気持ちを話しながらも


もうひとつの思いが沸き上がっていることを実感していた。



超格安の家賃でここに住むようになって


3年。


本当に斯波と萌香に世話になりながら生きてきた。



お金がないことをわかっている二人は


よくゴハンに呼んでくれたり、


萌香は自分の使わなくなったバッグや時計なども夏希によくくれたりもした。



困ったことがあると


すぐにここに駆け込んで


迷惑もかけたりしたけど。


本当に安心して生活ができた。


いつまでもこの状況に甘えていてはダメだとわかっていても。


居心地がよくて


今に至っている。


高宮と暮らすということは


ここを出て行かなければならない。




それが


少し怖い気がした。




「斯波さん・・あたしをこのままここに住まわせておいて・・赤字とか? なんないんですかね?」


思い切って萌香に言った。


「は? 赤字??」


「だって。 人に貸せば・・ちゃんとした家賃取れるわけだし。 あたし、ほんっとタダ同然で居候してるようなもんだし。 ゴハンに呼ばれりゃ・・二人以上に食べたりするし!」



そんなこと


考えてたんや・・



萌香は夏希がかわいくて、ふっと微笑んでしまった。



「あたしは。 加瀬さんがここに来てくれて。 毎日が楽しかったわよ。」


「栗栖さん・・」


「ゴハンをいっつも美味しそうに食べてくれて。 彼もあたしもそんなに話すほうじゃないし。 二人だと本当に静かだったけど。 あなたが来てくれると賑やかで楽しくて。 彼も・・何も言わないけど。 きっとそう思ってる。」




「え・・?」



「あなたのことは、本当に心配しているし。 高宮さんも誠実にあなたとつきあってるっていうのに、いまだに心配してるし。 妹っていうより、ほとんど娘みたいに思ってる。」



萌香はふっと微笑んだ。



なんだか


胸がきゅんとなった。



斯波は


いつもいつも


ぶっきらぼうで


会社では怒られてばかりで。


だけど


実は


誰よりも情が厚くて。



自分のことも


心配していてくれることは


夏希にもわかっていた。



「まあ・・いつかはね。 あなたもここを出て行く時が来るだろうけど。 あなたが幸せになるのなら彼も納得すると思うし、」



そんなこと


言わないで・・。


夏希は思わず大粒の涙をこぼしてしまった。


「加瀬さん?」


萌香はいきなり泣き出した夏希に驚いた。



そしていきなり萌香に抱きついて



「・・こ・・ここにいたい・・」


オイオイと泣き出した。

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