第24話

彼の弟と二人というのは想像以上に気まずいものだった。しゃべることなく、彼も黙っているので蚕へと向かった。採ってきた桑を片づけなければならない。水で洗ってから、布巾でよく水分をとる。蚕は基本的に桑のみを与えておけばよい。過ぎた湿気は病気の元になる。

箱を開くと、糸くずから少し成長した蚕がいた。大体が二齢になっていたが、孵化に時間差があったため、まだ一眠の途中のものもいた。一枚、長さ五センチ程度の葉を五十頭ほどが食べつくし、見事に葉脈だけが残っていた。食べる部分はもうないというのに、次の餌を探しもぐもぐと口を動かしていた。

古い新聞紙ごと蚕たちを取り出した。新しい新聞紙を箱の中へ敷き、葉脈だけになった桑の葉に群がる蚕を、残骸になった葉ごと置いた。そのうえに新しい桑の葉をのせれば、餌に気づき徐々に移動してくる。裏返せば、黒い口が飛び出し顎を動かし食べていく様子が分かる。頭の方半分を振り子のように動かし届く範囲の葉を食べると、すっと緩やかな線が一本通った。後ろ脚を動かし少し進む。そしてまた頭を振って食べ始める。自分の食べかけたところから次へ続いて食べていくのは行儀がよい。

何これ」


最後の一頭を移し終わればすぐそばに和哉がいた。


「何って見たら分かるでしょ。蚕よ」

「違う」


和哉は机の端の写真を手にしていた。辞書や資料のとなりには章と一緒に写っている写真があった。


「これって兄貴が撮った写真?」

「そうよ。この間海に言ったときの」


遠ざかるフェリーを前に撮ったのは数ヶ月前のことだ。


「デート?」

「どっちかっていうと写真がメインで、デートはついでだったわね」


朝日をとりたいと言い出した章につきあって、遠出をしたが、私は結局車の中で寝ていただけだった。黙ったまま朝日から夕日までが写っている写真を彼は眺めていた。そんなに悪い写真だとは思えないが目つきが鋭い。


「じゃ、兄貴はあんたをつれて写真を撮りにいってるってことか」


この目は知っている。初めに会った日。こちらの何もかもを見透かそうと奥の奥まで見ようとしてくる目。ここには章がいない。だから笑う。


「そうだけど?」

「……帰る」


唐突だった。言い終わるより早く、彼は玄関へ向かって歩いていた。


「ちょっと、連絡まだついてないで――」

「あんたが勝手に乗せたんだろ。兄貴には俺から電話しとく」


慌てて追えば、濡れた靴を履いているところだった。


「じゃ、送ってい―」

「いらない」


靴を履き終え、和哉は顔を上げた。


「兄貴、裏切ったら俺が許さない」


雨のにおいの充満する玄関に、いやな熱気を残して彼は去った。


「寒い」

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